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ティアナ、アンタの『誤射』の件もアリウス氏は穏便に済ませてくれるそうや」 ホテル<アグスタ>の襲撃事件から既に丸二日が経とうとしていたが、ティアナが部隊長室に呼ばれたのはこれが初めてのことだった。 ティアナが民間人を――しかも管理局にも尋常ではないほどの影響力を持った人物を撃った事実は、既にはやての元へ報告されたが処罰は先送りされていた。 あまりに予想外の事がこの一件で起こりすぎていた為だった。 謎の襲撃事件が多くの資産家を巻き込んだことで事件は一気に深刻化し、その最中でこれまでの記録でも一線を画す<アンノウン>が出現。Bランク魔導師二人を戦闘不能にした。 加えて一般警備員に死者と、空戦AAA+魔導師のヴィータ三等空尉が重傷を負い、機動六課スターズ分隊は実質壊滅寸前にまで追い込まれた――。 事件としても一大事であり、現場に当たった機動六課にとっては部隊の存続すら揺るがす状況だった。 そして現在、ヴィータ三等空尉の容態も安定し、危うい方向へ傾いていた天秤が元に戻り始めている。 傷が回復したばかりのティアナと上司のなのはが今更ながらに呼び出された背景はそれだ。 直立不動で総部隊長の言葉を待つ二人を、はやては普段の気安さを潜めた厳格な表情で一瞥する。 「……まあ、実際。当時現場には得体の知れん化け物が徘徊しとったわけやし、脱出を急いで無断で外に出た非も向こうは認めとる。混戦の中で誤射も止むを得ず……」 「誤射ではありません。自分は明確な意思と認識を持って撃ちました」 はやての説明を遮り、ティアナがハッキリと告げた。 傍らのなのはがティアナに制止の視線を送るが、それを分かっているのかいないのか、前だけを見据え続ける。 沈黙が走り、二人の視線が交差し合った。 「……実際、直後に強力な<アンノウン>が出現し、スターズ分隊はこれと交戦することでアリウス氏も無事……」 「敵が出現したのは撃った後です。それに、アレの出現は偶然ではありません。アリウスの仕業です。6年前の事件でも奴は……」 「ランスター二等陸士」 どこか呆れを含んだ声色ではやてが吐き捨て、静かな視線を向けると、その気だるい仕草からは想像も出来ないような圧力を感じてティアナは思わず黙り込んだ。 「少し黙れ」 ティアナと、なのはさえも僅かに息を呑んだ。はやての傍らに立つグリフィスだけが銅像のように一貫した態度と沈黙を貫いている。 今、この瞬間二人の前に立つのは間違いなく機動六課総部隊長八神はやてであり、たった四年で二等陸佐まで上り詰めた実績を持つ冷徹冷静な上司だった。 「ランスター二等陸士の話が全て本当だったとして――で、それが何や?」 はやては現実の厳しさを突きつけるように問う。 「その生態すら僅かにも知れない正体不明の敵との繋がりがアリウス氏にあるとして、それを証明する術は? そもそもそれを暴く権限が一介の管理局員にあると思うんか?」 「……ウロボロス社からの圧力があったんですか?」 「あったとして、だからそれが何なんや? 状況証拠も無しに民間人を、管理局員が自らの意思で撃った事態が明らかになって、その責任を自分一人で負い切れると思っとるんか。自惚れるな」 「はやてちゃん、もう少し言い方が……」 「高町一等空尉。私語は控えろ」 「……はっ」 気まずさを通り越して、軋んだ空気が部隊長室に漂い始める。 ティアナの事務的な態度に隠れた挑発的な言動に対して、はやてはあくまで厳格な上司として応じ、その狭間でなのはは沈黙するしかない。 親友とはいえ、互いに管理局で仕事に就く中でその関係が馴れ合いだけで成り立っているわけではないことをなのはも十分理解していた。 「……ティアナ、何故撃った?」 ほんの少し険の取れた声で、はやては純粋な疑問を口にした。 「私の経歴は、既に調べられていると思いますが」 「6年前の事件のことか。なら言い方を変えるけど――何故撃てた? 後先考えない復讐心だけで撃てるほど、アンタの心構えは脆いものなんか?」 ティアナは沈黙を貫いた。 実際に教導を行い、接しているなのはほどではないが、スターズ分隊のメンバーとしてティアナを選んだのははやてだ。 ティアナには正義に向かう意志が確かにあった。はやてはそれを直接眼で見ている。 単なる復讐者として生きるのならば、管理局に入る必要などない。 ティアナは人を守る生き方を選んだ。 その尊い事実が、どれほど暴走してもティアナの根底に残っていることを察したはやては、だからこそ彼女を庇うのだ。 一向に答えようとしないティアナの様子に、この問題は自分が解決するものではないと悟ると、何処か寂しげに眼を伏せてはやてはため息混じりに結論を告げた。 「……今回の件は『誤射』で片をつける。これは決定や。従え」 「……はい」 「処罰は追って知らせる。減俸か、誤射及び緊張状態でのトリガーミスに対する矯正訓練の徹底は覚悟せえ。謹慎させるほど暇も人手も余ってないんでな」 「分かりました」 「よし、下がれ」 敬礼し、ティアナは退室した。その態度と仕草だけは従順で完璧な対応だった。しかし、内心がどうなっているかは全く予想できない。 はやては憂鬱なため息を吐き、更にもう一つ目の前にぶら下がる悩みの種に視線を向けた。 「っちゅーわけで、今回の『事故』の責任は上司であるなのは隊長が主に負うことになる。……本当によかったんか? ティアナに教えんで」 「うん。ティアナには、気にして欲しくないから」 「独断行動の抑制と立場の自覚の為にも釘刺した方がええんやけどな。 あまり今回のティアナの行動を楽観的に解釈せん方がええよ。そら、何か事情はあるやろ。でも事情があれば何でもしてええというワケやない」 「……そうだね」 覇気の感じられないなのはの受け答えに、はやては更に頭を悩ませるしかなかった。 ティアナの暴走の報告を聞いて、一番ショックを受けているのはなのはだ。おそらく、彼女が最も想定していなかった事態だからだろう。 普段のティアナを考えれば、何らかの重大な事情があるのは確かだ。それを分かってやれなかったことで、なのはは自分を責めている。 はやてが親友として知る、なのはの欠点だった。 何もかも自分だけで抱えようとする。そして、他人ではなく自分を戒める優しさも。 「……なのはちゃん、ティアナはこれまで教えてきた子らとは違うよ」 はやては友人としての優しさと厳しさを持って告げた。 「優しく接すれば応えてくれる相手やない。 ティアナのいろいろなことに対する覚悟は相当なもんや。あの娘には漠然とした正義に従うだけやない、明確な意志がある」 それは、見慣れたものだからこそ分かるものだった。 なのはやフェイト、そしてはやて自身にも宿る、幾つもの大きな戦いと経験で失ったモノから受け継いできた<魂>だ。 経験の薄いルーキー達の中に在って、ティアナはそれを既に持ち得ていた。 そこに至る経緯に何があったのか。 少なくとも、出会って半年も経たない仲で理解できるほど容易いものではないと、なのは自身も理解していた。 自分の親友二人が背負うものを、この10年来の付き合いの中でも完全に理解しきれないのと同じように。 「曲げられない意志を持つ相手に、言葉だけで通じなければどうすればええか……なのはちゃんは知ってると思うけどな」 「……もう、子供の頃とは違うよ」 「そうか? 『たいせつなこと』は今も昔も変わらんもんや。人が理解し合うのに、気持ちをぶつけるのは必要やと思うけどな」 「……」 「一度、思いっきりぶつかった方がスッキリするんと違う? 模擬戦でも組んで」 ティアナの場合を再現するように、実感の篭ったはやての言葉に対して黙り込むなのは。 スターズ分隊は予想以上の問題を抱えているらしい。 憂鬱なため息の絶えない部隊長だった。 「まあ、その辺はベテランの教導官殿に任せるけどな。素人の意見や……下がってええよ」 「……失礼します」 一礼し、なのはも部隊長室を去って行った。 二人の居なくなった室内。閉ざされたドアの先をぼんやりと眺めるはやてと、これまで微動だにしていないグリフィスだけが残される。 「……あーもー! なぁーにぃーこぉーれぇー!?」 緊迫した空気から解放され、タガが外れたようにはやては頭を抱えてデスクに倒れ込んだ。 「二回! 出撃したの、これでたったの二回やで!? なのにもう問題が山積みや! 布団と違うんやから、なんでこう叩けば叩くほど埃出てくるかなぁ。うちの部隊ってそんなに問題あった?」 今にも床でのた打ち回りそうなほど苦悩全開なはやての傍らで、グリフィスは淡々とコーヒーの準備をし始めた。 「あんなギスギスフィーリング、私のキャラやないのに……。少数精鋭ってもっとアレやん、身軽に飛び回ってクールでスタイリッシュに事件を解決っていうイメージやろ? 何で一回動くごとにエンスト起こしとんねん」 ダラダラと文句を垂れ流す中、コポコポとお湯を注ぐ音だけがはやてに応える。 はやてはのんびりとしたグリフィスの仕草を恨めしげに睨み付けた。 「……ちょっと、グリフィス君! 聞いとる!?」 「ミルク入れますか?」 「砂糖もたっぷり入れて!」 「では、コーヒーブレイクです。落ち着きますよ」 本職のウェイター顔負けの流れるような動きでコーヒーカップを差し出し、グリフィスはスマイルを浮かべて見せた。 あっさりと毒気を抜かれたはやては、その笑顔を卑怯だと心の中でぼやく。 なんだか自分のあしらい方を十分に心得られているような気がしてならない。 拗ねたアヒル口で、コーヒーを啜る音だけがしばし部隊長室を支配する。 「……実際、機動六課自体にそう問題はないと思います。外的要因がほとんどかと」 カップの半分も中身を飲み終えたところで、計ったかのようにグリフィスが言葉を口にした。 「外因って?」 「例の<アンノウン>ですね。いずれの出撃も、アレらの乱入によって事態が悪化しています」 「……まあ、確かにティアナの問題にしてもアレが関わっとるみたいやしね」 はやてはカップを置くと、デスクの端末を操作して、つい先ほどまで調べていたファイルを表示した。 6年前の――ティアナの兄<ティーダ=ランスター>の殉職に関わる事件のファイルだった。 違法魔導師の追跡を行っていたティーダは、その最中で謎の襲撃を受け、部隊の仲間共々死んでいる。 映像も無く、事件自体の詳細な記録も不自然なほど欠けているが、その内容はこれまでの襲撃事件と酷似していた。 そして、彼の追っていた違法魔導師がアリウスである。 この『偶然』の襲撃によってアリウスは追跡から逃れ、そのしばらく後に冤罪が確定。 無実の罪で捕らわれる過ちは寸前で防がれ、当時の捜査チームは誤認逮捕の責を問われた。追跡した部隊は強引な行動を批判されこそすれ、死を悼まれることもなかった。 「現場責任者のティーダ一等空尉は露骨に『無能』『役立たず』と非難されたそうや。襲撃の痕跡も見当たらず、妄言扱いまでされかかっとったようやな」 その当時の批判には二重の意味が込められていることを二人は察していた。 免罪の者を追い回した強攻的な姿勢を責める世論に乗った糾弾。そして、それとは全く正反対に、逮捕にまでこぎつけた大物を現場から逃がし、根回しの機会を与えてしまったという管理局側の本音だった。 ――例え、死んでも取り押さえるべきだった。 事件に関わった高官達は、そう断言して憚らない。いずれもアリウスの強大な権力の前に返り討ちを受けた者達だった。 「ティアナにはああ言ったけど、アリウスが限りなく黒なのは当時の事件でも周囲が認めとる」 「やりきれない話です」 「これならティアナも思うところあるやろ。ただ、漠然とした<仇>の正体を随分とはっきり断定しとるところが解せんがな」 「彼女は<アンノウン>の正体を知っている、と?」 「で、その辺の鍵になってくるのがこの人――」 モニターが変化し、表示されたのはダンテだった。 「訓練校に入る前からティアナと知り合いやったそうや。 現場でも相手の正体を察するような言動あったらしいし、<アンノウン>の謎に対しては彼が重要な鍵を持っとるやろうな」 「しかし、彼から得た情報では……」 「それなんや」 続いて表示されたものは、ダンテから事情聴取によって得た情報だった。 物的証拠などほとんどなく、それらは全て<アンノウン>に対するダンテの独自の説明だけで成り立っていた。 「2000年前に一人の<魔剣士>によって封印された<魔界>と、そこから人間の世界へ現れ出る<悪魔>――か」 「正気を疑いますね。 彼自身の経歴も不鮮明なものです。戸籍は金で買ったらしい後付のものですし、現在の彼自身廃棄都市街で非合法の便利屋を請け負っています」 「といっても、あのにーちゃんから一番出難いタイプの妄言やと思うけどね」 「それは、そうですが……」 ダンテと一度でも直接顔を合わせた者ならば共通して抱く感想だった。 美しさとしなやかさを備えた容貌の中で浮かぶ不敵な笑み。何者にも従わない意志を宿した瞳は、真っ直ぐに迷い無く前を見据えている。 態度や立ち振る舞いの粗野さは、むしろ彼の一種独特な雰囲気を実に人間臭いものへと変えて、初対面の者の警戒を自然と解いてしまうのだ。 彼には生まれや身分など関係ない、存在そのものから発せられる強烈な力があった。 あの男から、思慮の浅い嘘や半宗教染みた妄想など飛び出してくる筈が無い――そう無意識に弁護してしまいそうな雰囲気がある。 そしてこれもまた根拠もなく無意識にだが、ダンテの語った内容は奇妙な説得力を感じさせるものだった。 「そうか、なるほど<悪魔>か……」 口の中でその言葉を反芻し、はやては思わず納得するように頷いていた。 自分も何度か無意識に比喩したが、確かにあの大きさも形も一定ではない奇怪な化け物どもを表現するのに、これ以上相応しいものは無いように思えた。 今回の事件で確信したことだが、奴らは場所にも時間にも縛られない。 あるいは塵からででも生まれているのではないか? そう思わずにはいられないほど、奴らは唐突に人間の前に現れ、等しく死を振り撒いてきた。 もし、今回襲撃されたのがホテルではなく管理局の施設だったら? あるいは本部であったなら? 軍隊では死ぬのにも順番がある。まず尖兵が戦いで死に、敵が進軍していくことで徐々に前線に立つ偉い者から死んでいく。そして最後は一番偉い奴が責任を取る。 しかし、この<悪魔>どもにとっては違うのだ。 全てが平等で、奴らの前では人間とは等しく獲物に過ぎない。 寝静まった夜、管理局の最高責任者の家のベッドの下から這い出してきて、あっさりとその命を奪ってしまいかねない存在なのだ。 子供が皆一度は暗闇の中で幻視して怯える、モンスター、悪霊――そう、そして<悪魔>と呼ばれる者達がまさにそれではないのか。 「……どうなさいますか? この情報」 「どうって、まさか六課の皆に正式な情報として公表するわけにもいかんやろ。敵は<悪魔>です、聖水と祈りを武器に戦いましょうって? ただ根拠や論理的な説明はないにせよ、ダンテさんがこの<悪魔>に対して有効な知識と力を持ってるのは確かや。正式に協力を取り付けて、情報は隊長陣にだけ報告。あとは状況の進行から見定めていくしかないな」 「事件担当の執務官に、一応この情報は送っておきます」 「相手にされんと思うけどね」 呟き、しかし直接ダンテから話を聞いたらどうだろうか? というとり止めもないことを考えていた。 もう一度、ダンテの証言に目を通す。 「<悪魔>……<魔界>……」 得られた情報の中でもキーワードとなりそうなものを一つ一つ、染み込ませるように口にしていく。 「<魔剣士>……そして<スパーダ>か」 魔法少女リリカルなのはStylish 第十五話『Soul』 「へい、お待ち! 機動六課食堂特製の特大ミックスピザだよ!」 「Wao! 待ってたぜ、こいつは美味そうだ!」 恰幅の良い、いかにも『食堂のおばちゃん』である女性が、本場イタリアも真っ青なピザを目の前に置くと、ダンテは歓声を上げた。 特製と言うだけだけあって、本来メニューに載っていないその代物はダンテの注文を全て座布団程もある大きな生地の上に載せている。 香ばしい匂いと共にチーズが音を立てて溶け続け、ダンテと同じテーブルを囲む者達の空腹感まで大いに刺激した。 彼の盛り上がりようも、決して大げさではない。 「事情聴取だの何だので、丸一日ロクに食ってないからな。こういうのを待ってたんだよ」 何かと微妙な立場にある身では隊舎をうろつくことも出来ず、気を利かせたフェイトが持ってきたカロリーブロック以外口にしていない。 ダンテは祖国の伝統ある栄養の偏った塊に嬉々として齧り付いた。 「ん~、いいね。最高だ」 「おいしそう……」 「スバルさん、涎出てますよ」 「キャ、キャロだって、食べたそうな顔してるじゃん!」 「あの、すみません。少しキャロに分けていただけますか?」 「エリオ君、恥ずかしいことしないでっ!」 食欲を誘うダンテの食事風景を見ているのは、同じテーブルのスバル達だった。 いずれもダンテからすれば子供も同然。三人の歳相応な様子に機嫌の良さも手伝って笑みが浮かぶ。 「ハハッ、いいぜ。遠慮するなよ、この幸せは皆で分け合わなきゃな」 「じゃあ、いただきまーす!」 誰よりも早くスバルが文字通り食い付いた。続いて、礼儀を弁えたエリオとキャロの年少組がおずおずと手を伸ばす。 「すみません、いただきます」 『キュルー』 「あ、うん。フリードのもあるよ」 奇妙な拮抗状態にあったテーブルは途端に賑やかになった。 自分の腹を満たしながらも、その和気藹々とした団欒の様子にダンテは穏やかな笑みを浮かべてしまう。 何処か懐かしい光景が、そこにはあった。 二切れ目のピザを炭酸飲料で飲み流すと、ようやく一心地ついたダンテは自分の傍らに浮く小さな人影を見上げる。 「ヘイ、お前さんは食べないのか?」 「……生憎ですが、リインはこんな油の塊好きじゃないです」 愛らしい顔を険悪に歪める行為が全く無駄に終わっているリインフォースⅡは、精一杯不機嫌を露わにしてダンテに吐き捨てた。 初対面から二日と経たずに、リインのダンテへの印象は最悪になってしまっている。 その理由は、この冗談を無意識に吐き続ける皮肉屋が絵本の妖精のようなリインを見てどんな態度を取るか考えれば容易に説明出来た。 「ああ、そうかい。妖精はピザなんて食わないよな。花の蜜とか砂糖菓子とか集めて食うんだろ?」 「リインは虫じゃないですー!」 つまりは、こういう態度だった。 「だったら、食ってみろって。ダイエットだの健康だのって考えが吹っ飛ぶぜ」 「むぅ……じゃあちょっとだけ」 トマトのスライスとチーズだけが乗った小さな切れ端を渡すと、リインは渋々齧り付いた。 ビヨーンと伸びるチーズの旨味と初めての食感に、カッと小さな目が見開かれる。 「こっ、これはああ~~~っ! この味わあぁ~っ、サッパリとしたチーズにトマトのジューシー部分がからみつくうまさですぅ! チーズがトマトを! トマトがチーズを引き立てるッ! 『ハーモニー』っていうんですかあ~、『味の調和』っていうんですかあ~っ。 例えるならサイモンとガーファンクルのデュエット! 田村ゆかりに対する水樹奈々! 都築真紀の原作に対する長谷川光司の『リリなのStS THE COMICS』!……っていう感じですよー!」 「……美味いって言いたいのか?」 「まいうーですよー!」 言葉の意味はよく分からないが、とにかく気に入ったらしい。 テーブルに腰を降ろして本格的に食べ始めるリインの様子を『まるでハムスターだな』と思い、幸いにも口にするのをダンテは自重した。 この小動物の分のピザを残して食事を終えたダンテは、ようやく一息つく。 窮屈な襟元を無意識に緩めた。 「ふう、それにしても制服姿ってのは窮屈だな。性に合わないぜ」 「そうですか? 似合ってますよ、機動六課の制服」 「いい男だからな」 そう言ってウィンクするダンテの仕草に、スバルは数年前に見た姿と同じものを感じ取って苦笑した。 着の身着のまま機動六課まで同行したダンテは、あの貴族服以外に持っておらず、未だ正式な立場も決まっていない身の為、目立たないように制服を着るよう言い渡されていた。 「でも、やっぱり目立ちますね」 エリオもまた実感を持って苦笑するしかなかった。 ダンテがリインを除くこの場の全員と面識があることは偶然だが、三人が共通して彼との初対面を印象強く覚えていたことは一致している。 必然だった。ダンテには整った容姿以上に、その存在を相手に刻み込むような特有の雰囲気があるのだ。 普通の人間の中に在って、目を惹き付けずにはいられない。一種のアイドル性のようなものだった。 それは服装程度で雑多な中に埋もれるような弱いものではない。 「いい男だからな」 それを自覚しているのかいないのか、ダンテは悪戯っぽく笑って繰り返した。 「でも、驚きましたよ。トニーさ……じゃなくて、本当はダンテさんか。わたし達三人と皆会ったことがあったんですね」 「ボクは、ダンテさんが魔導師だったことが驚きです。ミュージシャンの人だと思ってました」 「魔導師っていうほど学は無いがね。それに、ロックが好きなのも本当さ。聴いたことあるか?」 「あ、ボクは……その、音楽とかよく分からなくて」 「そいつはマズイな。見たところ坊やにはワイルドさが足りない、今度俺の世界の名曲を聞かせてやるよ」 「ダンテさんは、やっぱり別の次元世界の人なんですか?」 「次元漂流者って言うのか? 詳しくは知らなくてね。……オイ、いつまでも睨むなよ。まだ、あの時のこと根に持ってんのか?」 『グルルル……』 「あ、コラ! フリード! ごめんなさい……」 「いいさ、小動物にはあまり好かれない性質なんだ」 「むっ、今リインのことも含めませんでしたか?」 腰を据えて三人とダンテが向かい合ったのはこれが始めてだったが、会話は弾むように進んでいく。 子供特有の素直さは、彼の気安い雰囲気と相性がいいようだった。 「……あの、ダンテさん」 「うん?」 やがて会話がひと段落着いた時、不意に言葉数の少なくなったスバルが物言いたげダンテの様子を伺った。 ダンテは持ち前の勘の良さで、その『言いたい事』を察した。 この二日間、偶然のそれとは別に楽しみにしていた少女との再会が、未だ果たされていないのも気になっている。 「ティアの、ことなんですけど」 スバルは全くダンテの思っていた通りの名前を口にした。 そして、そのまま息を呑んだ。 僅かに見開いたスバルの視線を追って振り返れば、食堂の入り口を横切るティアナの姿がある。彼女はこちらを一瞥もしなかった。 「ティア!」 スバルがすぐさま駆け寄り、同時にダンテが立ち上がる。 その声にティアナは今気付いたとばかりに顔を向け、まるで義務のように足を止めた。 「ティア……やっぱり、部隊長に怒られた?」 スバルはティアナが部隊長室に呼ばれた理由を正確に理解している。 それでいて『処罰』や『修正』といった表現を使わないのは、ただ単に彼女の子供っぽい一面のせいだった。 そののんびりとした表現が、ほんの少しだけティアナの固まった心を解す。 自然と小さな笑みが浮かび、ただそれだけでスバルは安堵を感じた。 「そりゃあね。ま、何とか穏便に済みそうだけど」 「そっか。よかった」 「よくないわよ、二度と繰り返さないようにしなくちゃ。……スバル。あたし、これからちょっと一人で練習してくるから」 「自主練? わたしも付き合うよっ」 「あ、じゃあボクも」 「わたしも」 口々に告げる仲間達のそれが自分への気遣いだと分かり、ティアナは苦笑しながら首を振る。 「あれだけの激戦だったんだから、休むように言われてるでしょ? 二人とも体力面ではどうしても体格的に劣るんだから、十分休みなさい」 こんな時でも冷静なティアナらしい理屈でエリオとキャロに言い含めると、何処か不安げなスバルの顔を見た。 現場でティアナの隠された一面を垣間見たからこそ感じる不安だ。 「スバルも……悪いけど、一人でやりたいから」 「あ……」 しかし、ティアナの静かな拒絶の前にスバルはそれ以上何も言うことが出来なかった。 悲観的過ぎるかもしれないが、言う資格が無いとすら思っていた。 あの時、戦場で気を失い、次に目を覚ました時には怪我を負ったパートナーが隣で寝ていた。 何よりも自分の無力を痛感した瞬間だった。あの負い目が、ずっと足を引いている。 「……うん」 スバルは、そう力無く言葉を受け入れるしかなかった。 三人を置いて、立ち去ろうとするティアナ。 しかしその先に、見慣れた長身が立ち塞がる。 「――ヘイ、お嬢さん。何処かで会ったことないか?」 ナンパの芝居染みた台詞と仕草で、ダンテは彼なりに久しぶりの再会を喜んだ。 彼の冗談に対して肩を竦めるだけのリアクションを返すと、ティアナはそのまま無視して通り過ぎようとする。 「無視するなよ、傷付くぜ」 もちろん、ダンテにとっては手馴れたやりとりだった。 ティアナの行く先を片腕で遮ると、そのまま手を壁につけて、肩幅の広い体全体で壁と挟み込むように追い詰める。 周囲のスバル達の方が動揺するほど顔を近づけて見慣れた碧眼を覗き込むと、ダンテは恋人にそうするように囁いた。 「感動の再会っていうらしいぜ、こういうの」 「……らしいわね」 「本当に冷たいな、オイ。飛びついて来ることも考えて、胸は空けといたんだぜ?」 「悪いけど――」 誤解以外何物も生まない体勢にも関わらず、ティアナは軽口を聞き流して努めて冷静にダンテの腕を退けると、そこから抜け出した。 「立場上、気安く馴れ合えないから」 退けられた手を手持ち無沙汰にブラブラさせるダンテを一瞥して、ティアナは去って行った。 二人のやりとりについ先ほどまで騒いでいたスバル達も声を潜め、気まずげに残されたダンテを見上げている。 ダンテは、ティアナの触れた腕から伝わる違和感を感じていた。 別に彼女の手が震えていたわけでもない。だが、ダンテは文字通り肌でティアナの拒絶とそれ以外の何かの意志を感じ取っていた。 「……ヤバイな」 「ヤバイですか?」 いつの間にか、肩に降り立ったリインだけがダンテの呟きを聞く。 「ああ、ヤバイ……」 ダンテは自分でも理由の分からないその結論を、確信付けるようにもう一度呟いた。 やがて時は過ぎ、日が暮れる。 ティアナが隊舎近くの林で自主訓練を始めてから、既に4時間が経過していた。 ずっと同じ光景が繰り返されている。 直立不動のままの姿勢を維持するティアナ。その周囲を複数のターゲットスフィアが浮遊している。そして、その間を誘導魔力弾が忙しなく飛び回っていた。 クロスファイアシュートを意識した三つの魔力弾は、ターゲットを捉えながら渡り歩くようにティアナの周囲を飛び続けた。 しかし、時間の経過と共に体力と集中力は消耗し、魔力弾の誘導ミスも増え始めている。 それでも訓練を止めようとしないティアナの意識をあえて逸らすように、手を叩く音が聞こえた。 「4時間も魔力行使を続けられるパワー配分は大したモンだが、いい加減本当に倒れるぞ」 「……ヴァイス陸曹」 訪れた意外な人物に集中力は途切れ、片隅に追いやっていた疲労感が襲ってくるのを感じて、ティアナは恨めしげにヴァイスを睨んだ。 「ヘリから覗いてたんですか?」 「……あらら、気付いてたのかよ」 あっさりと言い当てられ、ヴァイスは末恐ろしいとばかりに内心青褪めた。 そんな様子を一瞥して、ティアナは何でもないように言い捨てる。 「ただのカマかけです。ヘリポート、ここから見えますし」 「……あっそう」 本当に恐ろしいね。突きつけられた答えに、ヴァイスは逆に顔を引き攣らせるしかなかった。 やはり、この少女は一筋縄ではいかないらしい。 先輩風を吹かせるつもりなど毛頭無かったが、何を思ってこの鉄壁少女に助言などしようとしたのか。ヴァイスは自らの無謀を悔いた。 しかし。ええい、かまうもんかとその場に居直る。 夜空の下、一人黙々と訓練を続ける少女の姿をどうしても見捨てて置けないのだった。 「しかし、お前さんにしちゃあ意外な訓練だな。ターゲットトレーニングの応用か」 本来は周囲を動くターゲットに対して、正確なフォームで素早く銃口を合わせることで、命中精度を高める訓練である。 射撃スキルの優れたティアナに適した訓練であり、だからこそ、それを誘導弾で行うことで弾道操作能力を向上させようという今のやり方には疑問が感じられた。 「お前さんの魔力弾の特性なら、命中精度の方を重視するべきだと思うんだがな」 ようやく助言らしきものを言えたヴァイスの安堵の表情を一瞥すると、ティアナはおもむろにガンホルダーからクロスミラージュを抜き出した。 周囲のターゲットが新しい配置へと変化する。ヴァイスは思わずティアナを凝視した。 次の瞬間、銃火を伴わない銃撃が始まった。 ステップを踏むように軽やかに足を動かし、ティアナの体がターゲットの間を舞う。 両手で左右別々の標的を正確に捉え、命中判定を示す音と瞬きが終わる前に、クロスミラージュの銃口は既に次の標的に向けて動いていた。 型に嵌らない滅茶苦茶なフォームだが、とにかく正確で速い。ターゲットの反応が連鎖するように次々と起こり、さながら電飾のように派手に光を散らした。 全てのターゲットを丁寧にも二回ずつ補足し、それらを僅か十数秒の間に終了させると、息一つ乱さないティアナは元の姿勢に戻っていた。 もはや、ヴァイスは気まずげに笑うしかない。 他に何か言うことは? 挑発的な視線と笑みを肩越しに向けると、ティアナはデバイスを手の中で一回転させて、ホルスターに滑り込ませた。 「……分かった、分かったよ。俺がでしゃばりだった。もう好きにしな」 ヴァイスは降参とばかりに両手を挙げる。 「でもな、そんだけ出来るお前さんなら分かってるはずだろ? 無理な詰め込みで成果が上がるもんじゃねえんだ」 「……すみません。焦ってるもので」 ようやく返ってきたティアナのまともな返答に、ヴァイスは意外そうな表情を浮かべた。 「おい、自覚してんなら……」 「でも――分かってても、止められない気持ちってありますから」 その言葉に、心臓を鷲掴みされたような気分になった。 頭では分かってるのに心では受け入れられない――そんな状態が、自分にとって実に身近なものだと、つい先日分かったことではないか。 「今夜は、何も考えられないくらい疲れないと、眠れそうに無いんです」 「……なあ、あのダンテの旦那に会いに行った方がいいんじゃねえか?」 ここまで来て結局他人に丸投げするしかない自分の不甲斐なさを呪いながら、ヴァイスは告げた。 一変して、ティアナの呆れたようなため息が返ってくる。 「食堂での一件まで見てたんですか?」 「あの旦那は何かと目立つからなぁ。焦ってる時ほど、聞きたい人の声ってのがあるもんだ。お前の場合、それがあの人なんじゃねえか?」 ダンテはもちろん、ティアナのこともよく知るワケではない。二人の間に気安く踏み込むつもりもなかった。 ただ、この一見冷静に見えるからこそ隠された危うさを持つ少女の心を動かせるのは、あの男しかいないと直感していた。 「……そうかもしれません」 ティアナの声から僅かに張りが失われた。 「これまで、何度も道を誤ろうとした自分を助けてくれたのは彼でした。 今も、訓練校でもいろいろ教わったけど、彼の傍に居た時が一番恵まれていた。焦りなんて当然のように感じなくて、強くなってく実感があった」 「だったら」 「でも、だからこそダメなんです」 強い語調が、それまでの穏やかな憧憬を断ち切る。 「これまでずっとそうだった。でも、これからもずっとそのままでいるということは、甘えのような気がしてならないんです。それに――」 自らを戒める程の厳しさを取り戻したティアナは、ヴァイスに背を向け、虚空を睨み据えながら決意を口にする。 「もう、彼からは十分たいせつなことを教わった。自分だけが持つ力の存在を信じさせてくれた。 その力が在ることを証明出来なかったのはあたしの不足――。 焦りかもしれませんが、自分の無力を突き付けられて、それでも余裕を持っていられるほどあたしは冷静じゃありません。ありたくありません」 頑なほどの断言を聞き、ヴァイスは今度こそ自分の言葉が無力であることを悟った。 お節介程度の気持ちで動かせるほどティアナの意志は軽くはなく、察せるほど浅くはない。 ヴァイスもかつては前線に立つ兵士であった。人は、愚かしいと理解していても戦場でただ前に突き進むしかない時があるのだ。 その覚悟の是非を、他人が決めることは出来ない。 ただ願うしかないのだ。自らが担いだモノの重みを苦と思わず、背負い歩き続けるこの少女の行く先に幸があることを。 「分かった、もう邪魔はしねえよ。でもな、お前らは体が資本なんだ。体調には気を使えよ」 根付いていた腰を上げ、ヴァイスは諦めたように踵を返した。 「……ヴァイス陸曹、どうしてあたしをそこまで気に掛けてくれるんですか?」 「お前のファンだからさ」 冗談とも本気ともつかない言葉を残し、ヴァイスはその場を去っていった。 ティアナはそれを見送ると、再び訓練を再開した。 すぐ傍の木陰から、一つの人影が同じように歩き去ったことを全く気付かぬまま。 幾つもの想定外の事態が重なって複雑怪奇になりつつあった報告書がようやく纏まり、夜も遅く隊舎の廊下を自室に向けて歩いていたなのはは、その行く先に見知った顔を見つけた。 「ダンテさん」 「ナノハか」 壁に背を預け、窓から外を見下ろしたままダンテは軽く手を上げた。 ダンテの視線の先を、なのはは自然と追い、そして夜の暗闇の中で瞬く魔力の光を見つけた。 「あれは……」 なのはの声に誰かを案ずるような色が混じった。 その誰かとは、もちろん視線の先で自分を追い込むように延々とトレーニングを続けるティアナに他ならない。 「今日は休むように言ったのに、一体何時から……」 「少なくとも一時間は続けてるな」 それは暗にダンテが一時間前からこの場にいたことを示していたが、なのははそれに気付くよりもティアナを見下ろすダンテの表情に心配の色が無いことに怒りを覚えた。 二人の関係がどんなものか、ある程度察することしか出来ない。 ただそれでも、ダンテがあの頑なな少女にとって自分よりもずっと心を許せる相手であることは何故か確信していた。 「見ていたなら、どうして止めなかったんですか?」 「思うところがあってね。アイツには好きにさせてやりたいのさ」 肩を竦めるダンテの返答はどこまでも素っ気無い。 しかし、彼が『思うところ』となった原因が何処にあるか――例えば数時間前にティアナを探して出歩いていた時の事を、なのはは知らなかった。 「でも、あんな無茶をしていたら……」 「まあ、アイツはよく自分を追い込むからな」 「分かってるのなら止めてください。アナタの言葉なら、ティアナもきっと聞き入れます」 責めるようななのはの視線を受け流し、ダンテは苦笑した。 「かもな。でも、だからこそ無責任なことを言いたくないのさ」 「無責任って……」 「ティアが暴走した話と原因は聞いたよ。俺にアイツを諭す資格なんて無いね」 自嘲の色が滲むダンテの笑みを見て、なのはは自分の迂闊な言葉を悔いて口を噤むしかなかった。 彼の言葉にどんな意味と過去が込められているのか、今は知る由も無い。 ―――そしてダンテにとって、それはまさに口を出す資格すらない話だった。 敬愛する実の兄を殺し、その魂と名誉を地に堕とした仇。それを前にして敗れ、地を這い、噛み締めた口の中に広がるのは土と屈辱の味――。 何処かで聞いた話だ。身に染みるほどに。 冷静になれ。復讐心など忘れて、前向きに生きるんだ――そんな戯言を、自分の事を棚に上げてどの口でほざけというのだ? かつて隠れて震えることしか出来なかった脆弱な自分を思い出す度に、今も鮮明に蘇る感情を知っているのに。 「俺の母親も<悪魔>に殺されてね。今のティアの気持ちは痛いほど分かる」 「ダンテさん……」 ティアナと自分、一体どう違うと言うのか。 人の命を玩ぶ<悪魔>は許せない。だが、奴らを狩る理由に暗い復讐心と、その断末魔を聞く度に少しずつ薄れるかつて母を失った時の無念が在ることも否定出来ないのだ。 互いが持つ危うさを、ダンテはその天性の力で薄れさせているに過ぎない。 違いがあるとすれば、性格と少しばかりの人生経験の積み重ねくらいのものなのだ。ダンテはそう思っていた。 「……でも、だからこそ今なんだ。ティアが変わるのに、今が一番最適なんだよ」 自嘲の笑みを全く種類の違う穏やかなものに変えて、ダンテはなのはを見た。 何かの期待を含むその視線を受け切れず、なのはは言葉を探してもごもごと迷うように口篭る。 「アイツは捻くれてるからな。人間関係でいろいろと心配してたんだぜ?」 「ティアナは、よくやってくれてますよ。仲間からも信頼されてます」 「ああ、会ったよ。いい仲間だ。そこが俺とは決定的に違う」 まるで自分には本当に仲間と呼べる者などいない、と言うような孤独を感じさせる独白だった。 あれほど他人に気安い態度を見せる目の前の男は、何か致命的な差異を他人との間から感じている。 なのはは何も言えず、ただ黙ってダンテを見つめた。 「だから、変われるんだ。ティアは俺とは違う生き方が出来る」 「……ティアナは、きっとダンテさんを尊敬してますよ」 「オイオイ、俺を赤面させるなよ。恥ずかしいだろ。まあ、嬉しいけどな。 だが、俺はアイツが俺と同じ生き方をすることなんて絶対に望まない。そんな不幸は願い下げだね。見た目よりもずっとキツいんだ」 ダンテはそう言って小さく笑った。普段のそれとは違う、見る者が痛みを感じる笑みだった。 「……でも、正直わたしはどう接したらいいのか分からないんです」 なのはは縋るような視線を向けた。ダンテの期待が、今はただ重い。 ティアナの間違いを諭せるほど自分も自分の正しさを信じていないのだと、今更ながらに痛感した。 人を想うのに、こんな苦しい気持ちは初めてだった。 あるいは10年前には経験したことがあるのかもしれない。でも、もうその時出した答えさえ忘れてしまっている。 「難しいことなんてないさ。ただ、アイツに人間として接してくれればいいんだ」 ダンテは不安げななのはの肩に手を置き、ポンポンと気軽に叩いた。 「アイツが何かしでかして、痛い目を見たとしても――それもいいさ。 感情を昂らせて流す涙は、他人を想う心を持つ人間の特権だ。<悪魔>は泣かない。人間だけが出来る。それが、ティアには必要なんだ……」 静かな実感を持った言葉を残し、ダンテはゆっくりとなのはの横を通り過ぎて行った。 その意味深げな言葉の真意を、なのはは半分も理解出来ない。ただ漠然と、ダンテが自分の背中を押したことだけは理解出来た。 そして同時に、彼が<人間>という言葉に自分自身を含まなかったということも。 謎の多い彼の正体に、その理由は隠されているのかもしれない。 なのはは振り返り、何か言葉を掛けようとして、しかし結局その背中を見送ることしか出来なかった。 酷く孤独で、悲しい背中だった。 「ティア、四時だよ。起きて」 繰り返される目覚ましのアラームとスバルの声が徐々に頭の中に入ってきて、それが覚醒を促した。 酷く活動の鈍い思考で、ティアナはまず疑問に思った。一日の始まりにしてはリズムがおかしい。 それが普段より早く起きた為だと気付くと、同時に早朝四時から自主錬の為にそうしたのだとも思い出した。 「ああ、ゴメン。起きた」 ティアナはそう言ったつもりだったが、実際は死者が目を覚ましたかのような呻き声だった。 本来は起床時間を体に刻み込んで時計にも頼らないが、前日の疲労に加えて睡眠不足が完全に足を引っ張っていた。 「練習行けそう?」 「……行く」 ティアナは不屈の闘志で立ち上がった。 事実、疲れ果てた肉体の欲求を押さえ込むのは戦闘のそれに等しい精神力が必要とされた。 トレーニングウェアを差し出すスバルの行為を疑問にも思わず、受け取ってノロノロと着替え始める。 昨夜、自らの発言どおりに使い果たした体力と精神力の影響か、普段のティアナが持つ凛とした仕草は欠片も無く、動きも緩慢で精彩さを欠いている。 それはそれで隙の無いパートナーの貴重な一面が見れた、と奇妙な喜びを感じながらスバルは自分の服に手を掛けた。 ようやく脳が回り始める中、隣で同じように着替えるスバルの行動にティアナは我に返る。 「って、なんでアンタまで?」 「一人より二人の方がいろんな練習が出来るしね。わたしも付き合う」 「いいわよ、平気だから。あたしに付き合ってたら、まともに休めないわよ」 「知ってるでしょ? わたし、日常行動だけなら4、5日寝なくても大丈夫だって」 それは全く事実であり、ティアナがスバルを羨む数少ない部分だった。 一時期は、その天性の優れた体力を妬んだこともある。自分に絶対的に足りないもので、そしてどう努力しても限界を感じてしまうものだからだ。 今、その時の感情が僅かに蘇っていた。 「……同情?」 眠気は吹き飛び、静かな激情が言葉に表れて険を見せていた。 しかし、スバルも慣れたもので、怯みもせずに笑みを浮かべて見せる。 「わたしとティアは、コンビなんだから。一緒にがんばるのっ」 一片の疑いも抱かない本音だった。 「……ねえ、スバル。あの戦闘の時、アンタが射線のすぐ傍にいること――あたし、知ってて撃ったわよ」 「うん、分かってる」 能面のような無表情で告げる真実を、スバルはやはり当然のように受け止める。 ティアナは目の前の少女が時折理解出来なくなる瞬間があった。今がまさにその瞬間である。 「悔しかったよ。あの時、ティアにとってわたしは邪魔でしかなかったんだよね」 スバルは自分の想いを確認するように頷いた。 「うん、悔しい。普段からずっとティアに頼りっぱなしだったけど、本当に必要な時に何も出来なかった自分が情けなくて仕方ないんだ」 「スバル……」 「だから、強くなりたい。ティアのパートナーとして、二人でちゃんと戦えるように。 その為にこの練習が必要だと思ったから、わたしは一緒に行くんだよ。お願い、一緒に練習させて」 最後は頼み込むことまでして見せたスバルの行為に、ティアナは無言で混乱するしかなかった。 本当に、彼女の考えは理解出来ない。 「アンタの、そういう……」 「ティア?」 「……いいわ。勝手にしなさい」 「うんっ!」 二人は練習の場へと向かって行った。互いに違う想いを胸に。 ヴィータが医務室のベッドで目を覚ましたのは、更に数日後のことだった。 怪我の影響とは違う全身を覆う酷い倦怠感を堪えながら、埃を被っていたかのように動きの鈍い頭を回転させる。 傍らで微笑むシャマルを見て、ああ自分は助かったのだとヴィータは実感した。 「ヴィータちゃん、気分はどう?」 覚醒後しばらくは呆けているだけだったヴィータを勝手にあれこれと診察した後、シャマルは尋ねた。 「だるい。頭がぼーっとする」 「ずっと寝てたからね。胃も空っぽだから、すぐに食欲も戻ってくるわよ」 「なんでこんなに寝てたんだ?」 実際の時間経過は長くとも、ヴィータにとって意識を失う直前の記憶は鮮明に残っていた。 腹を貫通した鋼鉄の冷たささえ思い出せる。 上着を捲って傷の場所を見てみるが、そこだけが数日分の時間の流れを表すように治癒されていた。包帯すら巻かれていない。 恐る恐るお腹を撫でて確認すると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。 「睡眠薬を使って、強制的に休んでもらってたのよ。ヴィータちゃん、安静にしてって言っても聞かないから」 「傷が塞がったんなら寝てる意味もねーだろ? やることなんて山ほどあるんだからよ」 「確かに、その日のうちに傷は塞いだけど、思った以上にダメージは大きかったのよ。外科的な手術までして、本当にようやく塞いだだけ」 「そうそう、シャマル先生ってば本当にすごかったんですよ!」 点滴を取り外す作業をしていた医療スタッフの一人が、興奮気味に割って入った。 「あの日はスターズFも含めて三人の負傷者が一気に運び込まれましたからね。 治癒魔法にも限界があるし、何より副隊長の傷は深すぎて、魔法による強引な再生だけじゃ体に負担が掛かりすぎる状態だったんですよ。脊椎までやられてて。 そこで、急遽、外科手術による治療も取り入れたんです。 魔法と外科手術を同時に進行させて。あの負傷がこの数日で後遺症も無く完治できたのはあの的確で素早い処置のおかげなんです。 いやー、あの時のシャマル先生はまさにプロって感じでしたよ! もうまさに『シャマル先生にヨロシク』って感じでしたね!!」 「そ、そうかい。説明ありがとよ」 ファンがアイドルについて語るような熱い視線と言葉を浴びせられたヴィータは、やや気圧されながらも引き攣った笑みを浮かべた。 その例外なく優れた容姿と能力のせいか、ヴォルケンリッターは管理局内で、特に若手の局員において人気が高い。支持者と言うよりもファンと称すべき者達が多数存在した。 とにかく、分かりやすい活躍が注目される戦闘担当のシグナムとヴィータは特に知名度が高かった。ザフィーラでさえ獣形態と幻の人間形態に分かれてファンが多い。 その中で、後方支援担当のシャマルは知名度こそ低いものだが、その分コアな人気と濃いファン層を所持していた。 特に彼らは、ヴィータ達のような能力や立場に憧れるのではなく、純粋にシャマルと言う人物像を崇める者が多い。 シャマルの城である医療室勤務の者達こそがまさにそれであり、目の前の若いスタッフも例外ではないようだった。 「……ま、とにかくそういうわけ。どんなに魔法が便利でも、人間の体には流れがあって、それに逆らうことはどうしても無理をすることだわ」 熱気冷めやらぬそのスタッフに別の用事を与えて退室させると、シャマルはヴィータに微笑んで諭した。 自ら戦いに臨むヴォルケンリッター達を抑える、こうした重要な役割もシャマルが担っている。 「必要な分だけ休ませる。これは、はやてちゃんからの命令でもあったの」 なのはちゃんの時の事、覚えてるでしょ? そのシャマルの言葉には、ヴィータも神妙に頷くしかない。 「確かに、体調は万全みたいだけどよ。……ありがとな」 「いえいえ」 自身の状態まで冷静に把握出来るほど意識の覚醒したヴィータは、シャマルの言葉の正しさと優しさを受け止めて、素直に礼を言った。 しかし、ふと訝しげな顔になって首を捻る。 「何? 動きの違和感なら、長い睡眠でまだ感覚が戻ってないからで……」 「いや、そうじゃなくてよ。いくら重傷って言っても、治るまでにちょっと時間掛かりすぎじゃねーかなと思って。あたしら、普通の人間とは違うんだぜ?」 ヴィータの何気ない呟きに、シャマルは沈黙した。 彼女の疑念が、治療の最中でシャマル自身が抱いていたものと全く合致するからであった。 ヴォルケンリッターを構成するものは、完全な肉体と生ではなく<守護騎士システム>と呼ばれるプログラムである。 現存する肉体の消滅すら再生可能なそのプログラム上にあって、一般的な負傷もまた人間とは違い、彼女らにとっては問題と成り得ない。 新陳代謝などの肉体の制約は無く、欠けた部分を埋め合わせることはパズルのように容易なことなのだ。 だからこそ、たった数日とはいえ治癒に掛かった時間は不可解な長さであった。 「……そうね。今度、暇があったら調べてみましょ。ヴィータちゃんも協力してね」 「ええっ!? なんだよ、ヤブヘビだったかな。シャマルって検査とか楽しんでやってるだろ?」 「あら、そんなことはないわ。仕事には大真面目よ。趣味と実益を兼ねてるけど」 冗談交じりに笑いながら、シャマルはその疑念を棚上出来たことに安堵した。 この問題について、シャマル自身が憶測している答えはすでに在る。しかし、それは容易く口に出来るほど軽い答えでもないのだった。ヴォルケンリッターの存続に関わる内容だ。 とにかく、二人は無事を喜び合った。 そうして談笑する中、医務室を意外な人物が訪れる。 来訪者を告げるブザーが鳴り、ドアがスライドすると凡百な制服の似合わない目立つ男が遠慮無しに足を踏み入れた。 「Trick or treat? 暇なんだ、お茶を出すか遊んでくれよ」 ベッドの中で目を丸くするヴィータに悪戯っぽい笑みを向けながら、ダンテは開口一番に言った。 「ダンテ!? え、本物かっ?」 「オイオイ、この甘いマスクの偽物なんて作れるかよ」 気絶する前の記憶が脳裏を過ぎり、無意識に身構えるヴィータを嘲笑うように、ダンテは彼自身を証明するような台詞を吐いてみせた。 安静の為眠っていたヴィータとは違い、既に再会を済ませてあるシャマルに愛想良く会釈すると、誰の許しも得ないまま勝手にベッド脇の椅子へ腰を降ろす。 その図太さと、何者にも遮られない行動は、間違いなくヴィータの知るダンテのものだった。 「……オメー、来てたのかよ」 「詳しい経緯は偉い奴に聞いてくれ。もう嫌って程説明したんでね、繰り返すのも飽きたぜ」 ダンテの格好を見て、ヴィータは何となく事態を察した。 「何しに来たんだ? ビョーキとかケガにゃ縁がなさそうだけどよ」 「眠り姫が眼を覚ましたって聞いてね」 「誰から聞いたんだよ? お前、関係者じゃねーだろ」 「シャーリーって言ったか。いい男がいい女に声を掛けたら会話は成立する、そういう法則があるんだ」 何処まで本気か分からないダンテの話を聞きながら、ヴィータは再確認した。そうだ、こういう奴だ。 実質二度目の顔合わせだが、既に旧知のような二人のやりとりを眺めていたシャマルは、意味深げな笑みを浮かべながら立ち上がった。 「じゃあ、私は奥で書類片付けてますね。カーテン引いておくので、ごゆっくり」 「あ、おい! 変な気を使うんじゃねーよ!」 ヴィータの言葉を聞き流して、『オホホホッ』と変な笑い方をしながらシャマルは去って行った。 苦虫を噛み潰したようなヴィータと愉快そうに笑うダンテがその場に残される。 「……マジで何しに来たんだ?」 「俺の処遇が決まるまで暇なんでね。友好関係を増やすのも飽きたしな」 「オメー、機動六課に入るつもりなのか?」 「さあな。だが、もう無関係じゃいられないだろうぜ。いろいろ関わっちまったからな」 そう言って、ダンテは一瞬だけこれまでを回想するように遠くを見つめた。 人との関わりはもちろん、<悪魔>との関わりも。まるで運命染みた導きによって、バラバラだった要素は一点に集束しつつある。 ダンテは自らの出会いと別れが全て意味を持ち、また同時にコントロールされているかのような錯覚を覚えた。 今、この場所、この世界の状況は、全て自分が発端となっているのかもしれない。 「ふーん……まあ、それなら歓迎してやるよ」 悪い方向へ考え込むダンテにとって、ヴィータのその何気ない言葉は純粋に嬉しく、ありがたいものだった。 不敵でも皮肉でもなく、純粋な喜びから笑みが漏れる。 「ヘイ、何か買ってやろうか? 嬉しいから一つだけプレゼントを送ってやるよ、お嬢さん」 「子供扱いすんじゃねー! ……けど、それなら一つだけあたしの質問に答えろよ」 「何だ? スリーサイズか?」 「茶化すなよ、真面目に答えろ」 「OK、何だ? 言えよ」 ヴィータはしばし言葉を選び、自分と相手の性分を考えて、結局簡潔に質問を口にした。 「――ダンテ。オメーに顔がそっくりな兄弟とかいねーか?」 ダンテの中の時間がその瞬間停止した。 それは間違いなく、そしていつでも余裕を忘れない彼にとって酷く珍しい動揺の表れだった。 何故、ヴィータがそれを尋ねるのか。幾つもの疑惑が心を埋め尽くし、それは殺気染みた圧力となって噴き出そうとする。かろうじて、理性がそれを押し留めた。 意味も無く降ろした腰の位置を直し、ダンテは自らの動揺を宥めた。 ヴィータを見据える。努力したが、それは睨むような形になってしまった。 「……いるぜ、双子の兄貴がな」 問い返さず、素直に答える。そういう約束だった。 ダンテの態度の劇的な変化を、何処か当然だと受け止めて、ヴィータは頷いた。 「あたしを刺したのはソイツだ、きっと」 「……マジか?」 「マジだぜ。まだ誰にも言ってねぇ。 オメーとそっくりな顔で、髪の色まで一緒だ。武器は刀を使ってた。正直、アイツの戦闘力はやべえ。一撃で実感した」 ヴィータの神妙な言葉を聞きながら、ダンテは自らの思い描く人物が一致することを確信した。 ホテルでの一件から、自分に関わる多くの出来事が動き出したことを感じていたが、ヴィータの告げた内容はそれらの中でも最も衝撃的なものだった。 「どういう奴なんだ?」 「名前はバージル。俺とは考えが合わなくてね、一度殺し合った仲だ」 「ひでえ兄弟喧嘩だな。何で、そんな奴があそこにいたんだ?」 「さあね。俺も、今の今まで死んだと思ってたよ」 肩を竦めるダンテの様子を伺って、その言葉に嘘が無いことを悟ると、ヴィータはベッドの枕に凭れ掛かった。 重要な手がかりは掴んだ。しかし、更に重要な点に関しては、これでプッツリと途切れてしまったことになる。 後は、再びあの男――バージルと出会った時に明かされることを期待するしかない。 そして、それは決して在り得ないはずのことではない、と。ヴィータは何処か確信していた。 この双子は、どうあっても巡り合う運命なのだ、と――ダンテ自身が確信するのと同じように。 「……それで、どうすんだよ?」 互いに思案する沈黙の中、唐突にヴィータが口を開いた。 「何がだ?」 「だから、そのバージルって奴のことだよ。黙ってればいいのか?」 思わぬ提案に、ダンテは面食らった。やはり彼には珍しい動揺だった。 「黙ってるって……そいつは、マズイだろ?」 「マズイよ。けど、家族のことだろ? 自分から言えるまで、待った方がいいのかと思ってよ……」 最後は聞き取れないくらい小さく呟き、ヴィータはバツの悪そうにそっぽを向く。その横顔は僅かに赤い。 それまでの陰鬱な思考が吹き飛んで、ダンテは急に笑い出したくなった。 実際に、堪えきれずに吹き出した。ヴィータが恥ずかしさに歯を食い縛って睨む中、その視線すらも心地良く、ダンテは愉快そうに声を押し殺して笑い続ける。 「っんだよ!? 感謝しろとは言わねーけど、笑うことねぇじゃねーか!」 「ハハッ、悪い悪い。お前さんの人情が身に染みてね。ありがとうよ……ククッ」 「だったら、まず笑うの止めろテメー!」 「OK、感謝してるのは本当だぜ。まいったね、こういう組織関係とは相性が悪いはずなんだが、全面的に協力したい気分になってきたよ」 まだニヤニヤと笑みを絶やさないダンテの言葉は酷く胡散臭かったが、彼は限りなく本心を語っていた。 バカにされることは確実だが、素面で愛と平和について万歳をしてやりたい気分だった。 やはり、人間とは素晴らしい。自分とは考えを違えた兄を想い、ダンテは自らの心を確認する。 バージル――奴が再び自分と、彼女達のような者の前に刃を向けるのなら、その時は再び戦うことを迷いはしない。 ヴィータを見つめる瞳に、もはや複雑な感情は映っていなかった。 「バージルに関しては、俺がしっかりと説明してやるよ。もう決めた、俺はこの<機動六課>って奴に協力する。ただし、個人としてな」 「そうかよ、好きにしろ。もうあたしにゃ関係ねー」 「拗ねるなよ、悪い意味で笑ったんじゃないんだ。本当に感謝してるのさ。何か、お返ししてやろうか?」 「いらねー」 「何でもいいぜ、キスでもハグでも」 「いらねーよ、ボケ! ……ま、そこまで言うんだったら、ちょっと外出るの手伝え。リハビリしてぇんだ」 ヴィータの頼みを快く引き受け、ダンテは立ち上がると、そのままおもむろに小柄な体を担ぎ上げた。 「……って、何してんだオメーは!?」 「暴れるなよ、運んでやるのさ」 肩の上でジタバタと手足を振り乱しても揺るぎもせず、ダンテは騒ぐヴィータを担いだまま、シャマルに手を振って医務室を出て行った。 のほほんと手を振り返すシャマルを恨みながら、ヴィータは叫び続ける。 すれ違う局員の好奇の視線が、彼女の羞恥心を大いに刺激して去って行った。もう死にたい。っていうかむしろコイツが死ね。 「てめっ、この格好でどこまで行く気だ!? これ以上目立ったらぶっ殺すぞ!」 「ちょいと今日の予定を耳に挟んでね。向かってるのは、訓練場さ」 その叫び声が大いに目立っているヴィータの文句を笑って聞き流し、ダンテは答えた。 「模擬戦するらしいぜ。お前らの隊長殿とうちのじゃじゃ馬、それに付き合う健気なパートナーがな」 そこで、二人はそれぞれの想い人の衝撃的な戦いを見ることになる。 既に模擬戦は開始されている時間だった。 フェイトが合流し、エリオとキャロが見守る中、ティアナとスバルのコンビがなのはに真っ向から激突する。 その戦闘は、概ねスバルとティアナの事前の想定通りに進行していた。 相手をするなのはにも実感出来る、これまでの二人の戦闘パターンとは違う動き。 ホテル襲撃事件において、ティアナが自ら目覚めたコンビネーションだった。 スバルの荒々しい突撃をティアナの正確な射撃が補完する――ただ一つ、スバルの攻撃がもはや特攻と呼べるほどに自身を省みない無謀さを孕んでいる以外は。 「スバル、ダメだよ! そんな無理な機動!」 「すみません! でも、ちゃんと防ぎますからっ!」 スバルの応答はなのはの叱責の意味を理解していないものだった。 様子がおかしい。それを察した瞬間、思考の隙を突くように高所から正確無比な狙撃が襲い掛かる。 「……っ、容赦ないね」 『敵に応答するな、戦闘に集中して! 今は敵よ!』 「ごめん!」 ティアナの念話を受け、再びスバルの瞳が危険な色を宿した。恐れを故意に忘れた眼だ。 なのはの中で疑念が高まる。 スバルの突撃とそれを援護するティアナの射撃の割合は、絶妙と言えばそうだが、酷く危うい一面もある。 防御を捨てることは、攻撃力の向上に反比例してリスクを押し上げる無理な戦法なのだ。 自分は教えていない。むしろ、戒めてきた。 二人の戦法が、自分の教導を否定する意味を持っていると察し始める。 混乱と、悲しみ……そして、やはりどうしようもない疑念が湧き上がった。 ――あのティアナが、これらのことを全て考慮せずに戦うだろうか? 逆に言えば、この戦いは彼女のメッセージなのではないか? キリの無い疑念が頭の中を掻き回す。なのははこの時、間違いなく動揺していた。 その隙が、スバルの接近を許す。 「でやぁああああああっ!!」 「くっ!?」 カートリッジの魔力を乗せた拳が、なのはのシールドと激突して火花を散らす。 受け止めざる得なかったのは、なのは自身の動揺と、同時に迷いによるものでもあった。 「スバル、どうして……っ?」 愚かなことだと分かっている。ただの被害妄想染みた考えだということも。 しかし、教え導いたはずのティアナと意見を分かち、つい先日の事件に至って、なのはの内に隠した動揺は大きくなりすぎていた。 ティアナの考えていることが分からない。分かってくれないことが分からない。 そして今、目の前で離脱もせずに、防がれた攻撃を尚も続けるスバルも――。 「どうして、こんな無茶をするの!?」 その叫びに、苦悩と悲しみが滲んでいることを、不幸にも若く直情的なスバルが理解することはなかった。 「わたしは、もう誰も傷つけたくないから……っ!」 「え?」 ただ、自分の想いを吐き出す。 「ティアナが傷付いたのは……わたしを撃ったのは……っ、わたしが弱くて、信頼出来なくなったせいだからっ!」 その真っ直ぐな想いを、なのはもまた真っ直ぐに受け止めすぎてしまう。 「だからっ! 強くなりたいんですっ!!」 吐き出された、あまりに強すぎるその想いが、かろうじて保ち続けていたなのはの心の平静を打ち砕いてしまった。 一瞬呆然したなのはの隙を見逃さず、スバルが力の拮抗を崩す。 我に返ったなのはが防御に集中した瞬間。その僅かな一瞬だけ、彼女は思考からティアナの存在を忘れた。 そして、硬骨なガンナーはそれを見逃さない。 「一撃、必殺――!」 「しまった、ティアナ!?」 クロスミラージュの銃口から短い魔力刃を銃剣(バヨネット)の如く発生させた、近接戦闘用のダガーモード。その不完全版。 詳しい機能を教えられるまでもなく、独自の鍛錬と研究によって生み出した、なのはですら知らないその武器を、ティアナはこの土壇場で使った。 その決断が、対するなのはに何よりも本気を感じさせる。 ――どうあっても、自分を倒すのだ、と。 「……レイジングハート」 その決意の意味を、取り間違えたか、あるいは本当にそのままの意味なのか――ティアナが自分を否定したのだと、なのはは感じた。 「モード・リリース」 《All right.》 なのはの中で混沌としていた感情が全て凍り尽く。それは致命的なまでの心理的動揺であり、衝撃だった。 常人ならば放心するしかない。しかし、何よりも彼女の持つ戦闘魔導師としての天性の資質が、肉体を突き動かしていた。 デバイスを待機状態に戻し、両腕に自由を得る。自らもまた肉弾戦で応じる為に。 だが果たして、その冷静でありながら、どこか私情とも見れる判断が、本当に反射によるものだけだったか――なのは自身にも分からない。 混乱、悲しみ、疑念……そして、美しい少女の内に潜むにはあまりに醜い怒り。 差し出した手のひらに受ける、ティアナの鋭い魔力。 腕をカバーするように展開したフィールドと反発して炸裂し、暴走した魔力が周囲を荒れ狂う中、なのはは痛みよりもそれが助長する悲しみと怒りを感じていた。 「……おかしいな。二人とも、どうしちゃったのかな?」 やがて、煙が晴れる。 なのはの視界とその迷いもまた晴れようとしていた。一つに集束していく。暗い方向へ。 「頑張ってるのは分かるけど、模擬戦は喧嘩じゃないんだよ」 視線を動かせば、自分の変貌に畏怖を抱くかの如く震えるスバル。 そして、普段通りの冷静で冷徹な戦闘者としての瞳のまま、自分を見下ろすティアナ。 その瞳が何よりも雄弁に語っていた。 敵だ、と。 「練習の時だけ言うことを聞いてるふりで、本番でこんな危険な無茶するんなら……練習の意味、無いじゃない」 その瞳に拒絶を感じるしかない。 その視線に否定を感じるしかない。 なのはにはもう何も分からなかった。 長い教導官としての日々の中で、教え子達は皆思ったことを素直に質問し、自分が答えると一度だけ顔を見て『わかりました』と言う。 それで全てが済んでしまっていた。 しかし、目の前の少女は違うのだ。 「ちゃんとさ、練習通りやろうよ」 そうしてくれれば、何も問題はないのに。 自分は素直さに優しさで答え、誰も傷付かない。強くもなれる。そう、これまでそうしてきたのに――。 「ねえ、わたしの言ってること……わたしの訓練……そんなに間違ってる?」 なのはは理不尽さを感じずにはいられなかった。 それがある種の身勝手さであったとしても、これまで優しさこそ真に人を導くと信じ続けてきた彼女の健気さを誰も否定は出来ないだろう。 だが、この時彼女が教導官に有るまじき、感情によって動くという行為を成してしまったことも、やはり否定の出来ない失態なのだった。 そうして、誰もが動揺して客観的な分析の行えないまま、事態は動く。 なのはの言葉に答えるように、ティアナがダガーモードを解除して素早く距離を取った。 展開された幾重もの<ウィングロード>に着地し、再度射撃体勢を取ってチャージを開始する。 言葉は無い。どうとでも受け取れ、これが自分の答えだ――なのはにはそんな声が聞こえた気がした。 「……少し、頭冷やそうか」 指先に魔力を集束し、その照準をティアナに突きつける。 スバルが何かを叫んでいる。内心の動揺と混乱に反して、淀みなく魔力が動き、彼女をバインドした。 敵意すら萎えているのに、なのはの指先に集まる魔力は素早く正確に自らの攻撃性を高めていく。 「クロス、ファイアー……」 その時、なのはは自覚無く、あの時のティアナの気持ちを完全に理解していた。 導く為でも、叱る為でもなく、叫び散らしたいような身勝手な怒りで彼女は引き金を引いたのだ。 それは、もし声にしたなら……あまりに人間的な叫びだった。 「シュート」 ――どうして、わたしの気持ちを分かってくれないのっ!? 「……最悪だ」 訓練場の様子を映すモニターを睨みながら、ヴィータは呻くように呟くしかなかった。 なのはの一撃が、ティアナを吹き飛ばす瞬間が見える。 もし訓練弾でなければ粉々に吹っ飛んでいる。それほどまでに容赦の無い一撃だった。 教導官は訓練生を潰さない為にダメージも計算していなければならない。それはなのはも熟知しているはずだ。 だからこそ、本来ならばこんなオーバーキルの攻撃は在り得ない。あの一撃には、理性を超えた激情が透けて見える。 ヴィータの言葉通り、模擬戦は最悪の展開となってしまったのだった。 「ティアナの拒絶が、なのはの心の糸を切っちまった……」 なのはは、ずっとティアナを優しさで案じてきた。 かつてのなのはを知るヴィータにはあまりに思い切りの悪い対応だったが、それでも今のなのはの精一杯だった。 どちらが一方的に悪いわけじゃない。こと今回の事に関して、ヴィータは無条件になのはの味方をするつもりは無かった。 結局、どちらも悪いのだ。 頑ななまでに自分の力を信じ、他人を、仲間すら信用せず、真意を打ち明けなかったティアナ。 そんな彼女に対して、どれだけ拒絶されたとしても決して行ってはいけない、力による解決に踏み切ってしまったなのは。 どちらも間違い、そして事態は最悪の結果になった。 「いや、あたしも甘かったか。何か出来たはずなんだ」 なのはを信頼しすぎた。いや、頼りすぎたのか。どちらにしろ、それが悪いことだと断ずることも出来ない。 結局、成るべくして成ったというのか――。 ヴィータは例え答えが出なくても、そんな愚かな結論に行き着いてしまうことを拒否し、頭を振った。 そしてふと気付き、傍らにいるはずのダンテに視線を投げ掛けた。 彼は、この結果をどう思っているのだろうか? 「やっぱり、ヤバかったな」 モニターを静かに見据え、ダンテは驚くほど平坦な声で、そう呟いただけだった。 それを見上げるヴィータの視線に力が篭る。 「……オメー、この結果を分かってたんじゃねぇだろうな?」 「だとしたら、どうする?」 「止められなかったのか?」 「無理だ。それに、そんなつもりもなかった」 誤解を恐れず、ダンテはただ必要なことだけを答えた。 ヴィータは何も言わない。ダンテの考えはもちろん、果たしてこの結果が本当に悪いものなのかも決められなかったからだ。 いずれにせよ、答えは出た。あとは、二人の仲を修復するだけでいい。 それこそが真の問題だと頭を悩ませ、唸るヴィータに、ダンテは何気なく告げた。 「――それにな、話はまだ続くみたいだぜ」 「え?」 「だからヤバイんだ」 ダンテの深刻な呟きに、ヴィータは変わらず訓練場を映すモニターに再び視線を走らせた。 「ティアァァァーーッ!!」 スバルの悲痛な声が空しく響く。しかし、粉塵の向こうから答えはない。 なのはは早くも後悔を感じていた。外見こそ平静を装っていたが、自分の為したことが信じられないほどに動揺していた。 睨み付けるスバルの瞳が、これまでずっと尊敬の念を映してきた自分を見る眼が、今は悲しみとも憎悪ともつかないもので荒れ狂っている。 それは間違いなく自分の罪を示すもので、責める罰なのだろう。 なのはは疲れたようなため息を吐き出し、もう一度スバルを見た。とにかく、模擬戦は終わり、それを告げなければならない。義務だ。 「模擬戦はここまで。今日は二人とも、撃墜されて……」 言い掛け、その時になってようやく気付いた。 スバルの視線が、自分を向いていない。正確にはすぐ近くを見ながら自分の顔に焦点が合っていない。 ――ゾクリと、なのはの戦いの感覚が全力で不吉を告げた。 「ティアナ……ッ!?」 その戦慄の原因をなのはは直感し、言葉ではなく現実がそれに返答した。 撃墜したはずのティアナの位置へ走らせた視線が、粉塵の中で消失する人影を捉える。 わずかに見えたティアナの姿が、まるでホログラムのように消え去った。 比喩でもなく正真正銘の幻影だ。 「あれは……<フェイク・シルエット>!?」 希少な高位幻影魔法の名が口を突く。幻影系の魔法を習得中だと、ティアナ自身が語ったことをなのははこの瞬間まで忘れていた。 在るはずのものが消え、それと同時にいないはずのものが出現した。 呆気に取られるなのはの傍らで、空気が歪み、絵の具が紙に滲み出るようにして人の形と色をしたものが姿を現す。 それこそが、本物のティアナだった。 「<オプティック・ハイド>!」 なのはが全てのカラクリを理解した時、全ては致命的なまでに終わっていた。 出現したティアナは既になのはのすぐ傍まで肉薄している。突き付けられたクロスミラージュの銃口は、その頭部を無慈悲に捉えていた。 呆気に取られているのは、スバルさえ例外ではない。この展開は彼女さえ知り得るところではなかったのだ。 なのはとティアナの視線が交差し、その間をスバルの視線が彷徨う。 「ティ、ティア……これって?」 「Eat this」 一切合財を無視して、ティアナは引き金を引いた。 回避など絶対不可能な超至近距離で魔力弾が放たれる。なのはは咄嗟に障壁を眼前に生み出した。その反応速度は歴戦の魔導師だけが為し得る奇跡だった。 しかし、察知されない為にチャージこそしていなかったものの、その一瞬に備えていたティアナの攻撃はなのはの咄嗟の防御を凌駕した。 閃光の炸裂を伴って、障壁を魔力弾が突き破る。 ティアナを含む誰もが、その結果を確信した。 なのはの反応はまさにギリギリの反射によるものだった。 その一種の奇跡によって生み出された防御を抜ければ、もう後には猶予など残されていない。 ――だから、なのはは自らその猶予を作った。 「な……っ!?」 眼前で瞬く、もう一度『魔力弾と障壁がぶつかる閃光』を見て、ティアナは初めて動揺した。 魔力弾は二枚目の障壁によって受け止められていた。 なのはの『口の中』で。 魔力弾の射線上にある口を開き、そこに攻撃を導くことで僅かな距離と時間の猶予を作った。そして、口内に極小規模な障壁を形成することで、魔力弾を受け止めたのだった。 ティアナでさえ予想し得なかった、その一瞬の判断と決断に誰もが戦慄する。 なのははぐっと噛み締めるように口を閉じた。 障壁にぶつかって弾けた魔力の残滓が口の中で飛び散ってチリチリと痛む。 しかし、そんなものは全く些細なことだった。 「……ティアナ、これがアナタの答え?」 なのははティアナを見据え、静かに告げた。 もうそこには怒りも動揺もない。本当にギリギリまで追い詰められた瞬間、彼女の中に眠る爆発力が全てのしがらみを吹き飛ばしていた。 ただ純粋な強い意志を宿した視線を受け、ティアナは舌打ちしながらその場から飛び退る。 一瞬にして距離を取り、エアハイクによって更に離れた足場へと移動していた。 かつてないほど鋭い動きだった。スバルとの自主練習中や、ここまでの模擬戦の最中でさえ見せなかった、ティアナの真の力だった。 予想もしなかったな展開と、パートナーの変貌に、スバルはもう何も考えられない。 「ティア……」 「ティアナ、スバルを囮にしたね?」 まだパートナーを信じようと、縋るように呻くスバルを、なのはの断ち切るような言葉が停止させた。 スバルの頭の中でバラバラに散らばっていた破片が、その言葉でカチリと噛み合う。 状況が全てを語っていた。 二人で練習した訓練、練った作戦――その全てがあの一瞬の為の伏線でしかなかったのだ、と。 「ティアナ、アナタはスバルを仲間じゃなく駒として扱ったんだよ」 「ち、違うんです、なのはさん!」 今度こそ、正しい怒りを迷いなく向けるなのはに対して、スバルは慌てて言い縋った。 何かの間違いだと、そう信じていた。 「あの、これもコンビネーションのうちで……っ! っていうか、わたしが悪いんです! わたしが、もっと……っ!」 「スバル」 必死に言い募るスバルを、横合いから冷たい言葉が殴りつける。 震えながらその方向を見た。 ティアナが見下ろしていた。どうしようもなく冷酷で冷徹で、相棒を思いやる暖かみの一片さえ含まれない瞳で。 「アンタのそういう寝言がウザくて仕方なかったのよ」 吐き捨てられた言葉が、一緒に二人の間にあった繋がりさえ切り捨ててしまった。 スバルがその場に崩れ落ちる。 その様子を一瞥し、なのははティアナを見た。驚くほど落ち着き、睨みもせず、ただハッキリと『強い』視線だった。 「ティアナ……」 「さあ、続けましょう高町教導官。まだ模擬戦は終わってません。一人リタイア、後は一対一です」 不敵な笑みを浮かべてクロスミラージュを構える。その仕草だけは、まったく普段通りのティアナだった。 「ティアナは、わたしに勝って何を証明したいの?」 「何も。強いて言うなら、現状での修正点です」 「修正? 何か、間違ってるところあるかな?」 すでに二人の意志は戦闘時のようにぶつかり合っていた。 避けられない戦いを前に、なのははティアナの真意を探るように言葉を投げ掛ける。 「私が勝てば、認めざるを得ない――今の高町教導官が想定する私の戦闘力が、間違っているという現実を」 ティアナは初めて得られた的確な質問に対して喜ぶように笑って答えた。 「足りないんです、力が。今の訓練じゃ、私の得られる力はあまりに少ない」 「ティアナは十分強いよ」 「何を基準にした『十分』なんですか? アナタに私の求めるものの何が分かると?」 嘲るような笑みに、なのははもう必要以上のショックを受けなかった。 ただ受け止める。この言葉は、自分が望んだものだ。 ティアナの本心だ。 「私は、ただ理屈を言ってるんです。 別に先の事件の失敗を帳消しにして、死んだ兄の正しさをこんな形で示したいわけじゃない。やるべきことは分かってます。その為に必要なモノも」 ティアナは全てを吐き出すように続けた。 声も荒げず、ただ穏やかに、淡々と。それこそがティアナの本気の証なのかもしれなかった。 「高町教導官、アナタの力を尊敬します」 「力、だけなんだ……」 「今のままじゃ足りない。その力が欲しい。だから、私が証明するとしたら――唯一つ、更なる教導の必要性だけです」 明確な理屈に基づく話を終え、ティアナは全てを任せるように口を噤んだ。 悲しいほどに冷静な言葉だった。なのはを打ち倒すことで何かを得られるなどと錯覚せず、あくまで適切な手順を踏んで自らの目的を達成しようとしている。 しかし、やはり――。 「ティアナは手段としての力が欲しいんだね。それは、きっと正しいよ。力はいつだって手段なんだ」 なのはは噛み締めるように呟いた。 ティアナの理路整然とした言葉の前に頷いてしまいそうになる自分を、心の何処かで止める『根拠の無い何か』が在る。 それはティアナにとっては愚かしいものなのかもしれないが――なのははそれに従った。人間として、正しいと信じて。 「……そう、力は手段に過ぎないんだよ。それは、やっぱり事実なの」 俯いていた視線を上げ、なのはは真っ直ぐにティアナの瞳を見据えた。 その意志在る瞳を、かつての彼女を知る者が見れば気付いただろう。 迷い無く、理屈や常識を超え、己の心が叫ぶままに自らを信じようとする子供のように純粋な瞳だった。 「例えどんなに必要でも、自分を慕う人や仲間を切り捨てて、自分まで削って尖らせて……そんなになってまで求めるものじゃない。 もうその時点で、力はアナタの為に在るんじゃなく、力の為にアナタが在るようになってしまっているんだよ!」 訴えかけるようななのはの叫びに応じて、レイジングハートが再び真の姿を現した。 ティアナ、その姿にも言葉にも微動だにしない。 もはや、彼女を揺るがすものは無いのか。しかし、なのはは語ることを止めなかった。 「本当にたいせつなものは、力なんかじゃない。それを扱う自分自身――。 苦しい時、追い詰められた時、いつだって最後には自分を突き動かしてくれる、魂なの!」 今の自分に出せるだけの想いを吐き出して、なのははぶつけた。 自らの手を静かにその胸に当て、其処に在るものを確かめる。 10年前、全ての始まりから自分を動かし、どんなに辛い時も立ち上がらせてくれた。歳を経て、久しく感じられなかったソレが、今再び燃えていた。 「その魂が叫んでる……ティアナを止めろって!」 今日までの迷い、悲しみ、怒り――全ての人間的感情を一つの意志に束ねて、それを決意としてなのはは指先と共に突き付けた。 その決死の覚悟に、ティアナは嘲笑で応える。 暗い笑い声が響き渡った。 ティアナもまた、既に揺らぐことの無い覚悟を終えてしまっているのだった。 「申し訳ないですが……『あたし』の魂はこう言ってる」 飾り立てた敬語が崩れ、ティアナの真の意志が露わになる。 なのはと同じように、胸の内で燃え続ける確かな決意に手を当て、確かめるようにその叫びを感じ取った。 何かを与えるのではなく、ただひたすらに求め続ける魂の渇望を。 全ては、何も出来ない自分の無力を殺す為に――。 「――もっと力を!」 ゆっくりと一語一語噛み締める、地を這うような重い決意の言葉が、その瞬間決定的に二人の間を分ってしまった。 二人の強烈なまでの意志に、スバルと遠くで見据えるフェイト達や、ヴィータ、ダンテさえ飲み込まれていく。 誰の顔にも悲痛な表情が浮かんでいた。そして、同時に共通して確信していた。 どうなろうと、この二人の戦いの決着が全ての答えだ。 誰も手出しなど出来ない。 なのはとティアナ。言葉は全て吐き尽くし、後は力と意志だけが結果を生み出す。 静寂。そして、同時に。 互いに相手の意思を叩き潰す為、二人は行動を開始した――。 to be continued…> <悪魔狩人の武器博物館> 《デバイス》ボニー クライド 本作のみのオリジナル武器。ダンテが現在携行している銃型のデバイスを指す。 二挺左右で交互に連射も、二方向の同時射撃も可能。 質量兵器の禁止されたミッドチルダにおけるダンテの武器として、ティアナがアンカーガンのパーツを流用して作成した簡易型デバイス。 一般的なデバイスと比較すると特異な外見だが、実際の性能はごく標準的なストレージデバイスである。 使用可能な魔法も単純な弾丸型射撃魔法<シュートバレット>以外登録されていない。 カートリッジシステムも未搭載の完全に普遍的なデバイスだが、ダンテの魔力によって驚異的な速射性と威力を誇る。 驚くほど単純な機構の代わりに、強度はアームドデバイス並にある。 デバイスの名付け親は不明。その意図も不明である。 前へ 目次へ 次へ
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その男の名前は<ジェイル=スカリエッティ>と言った。 研究者らしい白衣に身を包んだ姿は、機器のランプが照らすだけの薄暗いラボに在って冴えるように目立つ。 探究心を満たす喜びに口は笑みを形作り、瞳は知的な輝きを湛える。 ただ一つ、彼に欠けているモノがあるとするならそれは―――人としての正気だけだった。 「―――例の<魔剣士の息子>を見たよ。予想以上の力だ」 スカリエッティがまるで目の前の闇と話すように、唐突に口を開く。 その闇の中に溶け込むように、一人の男の影が在った。 『……勝手な真似をするな、と言った筈だが』 声色は平坦そのもので、口調だけは咎めるような響きで声が返ってきた。 『あの男だけが事態を正確に察知出来る。今の段階で、こちらの動きを悟られるわけにはいかんのだよ』 「それは分かっているがね。興味があったんだ、人間と悪魔の血肉を兼ね備える存在に……」 『いずれ対峙する機会は作る、とも言った筈だ。今はその時ではない』 「上手くすれば、彼の持つ<鍵>も手に入った」 『そして、結果は失敗かね?』 「これは耳が痛い」 交わされる言葉はお互いに丁寧で柔らかな物腰から発せられるものだったが、実際に漂う空気は剣呑で不穏に満ちている。 スカリエッティは相手を嘲るように話し、影の男もまた彼を見下した物言いを崩さない。 二人の間には形だけの敬意と協力しか存在しなかった。 『―――奴の持つ<鍵>はもう必要ない。この世界と<魔界>を繋げる方法は一つではないのだ』 初めて聞く情報に、スカリエッティの表情が僅かだけ歪んだ。 彼の叡智を持ってしても<悪魔>に関する事柄は目の前の男にアドヴァンテージがある。そこだけは認めなければならない。 「それは初耳だ。是非、新しい方法を聞かせていただきたい」 『必要ない』 「我々の円滑な協力関係の為にも、情報はある程度共有した方がいいと思うけれどねぇ……」 皮肉るようなスカリエッティの微笑に、闇の中で変化があった。 まるで、そこに佇む男の影が唐突に人の形を崩して、まったく違う存在に変貌したかのような感覚が―――。 『―――<我々>?』 スカリエッティの笑みが僅かに強張る。 背筋に走る悪寒と滲み出る汗を感じながら、なんとか余裕の笑みは崩さなかった。 例えどれ程狂っても、人は人の枠を飛び越える事は出来ない。 そして、人である以上決して逃れられないものだ―――闇を恐れる心というものは。 『ならば、円滑な関係の為にも気をつけることだ。<我々>などという言葉は、二度と使わぬようにな』 「……失礼した。貴方と私達との緊張ある関係を尊重しよう」 目の前で、男が再び人間の姿を取り戻すのを感じ取る。 男は、かつて人間だった。それはスカリエッティの調べる限り、確かな事だ。 だが、もう今は人間ではない。 <悪魔>に魅せられた人間のありきたりな結末であり、しかしそれを切欠に闇を自らの内へ取り込む事に成功した希少な成果でもあった。 『あの男の重要性は低い。所詮朽ちかけた伝説の残滓だ。 だが、あの<剣>に眠る力に興味があるのなら好きにするといいだろう。私は関与しない。ただし……』 「分かっているよ。今回の独断専行は申し訳なかった、機が熟すのを待とう」 『―――動くべき機は追って知らせる。それまでは貴様らの好きにするがいい』 そこまで告げて、男のそこに在る気配は一方的に消え去った。 もはや、闇の中には誰もいない。 ただ一人残されたスカリエッティは、見えるはずのない男の後姿をジッと見送っていた。 「……うーん、怖いねえ。何度も挑戦してみるけど、やっぱり<悪魔>に対する恐怖心っていうのは簡単に克服できるものじゃないらしい。ねえ、ウーノ?」 「確かに、あの男から感じる寒気は恐怖と言ってよいでしょう―――」 いつの間にか傍らに付き添うように現れた自らの秘書に笑いかける。 硬くなった表情を解すように手で揉むスカリエッティとは反対に、ウーノの顔は険しい怒りの表情に固まっていた。 「ですが、我々はあの程度の恐怖に屈しはしません。命令していただければ、あの横暴な男に相応な……」 「痛めつけて態度を変えるような男ではないよ。それに、人格はともかく彼の<力>はその横暴さに見合っている」 自らの尊敬する主に対して、常に見下すような立場を変えないあの男をウーノは心底嫌っていた。 最近では殺意まで混じるようになった彼女の視線が男の消えた闇に向けられているのを止めながら、スカリエッティは苦笑する。 今の自分達の位置が駒に過ぎないことは、彼女も分かっている筈だ。あの男や、他のスポンサーにとっても。 そんな奴らの横暴な物言いにも、内に秘めた反骨心を支えにして受け流してきた。 しかし、そんな冷静沈着なウーノをしてもあの男に対しては激情を隠し得ない。 彼女はそれに気付いているだろうか? それはきっと、あの男が持つ闇の力に触れることで起こる動揺が原因なのだと。 「それに、あの男は得難い協力者だ。<悪魔>の力と存在は、私にも計り知れない」 そう呟くスカリエッティの瞳には澄んだ輝きがあった。 狂気に塗れながらも決して失うことはない、未知のものへの探究心があった。 人は闇を恐れ、しかしその深遠さに惹かれることがある。果たして底など在るのか? と。 『魔に魅入られし人は絶えず』―――狂気の科学者ジェイル=スカリエッティもそういう人間だった。 「……でもね、それ以前に彼はいずれ倒れる運命にある男だと私は確信してるんだよ」 唯一つだけの点を除いて。 「何故なら、彼は<人間>を捨てて<悪魔>の力を手に入れたからだ。 彼はどうしようもなく『人間を侮っている』んだよ。弱くて、脆くて、卑小な存在だと切り捨てているのだ」 そう独白しながらも、顔には絶対の自信を笑みにして浮かべる主を、ウーノは理解できなかった。 純粋な戦力比でしかあの男との対比を計算できないウーノには分からない。自らの創造主の、理屈を越えた絶対の自信を。 「そうだ、彼は侮っている。<人間だけが持つ力>を、彼は理解せずに真っ先に捨ててしまった」 「人間の力……ですか?」 「そう、人間の力だ。彼はそれに敗れる。いずれ、間違い無くね」 「その<力>とは?」 困惑するウーノの頬にそっと手を沿え、愛しげな手つきで撫でて、囁くように答えた。 「Devil never cry―――『悪魔は泣かない』 それが全ての答えさ」 「……分かりません」 「<悪魔>の力は偉大だ。だが、奴らにも欠けているものはある。彼はそれを知らず、私は知っている」 絶対の自信を持って呟き、スカリエッティは自らの胸に手を当てた。 そこには見えない弾痕が刻まれている。 実際に撃たれたワケではない。現実に銃を向けられたことすらなかった。 撃たれたのはガジェットだ。それに、その瞬間もノイズで満たされたモニターでは見届けることすら出来なかった。 しかし、あの時あの瞬間、自分は『撃たれた』のだと錯覚した。 あの時―――ダンテと対峙して、その視線に真っ向からぶつかった時だ。 AMFの影響下で、スカリエッティからすれば稚拙極まりない技術で作られた簡易デバイスを突きつけた男の視線を、あの時確かに恐怖した。 それはダンテの持つ<悪魔>の力にではない。もう一つの力―――あの瞳に宿った汚れない人間としての意志の強さに圧倒されたのだ。 撃たれた瞬間の衝撃が、機械を通して自分の心臓を貫いた感覚が今でも残っている。 あれこそが、人間の持つ力だ。自分には持ち得ない種類の力だが、人間だけが持つ力の一端であることは確かなのだ。 スカリエッティはそれを確信し、狂喜していた。 「私はねぇ、ウーノ! 人間の可能性というものを信じているんだよ! 人が秘める心の力……それが善か悪かなんて問題じゃない、ただ確かに<悪魔>にも打ち勝てる力なんだ! 私はその<命の力>を尊重して止まない!!」 そう断言するジェイル=スカリエッティの意志は汚れの無いものだった。 汚れ無く、歪んで表面化した確固たる意志だった。 人はそれを<狂気>と呼ぶ。 ただ一つ―――。 「―――人間を侮らないことだ、<悪魔>よ」 闇に向けてなお恐れなく胸を張って笑い飛ばす姿だけは、人間としての気高い在り方そのものであった。 魔法少女リリカルなのはStylish 第八話『First Mission』 そこがどんな場所だったのか、キャロは覚えていない。 ただ、清潔を超えて逆に怖くなるくらい白色で統一された広い部屋だったことは思い出せる。 そこに入れられるまで、ずっと路地裏や物陰にいて、薄暗くて狭い場所に慣れきっていたせいもあるかもしれない。 一つきりの椅子に座ったキャロから、まるで彼女の抱える何かを警戒するように離れた位置で数人の大人が話し合っているのが見えた。 会話の内容は覚えていない。 聞こえていなかったワケじゃない。ただ、あの時の自分はもう全てがどうでも良くて、虚ろだった。 「確かに、凄まじい能力を持ってはいるんですが―――」 話をする大人達の顔も、まるでモザイクが掛かったみたいにハッキリとしない。 「制御がロクに出来ないんですよ。<竜召喚>だって、この子を守ろうとする竜が勝手に暴れ回るだけで……。 現に今も、従えている幼竜が引き離す際に派手に暴れ回りましてね。何人か局員に負傷者を出して、ようやく抑えつけたところです」 結局、何処に行っても同じなのだ。 里から出た時は、まだ『生きていこう』という前向きな意志があった。 しかし、それももう無い。 「特に<竜召喚>以外の―――未確認の魔法生物を召喚する能力は、もはや戦力というより害にしかなりません。 殺傷力、凶暴性共に完全な過剰防衛能力です。この子を見つけたスラムでは、すでに死人も出ているとか……。全て犯罪者予備軍のような奴らですがね」 自分に何かを与えようとしてくれる人も、自分から何かを奪おうとする人も―――この力は全て等しく傷つける。 それを悟った時、キャロの中で何かが折れたのだ。 この身はもはや災いの種。 近づく者は、誰も彼も引きずり込む闇の坩堝だ。 「とてもじゃないけど、まともな部隊でなんて働けませんよ」 だから、もうどうでもいい……。 そうしていつからか、体も心も、全てを投げ出していた。 ―――だがそれでも、自ら命を絶とうとだけはしなかったのは。 まだ生きることに未練が残っていたからかもしれない。 もう二度と過ごすは出来ない、明るい陽光の当たる場所での生活を夢見ていたからかもしれない。 そんな情けない自分を何処までも嘲笑って―――。 「せいぜい、単独で殲滅戦に放り込むくらいしか……」 「もう結構です」 そして、その人に出会った。 喋り続ける誰かを遮った、初めて聞く力強い芯の通った声に、キャロの視界はほんの少しだけピントを取り戻した。 白い部屋に白衣の男。何もかもが白くて嫌になるような場所で、彼女の黒い制服にどこか安心出来たからかもしれない。 キャロは少しだけ顔を上げて、強い意志を宿した瞳を持つ美しい女性を見た。 「では……」 「いえ。この子は予定通り、私が預かります」 「危険です、フェイト=T=ハラオウン執務官」 フェイトの言葉に別の男が深刻な表情で告げ、それをぼんやりと聞いていたキャロは全く同感だと心の中で頷いた。 こんな自分を預かってくれる人は優しい人だ。 だから、考え直して欲しかった。 これまでのように、そんな人をこの力が傷つける前に。 そしてその結果、自分に一変した恐怖の感情を向ける前に。 傷つけることも、傷つけられることも、もう耐えられない。 「アナタ達も、厄介払いが出来ていいのでは?」 先ほどの当人に対する配慮に欠ける報告を皮肉って返すフェイトの鋭い視線を受け、ほとんどの者が気まずげに黙る中、進言をした白衣の男だけが真っ直ぐに見返していた。 「この娘は危険です」 「それは既に聞きました。承知の上です」 「貴女は、この娘の力を見ていない! アレは単なる力の行使ではありません、邪悪な意思を宿した<何か>です!」 科学者である彼がそんな不明瞭な物言いをすることは珍しいが―――しかし、彼は誰よりも正しかった。 キャロ自身、その点に関しては全く同意している。 その白衣の男だけは、他の危機感が欠落した大人とは違う。キャロが持つ闇を正しく恐れる人間としての感性を持っていた。 彼らは気付いていないのだ。 自分達が今目の前にしている幼い少女が、どれ程巨大で恐ろしい暗闇へと繋がっているのか。 「……では、あの子に決めてもらいましょう」 真剣な男の眼差しに何を感じ取ったのか、しばし思案に沈黙した後でフェイトは言った。 そして、おもむろにキャロの元へ歩み寄る。 背後で男達が慌てたように何か喚いていたが、キャロはただ自分だけを見て歩みを進めるフェイトをぼんやりと見上げていた。 「…………来ないで」 もううんざりするくらい繰り返した、弱弱しい拒絶。 自分に近づく者に、何度もそう言って忠告した。しかし、誰も聞いてくれない。 優しい笑みを浮かべて近づく老婆や、嫌らしい笑みを浮かべてにじり寄る浮浪者―――そして、静かに自分を見据えたまま歩み寄る彼女も。 キャロの力無い拒絶とは裏腹に、彼女の<力>はその意思を凶暴な形で具現化させた。 足元から伸びる影が不自然な形に変わり、それは文字通り膨れ上がって平面から立体へと変貌を遂げる。 フェイトは思わず足を止めて、目を見開いた。 キャロの影がまるで滲むように床に大きく広がり、更にそこから黒い肉体を持った何かがゆっくりを生え出てくるのだ。 「これは……っ」 「下がってください、執務官! その<影の獣>は近づく者を攻撃します!!」 背後で響く悲鳴に近い声の言うとおり、それは<影の獣>としか表現出来ないモノだった。 もはやキャロの影から完全に独立したソレは、真っ黒な塊から豹の姿へと変化し、血のように赤い眼を宿した影の化け物となって四本の足で佇んでいた。 輪郭がハッキリとしないのは、それが実体が無い筈の影から生まれた者だからか。ただ、感じる魔力は強大で禍々しい。 ソイツは、キャロの傍を動かぬままこちらを見ていた。 しかし、フェイトはそれがキャロに付き従っているようには見えなかった。 むしろ逆だ。この化け物に、この少女は縛られている。 「―――どけ」 フェイトの中で激しい怒りが燃え上がった。 影の獣を睨みつけ、止まっていた歩みを再開する。後ろで何か騒いでいるが、もうそんな事はどうでもいい。 恐怖はあった。確かに、この<力>は恐ろしいものだ。 ただの魔法や能力ではない。得体の知れない存在の介入を感じる。 しかし、今はそれ以上に怒りが勝った。 この化け物の存在が、幼い少女から笑顔と未来を奪った。その眼から輝きを奪った。 それが許せない。 「来ないで……」 「大丈夫、私を見て」 歩みを止めないフェイトに驚きながらも、キャロは力なく首を振る。 「来ないでって、言ってるのに……っ」 その拒絶の言葉は、同時に『助けて』とも聞こえた。 だが彼女の傍らの存在は、そんな少女の儚い意思を歪め、捻じ曲げて受け止める。そして自らの凶悪な力を以って実行した。 影の獣の頭部が変形する。 元から特定の形を持たない為か、容易く肉体を変化させたその頭部が鋭い槍へと瞬時に変形し、次の瞬間高速で伸びてフェイトに襲い掛かった。 額を狙った殺意の宿る一撃に、キャロを含めた誰もが息を呑む。 しかし―――。 「……お前じゃない」 残酷な結末は訪れなかった。 恐るべき一撃を、フェイトは驚異的な反射神経と速さによって受け止めていたのだ。 右腕だけ瞬間装着したバリアジャケット。その手で鋭く伸びた槍を掴み取っていた。 しかし、魔力防護を受けた右手で受け止めてなお、影の槍はフェイトを傷つけた。 槍を握る指の隙間からは鮮血が滲み出ている。素手ならば、指が飛んでいただろう。 「ぁ……あ……っ」 流れて落ちる赤い雫に、キャロは震えた。 恐ろしかった。自分の傍らに佇む黒い獣はもう慣れ親しんだものだが、誰かを傷つけることは絶対に慣れない。 その血をこれ以上流さない為に、独りで居続けたのに―――。 「……私が話してるのは、この子だ」 後悔と罪悪感で泣きそうになるキャロを、しかし変わらぬ力強い声が引き止めた。 「お前じゃない。消えろ!」 フェイトは恐れも無く、闇を睨みつけていた。 誰もが忌避し、底の見えない深遠な暗闇から眼を逸らすものの具現と、他者の為に抱く人間としての汚れない怒りで真っ向から対峙していた。 槍を掴む手に力が篭り、ミシッと音を立てて、闇の獣が小さく唸る。 悔しげな響きを持つその声をキャロは初めて聞いた。 この<悪魔>は、フェイトの気迫に圧されているのだ。 「この子の心は、お前の棲む場所じゃないっ!!」 その鋭い一喝に、<悪魔>が在り得るはずの無い恐怖を抱いたからなのか、あるいはその一言でキャロの抱く陰鬱な感情が全て吹き飛んでしまったからなのか。 恐ろしい闇の塊が、まるで逃げるように牙を納めて再び影の中へと沈んでいった。 ただ呆気に取られるキャロと背後の男達の視界から、もはや影の獣は完全に消え失せる。 何事も無かったかのように静寂が戻った部屋の中で、フェイトの手のひらから落ちる血の雫だけが小さな音を立てていた。 「……これで、やっとお話が出来るね」 優しくそう言って、目の前にしゃがみ込むフェイトの顔を見たキャロはようやく我に返った。 「あ……っ、血、血が……!」 「大丈夫、私を見て」 流れる血は止まらなかったが、フェイトはそんな事など気にもかけず、先ほどと同じ調子でそっと囁いた。 久しく向けられたことのなかった柔らかな微笑みに、キャロはどうにかなってしまいそうだった。 ずっと薄暗い場所で蹲っていて、近づく人は皆傷つけられ、恐れ、悲鳴を上げて逃げていく。その繰り返しだった。 しかし、今この瞬間それは破られたのだ。 傷つきながらも、自分の為に怒り、退き返さずに更に一歩自分の元へ踏み込んでくれた。 弱弱しい拒絶の陰に隠れた、助けを求める声に気付いてくれた。 「あの……! わた、わたし……わたしぃ……っ!」 「うん、話したい事いっぱいあると思う。だから、まずは名前を教えて?」 涙でくしゃくしゃに歪んだ視界の中で、そう言って笑うフェイトの顔を、キャロは一生忘れないだろう。 鼻水で詰まった声を、精一杯振り絞って答えた。 「ギャロ゛、でず……っ! わだじは、<キャロ・ル・ルシエ>ですっ!!」 この名前を捧げて、闇の契約に縛られた。 そうして始まった辛い日々の果てで、もう一度名乗った時―――それを聞いた彼女は自分を再び光ある世界へと引き上げてくれた。 そこが何処だったのか、キャロは覚えていない。 だけどその日、その瞬間、その人が流した血と浮かべた微笑みの温かさは―――きっと一生忘れない。 キャロは今でもそう思っている。 「……あ、ほら。目を覚ましたみたいよ」 まどろみの中で、キャロは聞き慣れない声を聞いた。 妙に重い体を起こして辺りを見回せば、医務室の白い空間とベッドがある。そこで自分は寝ていたらしい。 枕元にはフリードリヒがいる。 ベッドの傍で微笑む白衣の女性が、医務官のシャマルであることをキャロは思い出した。 「あれ……? わたし、確か訓練してたはずじゃ……」 「それで、高町教導官との射撃回避訓練(シュートイベーション)が終わった途端に倒れたのよ」 混乱するキャロに簡潔に説明したのはティアナだった。 シャマルの傍にはティアナを含む仲間が三者三様の表情で自分の無事に安心していて、キャロは急に恥ずかしくなった。 ただ一人、ティアナだけが厳しい視線を向けている。 「過労と睡眠不足が原因だそうよ。体調管理はどうなってるの?」 「す、すみません……」 「まあまあ、ティア。訓練の最中じゃなかっただけマシじゃない」 「そ、そうですよ。大事にはならなかったんですし……」 「大事になってからじゃ遅いのよ!」 恐縮するキャロを見て、慌ててフォローに回るスバルとエリオだったが、こういった事に関してはティアナは厳しい。 それは相手を案ずる気持ちがあってこそのものなのだが、言い方が直球で、ワンクッション置けないのが欠点だった。 「高町教導官の代わりに叱っとくわ。 キャロ、あんたが怪我をして、負担を負うのは自分だけじゃないのよ。教えている教導官にも責任が来るの」 「はい……」 「訓練で無理をするのは当たり前だわ。だけど、自分の状態も分からずに無理をするのは無謀でしかないのよ」 「はい、すみません……」 ティアナの叱責に、力無く頭を垂れるキャロだったが、不思議と落ち込む心には喜びも湧いていた。 こうして、真正面から自分を叱ってくれる相手は新鮮だった。 保護者のフェイトは自分をよく気遣ってくれるが、叱り飛ばすようなことは滅多にしない。だからだろうか。 「ティアナさん、少し強く言いすぎです!」 「そうだよ! ツンデレもいい加減にしないとっ!」 「あんたたちは黙ってなさい。あと、スバルはもう永久に黙ってなさい!」 そして、自分を案じてくれるエリオとスバル。そんな四人の様子を笑顔で見守るシャマル。 この部隊に来て、初めて経験することばかりだ。 それが新鮮で、そしてとても暖かい。 自然と笑みを浮かべたキャロの顔を見上げ、フリードリヒが満足げに鳴いた。 「ティアナさん。皆も、ご迷惑をかけました。ごめんなさい」 それぞれの顔を見据え、深く頭を下げたキャロの決然とした態度に、騒いでいた声は静まっていた。 「……次から気をつけなさい。あと、この二人にはお礼言っておくのよ」 厳しい表情を和らげ、いつも通り素っ気無くティアナは言った。 「顔面から倒れそうになったのを咄嗟に支えたのがエリオ。ここまでおぶってきたのがスバルよ。それと、さっき仕事で出て行ったけど、ギリギリまで付き添ってたフェイト執務官」 「そして倒れたキャロを一番に心配して、急いで医務室に連れて行こうとしたんだけど、訓練で疲れ切ってたから背負った瞬間に倒れて頭を打ったのがティアだよ」 ニヤニヤと笑いながらスバルは付け加えた。 仏頂面が一瞬で沸騰する。赤面したティアナの額には、デカイ絆創膏が貼られていた。 奇声を発しながらスバルに殴りかかるティアナをエリオが慌てて止めて、さりげなく喧騒から離れたシャマルが笑って見守る。 よく見れば、三人ともまだトレーニングウェアのままだ。 疲れて汚れた体のままここに来て、そして自分が目覚めるまで待っていたらしい。 それを理解すると、キャロの胸に泣きそうなくらい切なくて暖かいものが生まれた気がした。 もう自分は心の底からは笑えないと思っていた。 そして、実際に今でもそう思う。だけど、喜びや嬉しさを感じないわけじゃない。 小さいな微笑みの奥に隠した感情の乱れを気遣うように見上げるフリードリヒの頭を撫でて、キャロは思う。 ―――ここに来てよかった。 フェイトとの出会いが最初の救いで、共に戦う仲間を得たことが希望だった。 呪われた自分に、それはこの上もなく上等なことだ。 <ここ>はとても居心地が良い。 だからこそ、この決断に間違いは無い。 戦おう。この呪われた力を使って、この大切な人達の敵と。この大切な人達が守りたいと願うものの敵と。 戦おう。傷つけることしか出来ないこの力を、ならば悪しき者達に向けて使うのだ。 戦おう。どれだけ自分の力の恐ろしさを理解しても、自分で自分の存在を消すことだけは出来なかったから。 だから、戦おう。 少しでも大切な人達の為に。 少しでも正しい事の為に。 戦って、戦って、戦って―――。 そして死にたい。 優しい喧騒の中でキャロはただ静かに、強くそう思った。 ミッドチルダ北部ベルカ自治領にある<聖王教会>の大聖堂。 町民の衣装や建築物に信仰する宗教の特色が色濃く出る文化の中心とも言える場所がここだった。 『騎士カリム、騎士はやてがいらっしゃいました』 「あら、早かったのね」 秘書の報告に、カリムは書類を処理する手を止めた。 ほどなく部屋のドアをノックする音が響き、執事に案内されたはやてが顔を出す。 「―――ほんなら、あのおっちゃんにはよくお礼しておいてください」 「かしこまりました」 はやてが何やら頼み、執事がそれに会釈する。 厳かな雰囲気の漂う聖堂にいると思えないはやての気安い態度に、カリムは苦笑した。 「何の話かしら?」 「いやぁ、ホンマはここに来るのにフェイトちゃんの車に乗せてもらうはずやったんやけど。教え子が倒れたから、しばらく付いてる言うてなぁ。足が無くて困ってたんや」 言葉とは裏腹に、笑いながらはやては頭を掻く。 「わざわざ車呼ぶのもなぁ、って思うてたら、ちょうど同じ行き先で長距離トラックの運ちゃんが乗せてってくれる言うて……」 「それで、ここまで乗せてもらったの? 制服ままで?」 「愉快なおっちゃんでな、婦警さんと思ってたみたいや。スルメご馳走になったわ」 わははっ、と笑うはやてのバイタリティ溢れる姿に、カリムは呆れ半分感心半分に笑うしかなかった。 格式を重んじる聖王教会の中枢へ向かうにあたって、スルメを齧ってきた人間はおそらく彼女が初めてだろう。 付き合いの長いカリムでなければ、その図太い態度に賞賛よりも反感を覚える。 しかし、カリムは理解していた。 これは八神はやての成長の証なのだ。 「……相変わらずね。初めて会った時よりも、ずっと良い顔をするようになったわ」 お互いに頻繁に顔を合わせられるような立場ではない。あってもまず地位が私情を抑える。 しかし、そんな貴重な再会の中で、カリムははやてが少しずつ変わっていくのを見ていた。 「8年前のアナタは、人懐っこそうに見えてどこか他人とは一歩退いていたから」 「偉くなると、いろいろな人付き合いに慣れてくるもんやからなぁ」 「そうじゃなくて……今のはやては、人との関わりを楽しんでるわ」 元々はやては愛想のいい娘だった。 しかし本当は、知らない人間に積極的に歩み寄れない事情を抱えていた。 はやて自身に罪は無い。 しかし、彼女が共に生きると決めた<リィンフォース>という存在の裏には、長い歴史で積み上げてきた闇があるのだ。祝福される前の、かつての名のように。 故に彼女の背負う過去は重い。 それは自分で選んだ生き方だったが、後悔はなくとも影は落とす。 初めて会った時、カリムはその影を見抜いていた。 「もう、懺悔は必要ないのね」 「死ぬまで償い続けても足りんやろう。私が背負うって決めた罪は、そんなに軽くはないからな」 そう言って笑うはやての表情には、しかし影は見えず。 「―――せやけど、どうせ生きるなら笑って生きたい。私自身の為に、私の幸せを願ってくれる人の為に」 生きる苦しみだけではなく、喜びも知る力強さが、今のはやてにはあった。 カリムは満足げに微笑む。 「願っているわ、私もね」 「ありがとう。ま、出会いは人を変えるっちゅうことやな」 「その出会いの話、いい加減話してもらえないかしら?」 「とっておきやからな。もうちょっと暖めておくわ」 さりげなくはぐらかしながら、はやてとカリムは今しばらく談笑を楽しんだ。 しかし、今回ここを訪れたのはプライベートではない。 「……それでカリム、話いうのは?」 「ええ。それじゃあ、奥の部屋へ」 導かれるままに向かう先で、はやては迫り来る事態を知ることになる。 しかし、遅すぎたことを彼女達は知らない。 暗躍は始まっていた。 時、既に―――。 「うわぁ」 「これが、ボク達の」 「新しいデバイス」 「……えーと」 自称<メカニックデザイナー>の整備主任であるシャリオに呼ばれ、四人はデバイス管理庫で自らの新生されたデバイスと対面していた。 全員が驚きと期待に眼を輝かせる中、ただ一人ティアナだけ何故かデバイスが見当たらず、テンションについていけない。 戸惑う一名を無視して、シャリオとリインはハイテンションに説明を続けた。 「皆が使うことになる4機は、六課の前線メンバーとメカニックスタッフが技術と経験の粋を集めて完成させた最新型!」 「いや、曹長。あたしのは……」 「部隊の目的にあわせて。そして四人の個性に合わせて作られた、文句なしに最高の機体です!」 「……」 なんだこれは、新手のいじめか? ティアナは真剣に悩み始めた。 理由が分からないでもない。 エリオとキャロのデバイスは元から基礎フレームと簡易機能しかなかったし、スバルのローラーブーツは今回の訓練でクラッシュした。 その中で一人、ティアナのアンカーガンだけは性能を100%発揮している。 それはティアナの扱いが丁寧というわけではなく、むしろ並外れた集束率の射撃魔法で酷使しまくっているのだが、その分メンテナンスは昔から丹念に行ってきたからだ。 スペアパーツも抜かりなく用意している。使い続ける分には問題ないだろう。 確かにオーダーメイドの新型デバイスは魅力的だが、戦場での実績のない武器は信頼性に欠ける。 それは、原始的な機構に起こる動作不良(ジャム)が存在しないデバイスを扱う魔導師には珍しい考え方だ。 単純にカタログスペックを信用できないのは、原始的な質量兵器が大好きな誰かさんの影響と言えた。 案外普段のデバイスのままの方がいいのかもしれない。 そんな風に一人で納得して、しかし何処となく『さみしいなー』というオーラを出しているティアナに、興奮していたスバルがようやく気付いた。 「あ、あのっ! ティアの新しいデバイスはないんですか!?」 「あるよ」 あっさり返ってきた返答に、ティアナは脱力すると同時にちょっぴり安心した。 よかった、仲間ハズレじゃなかった。 「それではティアナ様」 「……ティアナ『様』?」 何故か口調の変わったシャリオは、奥の倉庫から金属のハンドケースを持ち出してくる。 ロストロギアを収納するような防護ケースを胸元に抱え、意味深げな笑みを浮かべてシャリオはティアナの目の前まで歩み寄った。 妙に物々しい仕草に、ティアナ本人はもちろん他の三人も動揺を見せる。 「あの……」 「例の物、仕上がってございます」 周りの反応を無視して、シャリオは演技染みた言葉遣いを続ける。 この頃になると、ティアナは彼女のやりたいことを何となく察していた。 眼鏡を光らせてこちらを見るアイコンタクトと、宙を舞う小人の必死のジェスチャーの意味も理解する。 用意されたケースのデザインに、この口調。それは最近流行の映画のワンシーンとソックリだった。 一緒にその映画を見たスバルと、やはりミーハーらしいエリオも気付いて期待に目を輝かせる。キャロとフリードリヒだけが困惑顔だった。 ―――このノリに乗っかれということなのだろう。 ティアナは頭痛がしてきた。 訓練校でも似たようなことがあったが、ミッドチルダ出身にはこういう奴が多いのか? いずれにせよ、やらなければデバイスも渡してくれそうにないので、ティアナは深呼吸して意識を切り替えた。 「―――ほう、見せてくれ」 エラく様になる不敵な笑みを作りながら台詞を紡ぐティアナに、意を得たとばかりにニヤリと笑いかけてシャリオはケースを開く。 クッションにはめ込まれるように二挺の拳銃型デバイスが納められていた。 表面が傷だらけのアンカーガンとは違い、ワックスを二度掛けしたホワイトカラーの外装は鈍い輝きを放っている。 横たえられたデバイスの傍には、銃身と同じ形をしたカートリッジのマガジンも二つ収納されていた。 「対ガジェット戦闘用インテリジェントデバイス<クロスミラージュ> 形式番号XC-03。モードチェンジとカートリッジシステムを搭載。装弾数4発。今までの規格品ではなく、より高濃度の魔力を摘めた新型カートリッジ使用デバイスです」 シャリオの淡々と淀みない説明が流れる。 ティアナはケースからクロスミラージュの一挺を取り出すと、グリップの感触を確かめた。抜群のフィット感は悪くない。 「カートリッジの装填方法は?」 「銃身交換式」 「マガジンは?」 「専用の四連装カートリッジバレル」 「モードチェンジの種類は?」 「通常の<ガンズモード>を含めた3タイプ。近接格闘戦用の<ダガーモード>も用意してございます」 手馴れた仕草でデバイスを玩ぶティアナと、執事染みた仕草で説明するシャリオの二人のやりとりはおかしいくらい様になっていた。 スバル、エリオの興奮とキャロの困惑が高まる中、演技の中でも一通りのチェックを終えたティアナがシャリオに語りかける。 「パーフェクトだ、シャリオ」 台詞はアレだが、本心だった。 「感謝の極み」 胸に手を当てて一礼。最後まで凝っている。 ドッと疲れたようにティアナがため息を吐く中、妙に満足げなシャリオと拍手をする二人がウザかった。 とりあえずデバイスをケースに入れ直し、疑問に思ったことを口にする。 「なんで待機モードじゃないんですか?」 「ああ、待機モードはオミットしてあるから」 「はいぃ~っ!?」 さりげないとんでも発言に、ティアナは思わず声を上げた。 「あの、持ち運びに支障が出ると思うんですけど……」 「そうなんだけどねぇ、実はこれって部隊長の指示で」 「ああ……あの変な人ですか」 いい加減ツッコむのも疲れたせいか。仲間内ということもあって口が悪くなるティアナ。 「ごめんね、あれで真面目な時もあるんだよ」 肩を落とす彼女を気遣うように、なのはが言った。 「―――って、高町教導官っ!?」 「なのはさん、いつの間に?」 「さっき、ティアナとシャーリーが演技してた時。邪魔したら悪いと思って」 そう言って苦笑するなのはの傍らでは、ティアナの顔から音を立てて血の気が引いていた。 上司の前で更なる上司を変人発言。しかも、はやてとなのはが親友同士であるのは有名だ。 ティアナは土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。 「も、申し訳ありません! 上官侮辱罪でしたっ!」 「いや、いいよ。確かに変だし」 親友にまで断言されるはやて。でも自業自得。 悪意も躊躇いもない言葉にスバル達が冷や汗を流す中、なのはは手に持った紙袋から箱を取り出した。 「ちなみにコレ、更なる頭痛の種。部隊長から」 少しだけ引き攣った笑みを浮かべながら、なのはがティアナに箱を差し出す。 「私に、ですか?」 「デバイスの待機モードを外した理由らしいよ」 嫌な予感しかしない中、ティアナが箱を開ける。 市販物らしい包装と箱の中から出てきたものは、やはり市販の物。ただし高級品だった。 「専用の革張りガンホルダー……高そうですけど、特注品ですか?」 「私もよくは知らないけど、ポケットマネーらしいよ」 「これをぶら下げて歩けと?」 「うん……」 「……あの」 「言わないで。はやてちゃん、満足そうだったから」 「はい……」 奇妙な共感を得たティアナとなのはは、疲れたように笑って互いを労り合った。 素直に羨ましがる他の新人と、加えてミーハーなデバイスマイスターにマスターがはやてなユニゾンデバイス。 そんな喧騒を尻目に、なのはは残った紙袋の中身を全部取り出す。 「他の皆にもデバイス新生のお祝いだ、って。 ―――スバルにはプロテインと鉛入りリストバンド。キャロにはスパイク付きの首輪とチェーン。エリオにはのど飴一袋」 「もう完全にお歳暮ですね」 「プロテインって、わたしどういう風に見られてるんだろう?」 「フリードはペットじゃないんですけど……」 『キュル~』 「っていうか、何かボクのだけ投げやりじゃないですか!?」 内容が内容だけに、やはりあまり好評ではない様子だった。贔屓されているティアナも素直に喜べない。 微妙な空気が漂う中、ただただなのはだけが恐縮して肩身の狭い思いをしていた。 「……そ、そういえばティアナ!」 「何ですか、高町教導官?」 「そう、それ! わたしのことは<なのはさん>でいいよ、皆そう呼ぶし」 無理矢理話題を振るつもりで切り出したなのはだったが、ティアナの素っ気無さは筋金入りだった。 「―――いえ、公私は分けたいので」 「なるべくフレンドリーにいきたいんだけど……」 「自分のポリシーです。不快なら改めますが」 「そ、そこまではしなくていいよ。にゃはは……」 笑って誤魔化しながらも、なのははティアナへの苦手意識を否めない。 別段無愛想なわけでもなく、管理局では十分分別のある態度なのだが、これまで無条件で慕われてきたなのはには珍しいタイプの相手だった。 堅苦しい態度は管理局内にいれば慣れて当然だが、教導で関わる訓練生達は皆一様になのはに憧れ、くだけた対応をすればそれに喜んだ。 しかし、ティアナにはそれが通用しない。 なのはを尊敬していないわけではなく、むしろ敬意を持ち、尚且つ目指すべき目標としているのは分かる。 ただ、それが純粋な憧れではなく『いずれ越えてみせる』という向上心を持ったライバル心によるものなのだ。 同じ感情を、執務官であるフェイトにも抱いているようだった。ティアナの夢は、なのはも知っている。 しかし、そんなフェイト以上に自分がライバル視されていることを実感もしていた。 それは多分、自分が射撃戦特化の魔導師だからだ。 訓練を始めて二週間になるが、ティアナの射撃魔法への思い入れはとても強い。 その辺の事情について深く踏み込むほど、まだ付き合いは長くないと自重しているが―――なんとも、やりにくいものだと苦笑いが浮かぶのを止められない。 (なんか久しぶりだなぁ、こういう関係。昔のフェイトちゃんやヴィータちゃんみたい……) いつの間にか、自分が好意を持たれている状態からスタートする人間関係に慣れていたらしい。 ユーノが何かの本の一文をなぞって『憧れは、理解から最も遠い感情だ』と言っていたのを思い出す。 大人になって、形式的な付き合いも増え始めた中で、昔のようにぶつかり合って互いを理解し合う相手もいなくなったな、となのはは思った。 (今度……ティアナとお話する時間、作ってみようかな) ぼんやりとティアナの横顔を見ながら考えた事が、なのはには新鮮に感じるのだった。 ―――そして唐突に、アラートが鳴り響いた。 「このアラートって……っ!」 「一級警戒態勢!?」 「グリフィス君!」 スバルとエリオが驚愕する中、ベテランのなのはは一番落ち着いていた。 事件は突然訪れるのが当たり前だ。 素早く教会にいるはやてと補佐官のグリフィスに通信が繋がり、状況の説明が行われる。 レリックを運搬中だった山岳リニアレールがガジェットに乗っ取られたらしい。 移動するリニアレールの中に複数の敵勢力が確認され、増援の可能性もある―――機動六課の初出動には、厳しいレベルのミッションになりそうだった。 『隊長二人はいけるとして……ルーキーズ、いけるか?』 モニター越しにはやての鋭い視線がティアナ達四人を捉える。 虚勢を許さない厳しい瞳を、各々が迷いなく真っ直ぐに見据えた。 ―――しかし、ただ一人ティアナだけが異を唱える。 「待ってください! 高町教導官、キャロのことですが―――」 「いけます!」 過労と睡眠不足で倒れたことを指してティアナが告げるのを、キャロが慌てて遮った。 ティアナとなのはの二人は、当然のようにその自己申告を無視する。客観的な判断が必要なのだ。 「シャマル医務官の診断は?」 「疲労の蓄積は比較的薄いそうです。十分な睡眠を薦めて、訓練を休めとまでは言いませんでしたが……」 「多少の無理は利く、って程度かな?」 「だからいけます! 大丈夫です!」 もはや縋るようなキャロの声に、なのはは思案顔になった。微妙な判断だ。 キャロの身を案じるのなら待機させるべきだが、機動六課はお守りをする為の部隊ではない。 なのはは、モニター越しの総指揮官を見た。 『―――判断は、なのは隊長に一任するで』 そして、万が一の時の責任は自分が負う、とはやては言外に告げた。 次になのははティアナを見る。 ハラハラとやりとりを見守るスバルとエリオには悪いが、同じ仲間の中で一番冷静な判断が期待できる相手だ。 「どう思う、ティアナ?」 「……初の出撃で、不安要素は抱えたくありません」 ティアナは正直な思いを口にした。 見上げるキャロが落胆と悔しさに涙を浮かべる顔を一瞥して、更に告げる。 「ですが―――これまで築いてきた四人のチームワークを、私は何よりも信頼しています」 そう言って、明確な判断こそ口にしなかったが、答えはもう決まっているとばかりに不敵な笑みを浮かべるティアナを見て、キャロの顔が輝いた。 「本人もやる気は十分のようですし……」 「はいっ! やります! がんばります!!」 「普段からキャロには戦意が足りないと思っていました。しかし、少なくともその点はクリアしています」 自分の考えは以上です。そう言って口を閉ざすティアナと、他の三人の期待するような眼差しを受けて、なのはは苦笑した。 「ズルイ言い方だなぁ……。OK、それじゃあ、はやて部隊長―――新人四名は、全員いけます!」 「「はい!!」」 四人の声が一つになって響いた。 不安を煽るようなアラートが鳴り続ける中、はやては信頼に満ちた笑みを浮かべる。 『―――いいお返事や』 状況は不利だ。 しかし、どうやら状態は万全らしい。 産声を上げたばかりの新設部隊<機動六課> その記念すべき第一歩が踏み出されようとしている。 未だ未熟なその足は、やはり立つことも出来ずに地を這うしかないのか。 それとも、険しい道を駆け抜け、大空に羽ばたく為の歩みとなるのか。 もちろん、はやてが信じる方は決まっていた。 『ほんなら、機動六課フォワード部隊―――出動ッ!!』 記念すべき最初の命令を、はやては厳かに下した。 新たな力を携え、四人の新鋭ストライカー達が初の任務へと赴く―――。 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> ・シャドウ(DMC1に登場) 暗闇に囲まれた時、背後で何かの蠢く気配や近づいてくる足音を感じたことはないか? 残念だが、そいつは錯覚なんかじゃあない。闇を恐れる心が生んだ、最も原始的な悪魔の姿だ。 この生きてる影みたいな悪魔は、大昔から戦いの中で力と経験を蓄えてきた戦闘機械のような奴らだ。 本体のあるコアを実体のある影で包み、強力な呪文でくくって、俊敏な豹の姿をベースに自在に形態を変化させてくる。 更に過去の戦闘経験からか、原始的な武器はもちろん、悪魔でも似たようなことが出来る単純な魔法には反応して防御とカウンターを繰り出してきやがる。 こいつらの経験したことのない近代兵器でダメージを与えるのが定石だが、ミッドチルダでは銃は厳禁なんだろ? どのレベルの魔法が通じるのか分からないだけに、こいつはなかなか厳しい戦いになりそうだぜ。 前へ 目次へ 次へ
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コスチューム スーツ男女別物 男女兼用 DLC シェフ帽 ひげ タトゥーセット ヘアスタイル メイクアップ コスチューム スーツ 男女別物 男性用 パーツ 女性用 備考 パジャマスーツ ブライトウォール(販売) ナイトキャップ 頭 ナイトキャップ ナイトシャツ 上半身 ナイトシャツ パジャマズボン 下半身 ドロワーズ ベッドソックス 足 スリッパ 王子/王女のスーツ(正装) バウワーストン市場(販売) 頭 王女の帽子(正装) 王子のジャケット(正装) 上半身 王女のコルセット(正装) 王子のグローブ(正装) 手 王女のグローブ(正装) 王子のズボン(正装) 下半身 王女のスカート(正装) 王子のブーツ(正装) 足 王女のサンダル(正装) 王子/王女のスーツ(普段着) バウワーストン市場(販売) 王子のジャケット(普段着) 上半身 王女のブラウス(普段着) 王子のグローブ(普段着) 手 王女のグローブ(普段着) 王子のズボン(普段着) 下半身 王女のスカート(普段着) 王子のブーツ(普段着) 足 王女のブーツ(普段着) 山の民のスーツ 山の民のキャンプ(販売) 山の民のバンダナ 頭 山の民のバンダナ 山の民のコート 上半身 山の民のコート 山の民のグローブ 手 山の民のグローブ 山の民のズボン 下半身 山の民のズボン 山の民のブーツ 足 山の民のブーツ 追いはぎのスーツ ブライトウォール(販売) 追いはぎの帽子 頭 追いはぎの帽子 追いはぎのコート 上半身 追いはぎのコート 追いはぎのグローブ 手 追いはぎのグローブ 追いはぎのズボン 下半身 追いはぎのズボン 追いはぎのブーツ 足 追いはぎのブーツ 傭兵のスーツ ブライトウォール(販売) 傭兵の帽子 頭 傭兵の帽子 傭兵のジャケット 上半身 傭兵のジャケット 傭兵のグローブ 手 傭兵のグローブ 傭兵のズボン 下半身 傭兵のズボン 傭兵のブーツ 足 傭兵のブーツ 戦士のスーツ バウワーストン市場(販売) 戦士の帽子 頭 戦士の兜 戦士のコート 上半身 戦士のコート 戦士のグローブ 手 戦士のグローブ 戦士のズボン 下半身 戦士のズボン 戦士のブーツ 足 戦士のブーツ 魔術師のスーツ オーロラの街(販売) 魔術師の帽子 頭 魔術師の帽子 魔術師のコート 上半身 魔術師のコート 魔術師の小手 手 魔術師の小手 魔術師のズボン 下半身 魔術師のスカート 魔術師のブーツ 足 魔術師のブーツ 仮面舞踏会のスーツ クエストで入手(自分の性別の物)orバウワーストン市場(期間限定で販売) 仮面舞踏会の帽子 頭 仮面舞踏会の帽子 仮面舞踏会のマスク アクセサリー 仮面舞踏会のマスク 仮面舞踏会のコート 上半身 仮面舞踏会のコルセット 仮面舞踏会のグローブ 手 仮面舞踏会のグローブ 仮面舞踏会ズボン 下半身 仮面舞踏会のスカート 仮面舞踏会の靴 足 仮面舞踏会の靴 王/女王のスーツ クエストで入手(自分の性別の物)orバウワーストン市場(期間限定で販売) 王の冠 頭 女王の冠 王のジャケット 上半身 女王のジャケット 王のグローブ 手 女王のグローブ 王のズボン 下半身 女王のスカート 王のブーツ 足 女王のブーツ 男女兼用 パーツ 男女兼用 備考 ニワトリスーツ 初期ブライトウォール(販売) 頭 ニワトリスーツ(頭) 上半身 ニワトリスーツ(胴) 手 ニワトリグローブ 足 ニワトリスーツ(足) 兵士のスーツ 男性用女性用の表記が無いのでおそらく兼用嘆きの森デーモンの扉報酬 上半身 兵士のスーツ 手 兵士のローブ 下半身 兵士のズボン 足 兵士のブーツ シェフ帽 下記のシェフ帽の項目を参照 頭 シェフ帽 DLC 実績「コスチューム フリーク」対象外 男性用 パーツ 女性用 備考 オーロラのスーツ リミテッドエディション限定DLC実績対象外 オーロラの帽子 頭 オーロラの帽子 オーロラの胴着 上半身 オーロラのコルセット オーロラの小手 手 オーロラの小手 オーロラのズボン 下半身 オーロラのスカート オーロラのサンダル 足 オーロラのサンダル ハイランダーのスーツ 新品封入DLC実績対象外 ハイランダーのかぶり物 頭 ハイランダーのかぶり物 ハイランダーの上着 上半身 ハイランダーのコルセット ハイランダーの小手 手 ハイランダーの小手 ハイランダーのキルト 下半身 ハイランダーのキルト ハイランダーのブーツ 足 ハイランダーのブーツ 犬のスーツ(男女兼用) マーケットプレイスDLC(160MSP)実績対象外 犬のスーツ(頭) 頭 犬のスーツ(頭) 犬のスーツ(胴) 上半身 犬のスーツ(胴) 犬のスーツ(前足) 手 犬のスーツ(前足) 犬のスーツ(後足) 足 犬のスーツ(後足) セクシーなスーツ Traitor s Keep Quest Pack宝箱から回収下半身が男女で若干異なる セクシーなビスチェ 上半身 セクシーなグローブ 手 セクシーなストッキング 下半身 セクシーなブーツ 足 砂の怨霊のスーツ Traitor s Keep Quest Pack宝箱から回収 砂の怨霊のフード 頭 砂の怨霊の上着 上半身 砂の怨霊のグローブ 手 砂の怨霊のズボン 下半身 砂の怨霊のブーツ 足 囚人のスーツ Traitor s Keep Quest Pack宝箱から回収上半身が男女で若干異なる 囚人のバンダナ 頭 囚人の上着 上半身 囚人の手錠 手 囚人のズボン 下半身 囚人のブーツ 足 看守のスーツ Traitor s Keep Quest Pack宝箱から回収 看守の兜 頭 看守の上着 上半身 看守のグローブ 手 看守のズボン 下半身 看守のブーツ 足 シェフ帽 入手方法 宝箱、発掘 バウアーストーン城のコックと結婚し、ギフトとして貰う 即位後は結婚しなくても、何度も覗きに行けば、ギフトとして貰える ひげ 名称 入手方法 あごヒゲ(普通) あごヒゲ(結う) オーロラの街(販売) あごヒゲとくちヒゲ くちヒゲ(普通) 販売、宝箱など くちヒゲともみあげ ほおヒゲとあごヒゲ 傭兵のヒゲ クエストで入手 タトゥーセット 名称 入手方法 オーロラのタトゥー リミテッドエディション限定DLC 王家のタトゥー バウアーストーン市場(販売) ギルドのタトゥー 古代王国のタトゥー サイスのタトゥー 自然のタトゥー 嘆きの森(販売) ハイランダーのタトゥー 新品封入DLC 山の民のタトゥー 山の民のキャンプ(販売) 傭兵のタトゥー 販売、宝箱 ヘアスタイル 名称 入手方法 ウェービー ショート 販売 ショート カット(前髪あり) ショート ヘア(男) 初期(男英雄)販売 ショート ヘア(女) 初期(女英雄)販売 ショートポニー ボブカット 前剃りドレッド オーロラの街(販売) まとめ髪(お団子) まとめ髪(ショート) まとめ髪(ロング) モヒカン オーロラの街(販売) ロングヘア ロングヘア(もっさり) メイクアップ 名称 入手方法 異国のメイク オーロラの街(販売) インク汚れのメイク オーロラの街(販売) おてもやん風メイク 宝箱販売? 貴族のメイク バウアーストーン市場(販売) ゴシック風メイク 個性派メイク オーロラの街(販売) ジョーカーのメイク 販売 白塗りのメイク 販売 ダンサーのメイク ブライトウォール(販売) 道化のメイク 盗賊のメイク 傭兵のキャンプ(販売) 華やかなメイク 発掘宝箱、販売? 反逆者のメイク 傭兵のキャンプ(販売) 控えめなメイク 販売 魅惑のメイク 発掘宝箱、販売? 山の民のメイク 山の民のキャンプ(販売) 傭兵のメイク 傭兵のキャンプ(販売) 伝統のメイク バウワーストーン倉庫内宝箱
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第6話「決意、そしてお引越しなの」 「じゃあ、メビウスからは何も連絡は……」 「はい……ウルトラサインもテレパシーも、一切ありません。」 地球から遠く離れた宇宙に存在する、M78星雲。 その中にある、地球よりも遥かに巨大な星―――光の国は、ウルトラマン達が住まう星である。 そんなウルトラマン達の中でも、優れた戦闘能力と、そして優しさを持つ戦士達がいた。 彼等はウルトラ兄弟と呼ばれ、宇宙の平和を守る宇宙警備隊の一員として、日夜戦っている。 そのウルトラ兄弟達に、今、未曾有の事態が起きた。 ウルトラ一族にとっては最大の宿敵の一人といえる、最大の悪魔―――ヤプール人が復活を果たした。 ヤプール人とは、異次元に存在する邪悪そのもの。 自らを、暗黒から生まれた闇の化身と豪語する悪魔である。 ヤプール人はこれまで、幾度となくウルトラ一族へと戦いを挑んできた。 ウルトラ兄弟達は、その都度何度も撃退したが……ヤプールは、何度も復活を果たしてきた。 彼等はヒトの負の心を好んでマイナスエネルギーに変えてエネルギー源としているため、その存在を完全に消し去る事は不可能なのだ。 ヒトがこの世から完全に消え失せれば、もしかすると可能かもしれないのだが、そんな馬鹿な話はありえない。 一時は、封印という形で決着をつけられたかのように思えたが……その封印も、悪しき侵略者に破られてしまった。 結局ウルトラ兄弟達は、ヤプールが復活する毎に打ち倒すという手段を取るしかなかった。 そしてつい先日、彼等はヤプールが潜む異次元へと乗り込み、決戦に臨み、ヤプールに打ち勝つことができたのだが…… ここで、予想外の事態が起こった。 ヤプールを倒した影響により、異次元世界は崩壊を迎えようとしたのだが……ヤプールがここで、最後の悪足掻きを見せた。 ウルトラ兄弟の末弟―――ウルトラマンメビウスを、道連れにしていったのだ。 メビウスはヤプールと共に崩壊に巻き込まれ、そして行方不明となった。 兄弟達は、様々な手段を使ってメビウスの捜索に当たっていたのだが、メビウスの行方は全く分からないままであった。 もしもメビウスがまだ生きているとするならば、可能性は一つしかない。 「やはり、崩壊の影響でどこか別の次元に落ちてしまったのか……」 「しかし……そうだとしたら、どうやってメビウスを探せばいいんですか?」 「メビウスから何か連絡があれば、どうにかならなくもないんだが……」 メビウスは、どこか別の異世界にいる可能性が高い。 それがどこか分からないのが、問題ではあるが……それさえ分かれば、救出に向かうことはできる。 ウルトラ兄弟の中には、異なる次元・異なる世界への転移能力を持つものもいるからだ。 今現在、メビウスを救う為に、光の国の者達は一丸となって動いている。 ウルトラ兄弟の長男にして宇宙警備隊の隊長であるゾフィーは、空を仰ぎ遥か彼方―――地球を眺め、弟のことを思う。 「メビウス……一体、どこに……?」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「なのは、フェイト!!」 「ユーノくん、アルフさん……」 「二人とも、もう体は大丈夫なのかい? 大分酷いダメージだったけど……」 「うん、何とか。 私はしばらく、魔法は使えないみたいだけど……」 丁度その頃であった。 時空管理局の本局にて、なのは・フェイト・ユーノ・アルフの四人が久方ぶりの再会を果たしていた。 こうして直接顔を合わせるのは、彼等が出会う切欠となったPT事件以来である。 しかし、彼等の表情には喜び半分不安半分という所である。 その原因は、大きく分けて二つ。 一つ目は、言うまでもなくヴォルケンリッター達の存在にある。 そしてもう一つは、なのはとフェイトが受けたダメージの大きさにあった。 なのはは、自分でも攻撃を受けた時点で予想はしていたが……魔力の源であるリンカーコアが、異常なまでに縮小していた。 魔力を吸い取られてしまい、回復するまでの間、一時的に魔法を使えない状態にあったのだ。 フェイトも、なのは程ではないとはいえ、それなりのダメージを受けていた。 しかし何より……二人とも、自分のデバイスに大幅な破損を受けてしまっていたのが大きかった。 レイジングハートもバルディッシュも、再起不能な状況にまで追い込まれてしまっていたのだ。 自己修復作用だけでは間に合わないため、現在パーツの再交換作業の真っ只中にあった。 「レイジングハート……」 「ごめんね、バルディッシュ……私の力不足で……」 「……こういう言い方は何だが、これは二人のミスじゃないよ。」 「クロノ、エイミィ、リンディ提督……それに……」 「ミライさん……」 落ち込むなのは達へと、部屋に入ってきたクロノが声をかけた。 その傍らには、彼の相棒であるエイミィと、アースラ艦長のリンディ。 そして……ミライがいた。 クロノは、自分達が相手をしていた敵の魔法体系―――ベルカ式について、簡潔に説明を始めた。 今回なのは達が敗北したのは、彼女達の魔法体系―――ミッドチルダ式との相性の悪さが大きかった。 ベルカ式とはその昔、ミッド式と魔法勢力を二分した魔法体系。 遠距離や広範囲攻撃をある程度度外視して、対人戦闘に特化した術式である。 ミッドチルダ式と違い、一対一における戦いを念頭に置いてあるものなのだ。 そしてその最大の特徴は、デバイスに組み込まれたカートリッジシステムと呼ばれる武装。 なのは達もその目でしかと見た、ヴォルケンリッター達が使っていたシステム。 儀式で圧縮した魔力を込めた弾丸をデバイスに組み込んで、瞬間的に爆発的な破壊力を得る。 術者とデバイスに負担はかかるものの、かなりの戦闘能力を得られる代物である。 「随分、物騒な代物なんだね……」 「ああ……多くの時限世界に普及している魔術の殆どは、ミッド式だからね。 御蔭で、解析に少しばかり時間を取られてしまったよ……」 「そうだったんだ……」 ベルカ式に関しての説明が終わり、皆は少しばかり考えた。 自分達の使っている魔法が、魔法の全てではない。 これから先、自分達の前に立ちふさがるのは、まだ見ぬ未知なる強敵。 かつてのPT事件と同様か、それともそれ以上の戦いになるかもしれない。 誰もが息を呑むが……その直後であった。 皆が、ベルカ式よりも最も疑問に思わねばならぬ事に気づいた。 戦闘の最中、突如として謎の変身を遂げたミライ―――ウルトラマンメビウスについてである。 当然ながら、視線はミライに集中することになる。 ミライも、ここで隠し事をするつもりはなかった。 丁度いい具合にメンバーも揃っている……ミライは、全ての事情を話し始めた。 「リンディさん達には、先にある程度の説明はさせてもらったけど、改めて全部話すよ。 僕の事……ウルトラマンの事について。」 ミライは、隠していた事情も含めた全てを話した。 自分は宇宙警備隊の一人であり、そしてウルトラ兄弟の一人である、ウルトラマンメビウスである事。 異次元に潜む悪魔―――ヤプールとの戦いの末に、次元の狭間に呑まれた事。 そして気がついたら、アースラに救助されていた事。 自分の正体を明かせば、周囲の者達にも危険が及ぶと判断し、正体を隠していた事。 先に説明を受けていたリンディ・クロノ・エイミィの三人は、二度目となるため流石に驚いてはいなかった。 一方なのは達四人はというと、当然ながら驚き、そして呆然としている。 別世界の人間というだけならば、まだ分かるが……その正体が宇宙人ときては、少々許容の範囲外であった。 そして、ウルトラマンという存在についてにも驚かされた。 宇宙警備隊という、時空管理局に匹敵するほどの大組織の一員として、ミライ達は動いている。 彼は、その中でも特に秀でた戦士であるウルトラ兄弟の一人―――中には、メビウスよりも強いウルトラマンはいるという。 早い話……ミライがとんでもない大物であった事に、皆驚いているのだ。 「えっと……一つだけ、質問してもいいですか?」 「いいけど、何かな?」 「話を聞いてて、少しだけ不思議だったんですけど……ウルトラマンは、どうして地球を守るんですか? 守らなくてもいいとかそういう話じゃなくて、色んな星がある中で、どうして地球を選んだんだって……」 なのはには、ミライの話の中で一つだけ、腑に落ちない点があった。 ウルトラ兄弟達になる為には、地球防衛の任に就く必要があるという。 そうして多くの事を学び、ウルトラ兄弟になるに相応しいまでの成長を遂げるというのだが…… 何故、彼等が防衛する星が地球なのか。 話を聞く限りでは他にも多くの星はある筈なのに、何故態々地球を選んだのか。 そんな彼女の疑問を聞くと、ミライは少しばかり瞳を閉じた後、ゆっくりと口を開いた。 かつて、共に戦った大切な親友からも同じ質問をされた。 その時の事を思い出しながら……ミライは、なのはに答えた。 「僕達ウルトラマンも、元々はウルトラマンの力を持っていなかった。 皆と同じ……地球の人達と全く同じ、普通の人間だったんだ。」 「え……?」 「ある事故が切欠で、僕達はウルトラマンの力を手に入れた。 ……僕達は、地球の人達に自分達を重ねているんだ。 もう戻る事のできなくなった、あの頃の姿を……」 「だから、地球を……」 ウルトラマンが地球を守る理由。 それは、かつての自分達の姿を重ねているからであった。 更に、地球は多くの侵略者達から、特に狙われている星でもある。 だからウルトラマン達は、地球を守ろうと決めたのだ。 そうして人間達を守る戦いを続けていく内に、ウルトラマンとして何が大切なのかを知る事ができる。 それこそが、彼等の戦う理由であった。 だが、メビウスには……いや、これは全てのウルトラマンの思いだろう。 もっと重要な、戦う理由があった。 「それに……」 「それに?」 「僕達は、人間が好きですから。」 「……なるほど、ね。」 「勿論、人間だけじゃなくて……大切なもの全てを、守りたいと思っています。 困っている人がいるなら、その人を助けるためにウルトラマンの力はある。 僕はそう信じてます……だから、決めました。」 「え……決めたって?」 「ミライ君は、元の世界に戻る手立てがつくまでの間、私達に協力してくれるって言ってくれたんだ。」 ミライは、今回の事件に関して全面的に協力すると、リンディへと話を通していたのだ。 自分達を助けてくれた時空管理局の者達に、恩返しがしたいからと。 それに、もう一人のウルトラマン―――ダイナの事が気がかりであるからと。 前者だけでもミライにとっては十分な理由であり、加えて後者のそれもある。 ここで引き下がれというのが無理な話だ。 保護した民間人に戦闘をさせるというのは流石に気が引けたのか、最初のうちはリンディも遠慮していた。 しかし……ミライの積極的な申し出に、彼女も折れたのだ。 最も、局員ではないなのは、フェイト、ユーノ、アルフの四人が協力している時点で、今更な感はあるのだが…… メビウスの力は、確かに今後の戦いを考えると必要不可欠だろう。 闇の書側についているとされる謎のウルトラマンとの戦いには、最も彼が向いている。 なのはやフェイト達どころか、下手をすればアースラ最強の戦闘要員であるクロノさえも危ない程の強敵なのだから。 「さて……それじゃあ、フェイト。 そろそろ面接の時間だが……なのは、ミライさん。 二人も、僕に同行を願えないか?」 「……?」 「面接……うん、いいけど……」 なのはとミライの二人は、面接という言葉の意味がいまいちよく分かっていなかった。 聞く限りじゃフェイトの用事らしいのだが、それにどう自分達が関係するのだろうか。 不思議そうに、二人は顔を見合わせる。 そんな様子を見たクロノは、難しく考える必要はないと言い、部屋を出て行った。 三人は、彼の後についていく。 「エイミィ、面接って?」 「うん、フェイトちゃんの保護観察の事についてだよ。 保護観察官のグレアム提督と、まあちょっとしたお話。 なのはちゃんはフェイトちゃんの友人って事で呼ばれたんだと思うけど…… ミライ君は、まあ色々と大変な事情が重なってるからね。 多分、そこら辺の事に関してじゃないかな?」 「へぇ~……」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「クロノ、久しぶりだな。」 「ご無沙汰しています、グレアム提督。」 そしてその頃。 クロノの案内によって、時空管理局顧問官―――ギル=グレアム提督の部屋に三人はついていた。 三人は椅子に座り、グレアムの言葉を待つ。 何処となく緊張している様子の彼等を見て、グレアムは少しばかり苦笑した。 その後、本題に入るべく、手元の資料を見ながら三人へと話しかける。 「フェイト君、だったね。 保護観察官といっても、まあ形だけだよ。 大した事を話すわけじゃないから、安心していい。 リンディ提督から、先の事件や、君の人柄についても聞かされたしね……君は、とても優しい子だと。」 「……ありがとうございます。」 「さて、次は……んん? へぇ……なのは君は日本人なんだな。 懐かしいなぁ、日本の風景は……」 「……ふぇ?」 「はは……実はね、私は君と同じ世界の出身なんだ。 私はイギリス人だ。」 「ええ!!そうなんですか?!」 「あの世界の人間の殆どは、魔力を持たない。 けれど希にいるんだよ、君や私のように、高い魔力資質を持つ者が。」 まさか時空管理局に、自分と同じ世界の出身人物がいるとは、思ってもみなかった。 驚き思わずなのはは声を上げてしまう。 するとそんな様子を見たグレアムは、彼女が予想通りのリアクションをしてくれたのを見て、静かに微笑んだ。 その後、彼は己の身の上話を話し始めた。 「おやおや……魔法との出会い方まで、私とそっくりだ。 私は、助けたのは管理局の局員だったんだがね。 それを機に、こうして時空管理局の職務についたわけだが……もう、50年以上前の話だよ。」 「へぇ~……」 「フェイト君、君はなのは君の友達なんだね?」 「はい。」 「約束して欲しいことはひとつだけだ。 友達や自分を信頼してくれる人のことは、決して裏切ってはいけない。 それが出来るなら、私は君の行動について、何も制限しないことを約束するよ……できるかね?」 「はい、必ず……!!」 「うん……いい返事だ。」 フェイトの力強い返答を聞き、グレアムは安堵の笑みを浮かべた。 その瞳に、一切の迷いはない。 友達の為、大切な人の為に活動できる、強い意志が感じられる……この子はきっと大丈夫だ。 これで、片付けるべき最初の問題は片付けた。 残るは……来訪者、ウルトラマンについて。 「ミライ君だったね……君の話をリンディ提督達から聞かされた時は、本当に驚いたよ。 魔法の力も、君からしたら十分非常識ではあるのだろうが……今の私は、それと同じ気分だね。」 「確かに……僕も最初に皆さんの話を聞いた時は、少し驚きましたよ。」 「はは……君もクロノに呼んでもらったのは、君がいた世界に関してなんだ。 君がいた世界の捜索なんだが、実は私の担当になりそうなんでね。 事情とかは既に聞いているから、改めて君から聞く必要はないが……そういう訳で、挨拶をしておきたかったんだ。」 「そうだったんですか……グレアムさん、よろしくお願いします!!」 「こちらこそ、よろしくだよ。 それで、君の能力に関してなんだが……仲間の人達と連絡を取る手段はないのかな?」 「テレパシーは試してみたんですけど、通じませんでした。 一応、他にももう一つだけ方法があるにはあるのですが……それは、地球に着き次第試してみたいと思います。 ウルトラマンに変身した状態じゃないと、使える力じゃないですからね。」 「うん、分かった。 それと、もう一つ質問するが……気になる事があってね。 君が一戦交えた、あのもう一人のウルトラマンについてなんだが……分かる事は何かないかな? どんな些細な事でもいいから、教えて欲しいんだ。 捜索の鍵になるかもしれないからね。」 「はい……けど、残念な事にはなるんですけど……」 「残念な事……?」 「僕とあのウルトラマン……ダイナとは、初対面なんです。 だから、お互いの事は何も分からないんです。」 「初対面……? ミライさんも会ったことがないウルトラマンさんなの?」 「うん……」 ミライとて、全てのウルトラマンを把握しているわけではない。 実際問題、かつて地上に降り立ったハンターナイトツルギ―――ウルトラマンヒカリの事は知らないでいた。 それに、光の国以外にもウルトラマンは存在している。 獅子座L77星生まれであるウルトラマンレオとアストラがその筆頭である。 この二人のみならず、ジョーニアス、ゼアス……彼等の様な他星の者達も含めれば、数は相当なものになる。 いや、そもそも……それ以前にあのウルトラマンは、自分がいた世界のウルトラマンなのだろうか。 なのは達の世界にウルトラマンが存在していない以上、ダイナは必然的に別世界のウルトラマンということになる。 問題は、その別世界がはたして自分のいた世界と同じなのかどうかという事である。 異次元世界での戦いにおいて、次元の裂け目に落ちたのは自分とヤプールだけだった。 まさかダイナがヤプールな訳がないし、そもそもヤプールがあのダメージで生きているとは思えない。 そうなると……ダイナは、もしかしたら別の世界のウルトラマンなのかもしれない。 自分と同じで、何らかの方法でこの世界に来たウルトラマンなのかもしれないのだ。 これに関しては、本人から聞き出す以外……知る方法はないだろう。 「ただ、戦ってみて分かったんですが……ダイナからは、邪悪な意思は感じられなかったんです。」 「邪悪な意思が……?」 「僕は今までに二回、同じウルトラマン同士でのぶつかり合いを経験した事があります。 その内の一人は、憎しみに捕らわれた可哀想な人でしたが……あの人から感じたような、憎悪とかはないんです。 寧ろダイナは、レオ兄さんの様な……強い信念を持っているように感じられました。」 ミライが、ダイナとの戦いで感じた事。 それは、彼から邪気が感じられないという事実であった。 かつて彼は、ハンターナイトツルギとウルトラマンレオと、二人のウルトラマンと対峙した経験があった。 ツルギとのそれは、対決にまでは至らなかったものの、ミライにとっては忘れられない記憶であった。 目的の為ならば手段を選ばず、ただ復讐の為に力を振るうツルギから感じられたのは、圧倒的な憎悪だった。 ダイナからは、そんな憎悪の様な感情は一切感じられなかった。 寧ろ、ウルトラマンレオの持つ強い正義感に近いものが彼にはあったのだ。 レオがミライに戦いを挑んだのは、敵に破れたミライを鍛えなおす為であった。 強敵を打ち倒す為のヒントを、彼は戦いの中でミライへと授けたのである。 あの行動は、紛れもなく正義を貫く為のもの。 大切な故郷である地球を守り抜きたいという、強い想いによるものであった。 ダイナには、それがあった。 「そうか……クロノ、今回の事件に関しては……」 「はい、もう、お聞き及びかもしれませんが…… 先ほど、自分達がロストロギア闇の書の、捜索・捜査担当に決定しました。」 「分かった……ミライ君。 君はあのウルトラマンとは、この先間違いなく対峙することになる。 その時、君は彼を止められるかな?」 「……絶対とは言い切れません。 ですが、ダイナは話が通じない相手ではないような気がします。 だから何とかして彼の目的を聞き、それが悪いことでないのならば、僕は彼を助けたいと思います。 避けられる戦いは、避けたいですから。 でも、もしも彼に邪な目的があるなら、そうでなくとも彼が立ちはだかる道を選ぶなら……僕はダイナと戦います。 皆を守るために、ダイナを何としても止めてみせます。」 「そうか……いい目をしているね。 君ならば、きっと大丈夫だろう……分かった。 あのウルトラマンダイナに関しては、君が一番頼りになるだろう。 クロノ達と助け合って、最善の道を歩めるよう頑張ってくれ。」 「はい!!」 「私から、君達に話すことは以上だ。 ……クロノ、私の義理では無いかもしれんが、無理はするなよ。」 「大丈夫です……急事にこそ冷静さが最大の友。 提督の教えどおりです。」 「そうだな……」 「では、失礼します。」 四人はグレアムに一礼した後、退室していった。 理解のある人で、本当によかった。 ミライ達は、心からそう思っていた。 彼の心に答える為にもと、三人は精一杯の努力をする決意を固めるのだった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「はやてちゃん、お風呂の支度できましたよ。 ヴィータちゃんも、一緒に入っちゃいなさいね。」 「は~い。」 同時刻、海鳴市。 八神家では、何てことない平和な日常の光景が見られた。 風呂が沸いた為、はやてとヴィータ、シャマルが三人で風呂場へと向かう。 シグナムはソファーに座って新聞を読み、ザフィーラは横になって寛いでいる。 そしてアスカはというと、テレビでやってるクイズ番組に夢中になっていた。 『ヘキサゴン!!』 『主にオーストラリアに分布する、その葉がコアラの主食として知られるフトモモ科の植物は何でしょう?』 ピンポンッ!! 『はい、つるの押した。』 『よしきたぁっ……笹ッ!!』 ブーッ!! 『え、何でだよ!?』 『……あのなぁ、つるの!! それコアラじゃなくてパンダやんけ!!』 「やっべ……俺も同じ事考えちまってたよ。」 「おいおいおい……」 「はは……シグナムは、お風呂どうします?」 「私は今夜はいい……明日の朝にするよ。」 「へぇ、お風呂好きが珍しいじゃん……」 「たまにはそういう日もあるさ。」 「ほんなら、お先に~」 三人が風呂場へと入っていく。 その後、ザフィーラはシグナムへと振り返った。 彼女が何故風呂に入るのを拒んだのか、何となく理由が分かっていたからだ。 アスカも二人の様子を感じ取り、振り返る。 「今日の戦闘か?」 「聡いな……その通りだ。」 「もしかしてシグナムさん、どっか怪我を?」 シグナムは少しばかり衣服を捲り上げ、二人に下腹部を見せた。 その行動にアスカは一瞬顔を赤らめ、反対方向へと向いてしまう。 しかし、見たのが一瞬であったとはいえ、十分に確認する事は出来た。 彼女には確かに、黒い傷跡があったのだ。 それは、フェイトとの戦いによって着けられたものであった。 「お前の鎧を撃ち抜いたか……」 「澄んだ太刀筋だった……良い師に学んだのだろうな。 武器の差が無ければ、少々苦戦したかもしれん。」 「でも……きっと、大丈夫っすよ。 今日初めて戦ってるところは見たけど……シグナムさん、結構強そうに見えたし。」 「ふふ……それはありがたいな。 そういうお前こそ……互角の戦いぶりだったな。」 「はい……ウルトラマンメビウス。 あいつとは、また戦うことになるだろうけど……負けません。 次は、必ず……!!」 「ああ……我ら、ヴォルケンリッター。 騎士の誇りに賭けて……」 『おい……お前、アホやろ。』 「あ、つるの抜けた。 よかったぁ、ビリじゃなくて……何か俺、こいつに親近感感じるんだよなぁ。」 「……ビリとビリの一歩手前とじゃ、五十歩百歩じゃないか?」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「親子って……リンディさんとフェイトちゃんが?」 「そう、まだ本決まりじゃないんだけどね。 養子縁組の話をしてるんだって……プレシア事件でフェイトちゃん天涯孤独になっちゃったし。 艦長の方から、「うちの子になる?」って。 フェイトちゃんもプレシアのこととかいろいろあるし……今は気持ちの整理がつくのを待ってる状態だね。」 場所は時空管理局本局へと戻る。 なのははエイミィから、フェイトがリンディから養子縁組の話を受けたことを聞かされた。 この話は、とてもいいことだとなのはは感じていた。 無論、フェイトの気持ちの整理などもあるから、まだ先の話にはなるのだろうが…… 彼女達が親子となるならば、きっと上手くいくに違いないとなのはは思っていた。 そしてそれは、エイミィやクロノ達にとっても同様である。 (親子、か……) 二人の話を聞いていたミライは、昔の事を思い出していた。 自分も以前に一度、養子にして欲しいといってある人物を訪ねた経験があった。 相手は、今のこの姿―――ヒビノミライとしての姿のモデルとなった人物の、父親である。 彼はミライと暮らすことは出来ないと、その申し出を拒否した。 しかし……ミライが進むべき道を、はっきりと示してくれた。 彼の協力がなければ、今の自分はなかった……そう思うと、やはり感謝すべきだろう。 「さて……皆、揃っているわね。」 噂をすればなんとやら。 丁度、フェイトとリンディの二人が部屋へとやってきた。 それを合図に、騒がしかった室内が一気に静かになる。 今この部屋には、アースラクルーの者達が勢揃いしていた。 今回の事件に関しての説明が、これから行われるのである。 「さて、私たちアースラスタッフは今回、ロストロギア・闇の書の捜索、および魔導師襲撃事件の捜査を担当することになりました。 ただ、肝心のアースラがしばらく使えない都合上、事件発生地の近隣に臨時作戦本部を置くことになります。 分轄は観測スタッフのアレックスとランディ。」 「はい!!」 「ギャレットをリーダーとした、捜査スタッフ一同。」 「はい!!」 「司令部は私とクロノ執務官、エイミィ執務官補佐、フェイトさん、ミライさん、以上4組に別れて駐屯します。」 各々の役割分担について、リンディが説明し始めた。 地上におかれる司令部には、リンディ達五人が駐屯する事になる。 そして、その肝心の司令部の場所はというと…… 「ちなみに司令部は……なのはさんの保護をかねて、なのはさんのおうちのすぐ近所になりまーす♪」 「えっ……!!」 「……やったぁっ!!」 なのはとフェイトは顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべた。 その様子を見て、アースラクルー皆も笑顔を浮かべる。 今回の事件は、なのは達の世界が中心だからそこに司令部を置くのは当然のことではあるものの。 中々、リンディも粋な計らいをしてくれたものである。 早速引越しの準備ということで、皆が動き始めた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「うわぁ……すっごい近所だぁ!!」 「ほんと?」 「うん、ほらあそこ!!」 翌日。 なのは達は、司令部―――高町家から凄く近い位置にあるマンションにて、引越し作業の最中であった。 なのはとフェイトの二人はベランダから、外の風景を眺めている。 ミライはエイミィやクロノ達と一緒に、荷物の運び込みをしていた。 するとエイミィは、ある事に気付いた。 ユーノとアルフの姿が、人間ではない……動物形態へと変化していたのだ。 「へぇ~、ユーノ君とアルフはこっちではその姿か。」 「新形態、子犬フォーム!!」 「なのはやフェイトの友達の前では、こっちの姿でないと……」 ユーノはフォレットへと、アルフは子犬へとその姿を変えていた。 二人とも、正体を隠しておかなければならない事情があるために、動物形態を取っていたのである。 そこへとミライもやってきたわけだが……そんな二人の姿を、彼はじっと見つめていた。 「ミライさん、何か……?」 「いや……今凄く、二人に親近感が沸いちゃったから。 正体を隠す為に変身する……分かるよ、その気持ち。」 「あ~……そういえば、似たような身の上だったわよね、あたし達。」 「わぁ~!! ユーノ君、フェレットモードひさしぶり~!!」 「アルフも、ちっちゃい……」 「あはは……」 なのははユーノを、フェイトはアルフを抱きかかえた。 するとそんな時、クロノから二人の友達が来たと言われ、二人は玄関へと走っていった。 リンディも折角だからと、一緒についていく。 その後、なのは達はフェイトの歓迎会の為に、リンディは挨拶の為に、翠屋へと向かっていった。 「早速仲良しですね、フェイトちゃん達。」 「前々から、ビデオメールとかはやってたからね。 初対面って言うのとはちょっと違うし……あれ?」 「エイミィさん、どうしたんですか?」 「あはは……艦長ったら、忘れ物しちゃってるよ。 これ、フェイトちゃん達に見せてあげなきゃ……ミライ君、折角だし届けてもらっていいかな?」 「はい、いいですけど……これって?」 「フェイトちゃんにとっての、最高のプレゼントだよ。」 ミライはエイミィからある小包を受け取った。 その中身が何なのか、それを聞くとミライも笑みを浮かべた。 きっとフェイトは、喜んでくれるに違いないだろう。 駆け足で、ミライはフェイト達を追いかけていった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「ユーノ君、久しぶり~♪」 「キュ~」 「う~ん……あんたのこと、どっかで見た覚えがあるような……」 「ク~……」 「にゃはは♪」 翠屋の前のオープン席で、なのはとフェイト達は、友人のアリサ=バニングスと月村すずかの二人と過ごしていた。 ユーノとアルフも混じって、楽しげに四人は会話をしていた。 すると、そんな最中だった。 なのはは、小包を持ってこちらに近づいてくる人物―――ミライの存在に気付いた。 「あれ……ミライさん?」 「あ、いたいた。 フェイトちゃん、これリンディさんからの贈り物だよ。」 「え、私に……?」 「なのは、この人は?」 「初めまして、僕はヒビノミライって言うんだ。 お仕事の都合で、しばらくの間フェイトちゃんの家でお世話になってるんだ。」 「へぇ、そうなんですか……」 「ミライさん、これって?」 「開けてごらん。」 ミライに促され、フェイトは小包を開けた。 すると、その中にあったのは、最高のプレゼントであった。 なのは達三人が通っている、聖祥小学校の制服であった。 これが意味する事は、一つしかない……彼女達は、たまらず声を上げた。 その後、フェイトは店内でなのはの両親へと挨拶をしているリンディの元へと走っていった。 なのは達三人も、その後に続く……その後姿を、ミライはしっかりと見守っていた。 (……世界が違っても、やっぱり同じだ。 僕は、あんな笑顔を守りたい……兄さん達には少し悪いけど。 問題が片付いて、元の世界に戻れるようになるまで……精一杯、頑張ろう。 皆と一緒に……!!) 戻る 目次へ 次へ
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目が覚めると、そこは見知らぬ世界だった。 魔法少女リリカル☆なのは~NEXUS~ 第一話 『悪魔』 闇の書事件。ロストロギア、『闇の書(夜天の魔導書)』を巡る事件から一年が経とうとしていた。事件の中心人物だった 少女、八神はやては今では自力で歩けるまでに回復し(もっとも、まだ激しい運動はタブーだが)、家族である魔導 書の騎士達も、管理局の保護観察を受けながらも彼女と平和な日々を送っていた。 そんなある日の夜。 「今日はすき焼きやぁ。ヴィーダもお腹すかしてるやろなぁ」 「そうですね。あ、そうだ。帰りに皆のアイスを買っていきましょう」 「ええなぁそれ」 はやてと彼女の守護騎士の一人であるシャマルはゆっくりと鳴海市内を歩いていた。シャマルもまだあまり速く歩け ないはやてに合わせて気持ちゆったり歩いている。荷物は二人で半分ずつ。全部持つと言うシャマルをはやてが説得 して、半分ずつにするのは何時ものことだった。 ふと、はやては空を見上げた。頬に当たった冷たい感触。雪だ。またふわふわと降りてくる。 「……雪やなぁ」 「……そうですね」 二人はしんしんと降る柔らかな雪をしばらく見つめ続けた。彼女達にとって、雪とは特別な意味を持つものだから。 「(リィンフォース……今どこにおるんやろなぁ)」 一年前に旅立っていった一人の家族のことを思い、はやては少しだけ微笑んだ。 刹那、夜空を白い光が掠めた。 「あれ?流れ星?」 はやてが言った。シャマルもつられてそれを追う。だがその光が輝いたのは一瞬。もう見えるはずも無かった。 「願いこと、しましたか?」 「そんな余裕、あらへんよ」 「ほないこか」はやてとシャマルは手を繋いでその場を後にした。 「(今の光、本当に流れ星やったやろか……)」 心中、はやては首を捻っていた。今の光は魔導師が飛行する時に残す魔力の残光にも見えたからだ。 闇の書事件から一年が過ぎようとしていた十二月一日。一人の青年が漂着しているのが発見されて市の病院に運ばれ、 その明朝に行方を眩ましてから一週間後のことだった。 砂漠に覆われた世界。かつて、フェイト・テスタロッサ(現フェイト・T・ハラウオン)とはやての守護騎士、シグナムが 激突したこの地で今、管理局の精鋭達は己らの知る存在を遥かに超えたモノと交戦していた。それは静かに、しかし 確実に彼らに死を運ぼうとしている。 「く、くそぉっ!」 彼らとて管理局の精鋭。その強い自負があった。故に彼らはここで判断を誤る。 逃げておけばよかったのだ。形振り構わずに。この中の誰一人として、それに敵うはずがなかった。 「消えろぉっ!」 一人の魔導師が破れかぶれに魔道杖を振るった。他の魔導師もそれを見て、何とか自分を奮い立たせて『ソレ』に 立ち向かった。同時に繰り出される砲撃魔法。青の光の爆発が『ソレ』を吹き飛ばした。 「なっ!?」 かに見えた。あれだけの砲撃を受けたというのに、『ソレ』は確かに自分の足で立っていたのだ。 「こんな……馬鹿なことが……」 恐怖を一気に通り越させられて、絶望の底辺。その巨体が、彼ら管理局魔導師の自信と意地、全てを砕いて捨てた。 それは確かに人の形をしていた。しかし人ではない。 まず大きさが違う。それはまるで大型の傀儡兵のよう。 そしてそれは仮面を被っているようだった。人でいう口の部分の輪郭が、まるで笑っているようで。しかしその 微笑みは優しげでない。この世全てを哂うような皮肉げな微笑。頭頂部からは角のように突起が生え出ていた。 胸には黒い水晶体。 全身を覆う黒と赤の斑なツートン。それはかつて、ある世界でこう呼ばれていた。 悪魔―『ダーク・メフィスト』と。 『下らん、これがお前達、魔導師とやらの力か』 地の底から響いてくるような低い声。戦う意志をすっかり失っていた局員達をさらに追い詰める。彼らに許されることは ただ震えることだけである。 『まあ良い。最初からお前達には期待などしていない。人間の身で、私に対抗し得るはずがないのだから』 ダーク・メフィストは腕を胸の前で交差させた。その両腕に集う紫紺の妖光。炸裂音を発しながら増してゆくその光を前に しても、優秀なはずの管理局員達は身動き一つ取れなかった。あまりにも大きな力の壁を前にして、心と身体が麻痺してし まっていた。やはり彼らに残された道はただ死を待つことのみ……― 『諦めるな』 世界に、希望の光が射した。 ここが何処なのか、分からない。自分に残されたこの力が何を意味するのか分からない。あの時、確かに感じた はずだ。自分からあの溢れる力が抜けていくのを。だというのに今、身体を満たしているのは失ったはずの光の力。 一体何故?何の為に?この力はあるというのだろう。それはまだ分からない。それでも……。 「この力が有る限り、俺は退かない」 姫矢准は、再びエボルトラスターを天に振り上げた。贖罪の戦いはもう終わったのかもしれない。それでもまだ 宿命が告げていた。戦い続けろと。砂塵舞う地に降り立ち、立ち上がる銀(しろがね)の巨人。眼前に立ち塞がるの はかつての強敵。それに向かって彼の戦士は立ち向かう。 ウルトラマンネクサス・アンファンス、降臨。 ED『英雄』 次回予告 傷付き、倒れるウルトラマン。 『所詮は光の残り滓。お前にはやはり、輝く力は残されていなかったということだ』 再び闇を彷徨う姫矢。 「堕ちて来いよ姫矢。闇は、悪くないぜ」 「俺はお前とは違う!」 そして管理局も強大な敵の対応に追われることとなる。 『黒い巨人、鳴海市上空に出現!』 「なのはさん!フェイトさん!急いで!」 三人の魔法少女VS闇の巨人。 『人の身で、私と戦おうというのか』 次回、魔法少女リリカル☆なのは~NEXUS~ 第二話『暗黒』 「スターライトぉ!」 「プラズマザンバーぁ!」 「ラグナロクっ!」 『ブレイカー!!!』 前へ 目次へ 次へ
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『問題の貨物車両、速度70を維持!』 『ガジェット反応!? 空から……!』 『航空型、現地観測体を捕捉! 進路は目標、リニアレールです!』 司令部からの情報が矢継ぎ早に伝えられる。 サーチャーが捉えた情報は、想定通り敵の増援を知らせるものだった。 数も多い。フェイトとなのは、空戦能力を持つ隊長陣がそれらの対処に割かれる形となってしまった。 「じゃ、ちょっと出てくるけど……」 輸送ヘリの後部ハッチが開き、広がる遠い地上と激しい風がカーゴに渦巻く中、なのははまるでちょっと散歩に出て行くようなリラックスした口調でルーキー達に言った。 初の実戦に緊張を隠せないスバルやエリオ、キャロを意識した笑みを浮かべたが、その傍らで普段通りの視線を向けるティアナの様子に苦笑へと変わる。 何かを確認するように小さく頷き、その意図を受け止めるようにティアナもまた頷くと、なのはの最後の不安は消え去った。 「皆も頑張って。ズバッっとやっつけちゃおう?」 「「はい!」」 頼もしい四つの返事が一つになった。 なのははキャロを一瞥する。 「―――エリオは、キャロのフォローお願いね。無理だと感じたら、すぐに二人で後方へ退いて」 「あ、はい」 「大丈夫です!」 気遣うようななのはとエリオの視線を振り切るように、キャロの少々気負った声が響いた。 戦意が漲っているのはいいことだが、気持ちが先行すると引き際を誤る。なのははそれを実感で熟知していた。 「うん、緊張で落ち込んでるよりはいい返事だよ。でも、現場での指示は厳守。リーダーの判断には絶対に従ってね」 「……はい、分かりました」 「ティアナ、現場でのリーダーは任せるよ。エリオは判断に迷ったら、ティアナの指示を仰いで」 「はい!」 「了解」 なのははこれまでの訓練から、ティアナの冷静な状況判断能力を買っていた。他の三人もそれに全く異論はない。 重大な責任を与えられたティアナはやはり普段通りの淡々とした口調で、しかし期待に応えるように強い意志を宿した言葉をなのはに返した。 最後になのはは四人の顔を一度だけ見回し、緊張と覇気に満ちた表情にこれ以上掛ける言葉は必要ないと悟ると、満足げな笑みを浮かべて降下口へ足を掛けた。 「―――高町隊長」 「うん?」 任務中の呼び名にも相変わらず壁を感じるティアナの声に、なのはは肩越しに振り返る。 「幸運を」 「ありがとう。皆にも」 航空部隊での礼節的な言葉だったが、そこに込められたティアナの偽りのない想いを感じ取り、なのはは喜びと奇妙なこそばゆさを感じながら敬礼を返した。 そして、高町なのはは大空へと飛び出す。 耳音で唸る風の音に、地面から解き放たれた三次元の自由と不安を全身で感じながら、自らの相棒に告げた。 「<レイジングハート>! セット、アップ―――!!」 光が瞬く。 四人の雛鳥が未だ憧れて見上げるだけの領域へ、エースは飛翔した。 魔法少女リリカルなのはStylish 第九話『Rodeo Train』 「任務は二つ」 緊急出動の為、現場へ向かう航路の最中でリインはティアナ達に任務概要を説明していく。 普段はマスコットよろしく愛らしい雰囲気を醸し出すリインも、今は仕事の顔だった。 「ガジェットを逃走させずに全機破壊する事。そして、レリックを安全に確保する事。 ですから、<スターズ分隊>と<ライトニング分隊> 二人ずつのコンビでガジェットを破壊しながら、車両前後から中央に向かうです」 表示されたモニターの図解によれば、レリックは車両の丁度真ん中に位置する七両目に保管されているとのことだった。 複雑な地形や場所での戦闘ではないが、車両の外部も内部も合わせて限定空間となっている為、万が一の場合でも敵からの退避は難しい。 戦力同士の純粋な正面対決と言えた。 「わたしも現場に降りて、管制を担当するです。ただし、戦闘指示に関してはティアナに一任するですよ。何か質問は?」 現状把握と実戦での緊張を抑えるのに一杯一杯な三人と比べて随分冷静なティアナが早速口を開いた。 「リニアレールの停止は可能ですか?」 「遠隔操作では何度もやってみましたが受け付けません。完全にコントロールを奪われてます」 「なら、直接操作した場合は?」 「可能性はあります。わたしが担当しましょう、コントロールの中枢は左右の末端車両です」 「了解。では、リイン曹長はスターズ分隊への同行をお願いします。降下と同時に、まずは車両の制御奪取を」 「了解です!」 そして、矢継ぎ早に交わされる会話に、なんとかついていった残りの三人へティアナが視線を移す。 「というわけで、あたしとスバルのスターズ分隊はまずコントロールの奪還に回るわ。エリオとキャロのライトニング分隊はそのままレリック奪還とガジェット殲滅に集中して」 「了解っ!」 「了解!」 「了解しました!」 それぞれの特色を持つ返答が響く。実戦という何もかもが初めての状況で、そのやりとりだけは淀みなく行われた。 それは訓練で何度も繰り返した流れだからだ。 そうだ、全ては訓練通り。恐れることはない。ここには未知のものばかりではなく、築き上げたチームワークや頼れる仲間達が、いつものように存在するのだから。 四人の心に、共通して繋がる何かが蘇る。 そしてそれは、驚くほど緊張や不安を心から消し去ってくれた。 『隊長さん達が空を抑えてくれているおかげで、安全無事に降下ポイントに到着だ―――準備はいいか!?』 パイロットのヴァイスが作戦発動の秒読みを告げる。 まず最初に降下するティアナとスバルがカーゴハッチに身を乗り出した。 「……やっぱり、ティアはそっちのデバイスを使うの?」 自らの首に掛けられた待機モードのマッハキャリバーとは違い、普段通りのアンカーガンを両手に携えたティアナを見てスバルは不満そうな表情を浮かべる。 見慣れた銃身の下部には、バリアジャケットを構成する為の急ごしらえのオプションがレーザーサイトのように取り付けられていた。 「ぶっつけ本番って好きじゃないのよね」 「折角の新型なのに……使ってみたいと思わない?」 「好みより実効制圧力の方が重要だわ。別に信用してないわけじゃないけど、こっちなら安定性は確かだしね」 窮地での大胆さは兄貴分譲りだが、平常時での判断には地の性格が大きく出ていた。元々ティアナは理詰めの人間なのだ。 本音としてはティアナの新デバイス自体に興味のあるスバルが渋々納得する中、ティアナは使い慣れたアンカーガンを一瞥して小さく呟く。 「それに、ずっとコイツと一緒に戦ってきたんだしね。あっさりと乗り換えなんて出来ないわよ……」 理屈以外の想いが篭ったその言葉は、風にかき消されて誰にも届かなかった。 もちろん、聞こえたら困る。 淡白な態度とは裏腹な想い入れの強さを知られたら、またスバルがからかったり喜んだりするに決まっているのだ。 ティアナは思考を戦闘モードに切り替え、スバルに視線を向け直した。 「ところで、あんたこそソレ持ってく気なの? 使わないって言ってるでしょ」 「うーん、でもひょっとしたら使うかもしれないじゃない?」 スバルはクロスミラージュの収納された防護ケースを背負っていた。 ベルトでしっかりと固定され、重さも大きさも行動の邪魔になるほどではないが、既にアンカーガンがある以上使う可能性はほとんどない。 「それに初の実戦なんだしさ。こっちの方が性能がいいのは確かなんだし、頑張ってくれたシャリオさんにも悪いし」 「……好きにすれば?」 「うん! 必要になったら言ってね」 スバルの言い分に、ティアナは素っ気無く返した。 感情論や好みだけでなく、それなりに理屈の通った弁が立つからこの娘はやり辛い。内心で苦笑が浮かぶ。 そして、わずかな緊張感以外普段通りの二人のやりとりが続く中、ヘリはついに走るリニアレールの先端へ降下するのに最適の位置へと到達した。 互いに意識せず同時に、ティアナとスバルは会話を中止して眼下を睨み据える。 自分達の、初めての戦場が見えた。 「スターズ3、スバル=ナカジマ!」 「スターズ4、ティアナ=ランスター!」 一瞬だけ、二人の視線が交差する。そして。 「「行きます!」」 言葉と意思が同調し、スターズ分隊は大空へと飛び出した。 空中で二人分のバリアジャケットが展開される発光が瞬く中、ヘリは更に反対側の先端車両へと移動していく。 エリオとキャロ。 戦場へ降り立つにはあまりに小さな体が、風の唸るハッチの前へと乗り出された。 「……あの、ルシエさん」 眼下の戦場を眺め、エリオは傍らの少女が緊張しているであろう様子を伺った。自分と同じように。 それは不安を共に支え合いたいという弱気と、同時に少し無理をしすぎな感のある少女を支えたいという気持ちもあった。 しかし、エリオは反応を示さずに眼下を見下ろし続けるキャロの横顔に愕然とすることとなる。 「一緒に降り……」 「ライトニング4、キャロ・ル・ルシエとフリードリヒ」 囁くような言葉がエリオの気遣いを断ち切った。 恐れを何処かへ置き忘れてしまったような顔で、キャロが無造作に自らの体を宙に投げ出す。 「―――行きます」 そう言って空中へと消えていく少女の横顔に一瞬だけ見えたものを、エリオは現実なのか錯覚なのかしばらく悩む事になる。 エリオは飛び出したキャロの手を咄嗟に掴みそうになった。 降下の為の行動の筈なのに、キャロのそれがまるで屋上から身を投げ出す自殺者に等しい雰囲気を纏っていたからだった。 飛び出す一瞬、キャロは―――小さく笑ってはいなかったか? そのまま落ちて死ねば何かから解放される、と。戯れに夢想するような一瞬の表情を。 「……っ、ライトニング3! エリオ=モンディアル、行きます!!」 エリオは自分でも分からない焦燥に押されて、すぐさま降下に続いた。 ほんの少し先を落ちてくキャロの背中を見るのが不安で仕方ない。 彼女は、ひょっとしてこのまま着地の準備もせずに落ち続けるつもりなのではないか? という疑念すら湧いていた。 その不安を否定するように、エリオの横を小さな影が掠めて行く。 主の唐突な行動に、一瞬遅れて続いたフリードだった。 幼い竜は一瞬だけエリオと視線を絡ませると、翼をたたんで落下速度を上げてキャロの傍らに追いついた。 一瞬だけの視線の交差。 その中で、エリオは自分の中の不安を嘲笑われたような気がした。 ―――お前に心配されるまでもなく、そんなことを自分がさせるはずないだろう? と。 それを錯覚だと思う前に、並んだフリードを一瞥してからキャロが行動を起こした。 「<ケリュケイオン>、セットアップ」 空中でバリアジャケットが構成される光が瞬き、キャロの身を包み込む。 これで自分の根拠のない不安はなくなった。そう安堵すると同時に、エリオは僅かな悔しさを感じる。 一連の流れが、自分とキャロ、フリードとキャロとの関係の差を表しているような気がした。 モヤモヤとした気持ちを抱えながら、自らもバリアジャケットを纏う。 キャロが車両の屋根に降り立ち、遅れてエリオが足を着いた。 「―――さあ、行きましょう?」 肩越しに振り返ったキャロの表情は、既に戦いを前にした引き締まったものへと変わっている。 飛び出した時の一瞬が、本当に錯覚だったように感じる顔だ。 「う、うん」 エリオは戸惑いながらも頷いた。 どちらが彼女の本当の顔なのだろうか? だが、いずれにせよ彼女は自分に本当の表情を見せてはくれない―――その確信が、エリオには酷く悔しかった。 そのリニアレールは物資運搬用の車両の為、内部は広く、人を乗せる余分な設備がない。 内部には複数のガジェットが警戒態勢で待ち構えていた。 それらに広域をスキャンするレーダーは搭載されていないが、車両に取り付く者があればすぐに迎え撃つようプログラムされている。 四人のストライカーが車両に降り立てば、ガジェットは迅速に行動を開始するだろう。 その警戒態勢の最中へ―――。 「どっせいぃぃっ!!」 車両への着地の過程を省き、屋根をぶち抜いてスバルが突っ込んだ。 唸りを上げるリボルバーナックルで車両を貫き、新生バリアジャケットに身を包んだスバルがその内部へと降り立つ。 ほとんど奇襲に近い敵の潜入に、無機質なCPUの判断にも僅かなタイムラグが生まれる。それは人で言うところの<動揺>に等しかった。 その僅かな間隙を、スバルの背後へ同時に降り立ったティアナが見逃す筈はない。 「ティア!」 「見えてるわよ!」 既にカートリッジをロードし、オレンジ色の電光を纏った両腕がスバルの肩から砲台のようにヌッと突き出される。 「真ん中だけ残す!」 「了解っ!!」 僅かなやりとりで十二分な意思の疎通を行い、二人は同時に攻撃を開始した。 雷鳴のような銃声が響き渡り、アンカーガンから吐き出された高密度の魔力弾がそれぞれの照準の先のガジェットへと殺到する。 弾丸はAMFを貫いて機体の奥深くに潜り込み、内部を破壊し尽くした。 二体のガジェットが爆発を起こす中、ローラーブーツに代わる機動デバイス<マッハキャリバー>の加速に乗ってスバルが突進する。 「うぉりゃああああっ!!」 ローラーブーツを上回る初速で、一瞬にしてインファイトの間合いまで攻め込むと、リボルバーナックルの一撃が抵抗する暇もなくガジェットの機能を奪い去った。 潜り込んだ右腕をそのままに、内部の部品やコードを鷲掴みにして機体を固定し、ガジェット一体をぶら下げたままスバルは車両内を滑走する。 最後に残った一体が放つ熱線を、掴んだガジェットを盾にして防ぎ、急接近しながらナックルに魔力を集中させた。 「リボルバー……ッ!」 マッハキャリバーが主の意思のまま、スバルを疾風へと変える。 至近距離まで接近して、掬い上げるように右腕を叩き付けると、二体のガジェットが密着したその状態で魔法を解き放った。 「シュート!!」 アッパーの軌道で放たれた衝撃波が二体のガジェットを貫き、更に屋根まで吹き飛ばして車両に大穴を空けた。 スバルとティアナが乗り込んだ二両目の敵勢力は、これで全滅したことになる。 しかし、狭い空間で放たれた高威力の魔法は、敵を破壊するだけに留まらなかった。 「うわわっ!?」 「バカ、スバル!」 爆風に加え、予想以上の加速に乗っていて十分な制動の掛けられなかったスバルの体は、そのまま吹き飛ばした屋根から外へと投げ出された。 高速で走るリニアレールの外、空高く舞い上がる。 不安定な姿勢で移動する足場に再び着地出来るか、保証はない。 ティアナが舌打ちし、スバルが顔から血の気を引かせる中、誰よりも早く正確にソイツは動いた。 《Wing Road》 マッハキャリバーがオートで発動させたウイングロードが落下の軌道上に生成され、その上で自らローラーを回転させ、重心をコントロールする。 慌ててバランスを取ったスバル自身の行動もあり、九死に一生を得る形となった。 『スバル、無事!?』 「なんとか……! マッハキャリバーが助けてくれたおかげだよ」 《Is it safe?》 「うん、もう平気!」 スバルの安否を確認したティアナが安堵と脱力のため息を吐く。 正直、肝を冷やした。 性能が良いことは必ずしも利になることばかりではない。感覚と実際のズレは時にミスを呼ぶ。これだからぶっつけ本番は苦手なのだ。 ―――とはいえ、自己判断で持ち主を助けるAIの高性能さに感心と興味を抱いたのも事実だった。 「新型、ね……」 アンカーガンに新しいカートリッジを装填しながら、何とはなしに呟く。 訓練の成果か、ガジェットのAMFに対してカートリッジ一つ分の魔力で一体を破壊できる割合にはなった。現状の戦力としては十分だろう。 しかし、先ほどのマッハキャリバーの活躍を見て、どうしても考えてしまう。 自分にも用意された新型デバイス。あれを使えば、戦力は更に増すのではないのか、と。 意地張らずに新しいの使えばよかったかな? いやいや、これは意地なんかじゃないぞ。カタログスペックと実績、プロならどっちを選ぶか言うまでもないだろう。 ティアナは迷いを吹っ切るように、自分に言い聞かせた。 「……でも、コイツ喋らないしなぁ」 冷静を装いながらも、つい本音が出るティアナだった。 思い入れが強いからこそ擬人的な要素を求めてしまう。実際のところ、スバルのマッハキャリバーを羨ましく思う原因もそれが主だったりする。 落胆を滲ませる子供染みた自分の台詞に遅れて気付き、ティアナは僅かに頬を染めた。 「ああっ、もうダメダメ! 任務中に考える事かっての―――スバル!」 『何?』 「そのまま三両目の制圧に向かって! こっちは先頭車両を押さえる! 敵が多かったら、無理せず合流するのよ?」 『オッケー!』 思考を戦闘モードに切り替え、スバルに指示を出すと、ティアナは馴染んだデバイスを両手に構えて前の車両へと移動を開始した。 「スターズ1、ライトニング1、制空権獲得!」 「ガジェットⅡ型、散開開始!」 「追撃サポートに入ります!」 二つの戦場をモニターする司令室も、戦闘さながらの慌しさで情報が飛び交っていた。 「―――ごめんな、お待たせ!」 そこへ、聖王教会の足で慌てて舞い戻ったはやてが駆け込んでくる。 指揮官不在の間代理指揮を執っていたグリフィスの顔から、ようやく僅かに緊張の色が抜けた瞬間だった。 「八神部隊長!」 御大将の登場に、待っていたとばかりにグリフィスが名前を呼ぶ。 「……」 しかし、返って来たのはシカトだった。 「ここまでは、比較的順調です!」 「……」 「……あの、部隊長?」 「……」 「えーと……」 まるで一時停止のように笑顔のまま、指揮官席を挟んでグリフィスと対峙するはやて。 何かを求めているような雰囲気は分かるのだが、それが何なのかグリフィスには分からない。 突然の事態にグリフィスは混乱し、高速で思考を巡らせ―――。 「おかえりなさい、ボス!!」 「待たせたな、皆」 オペレーターのシャリオの言葉を聞き、はやては唐突に動き出した。 呆然とするグリフィスを尻目に、指揮官の顔となったはやては腰を降ろして、モニターを鋭く見据える。 「状況はどうや?」 「ここまでは比較的順調です、ボス」 いや、それ自分言ったし。 頷いて返すはやての様子を見て、グリフィスは悲しくなった。でも涙は堪えた。 「ボス! ライトニング3、4が八両目に突入します」 「このまま何事もなければええんやけど……」 完全にプロの顔つきになったはやての傍らで、グリフィスが勇気を振り絞って声を掛ける。 「あのぉ…………ボス?」 「なんや?」 今度はあっさりと返事が返ってきた。 「エンカウント! 新型です!!」 今後何かとワリを喰う真面目な補佐官の苦悩を置き去りに、オペレーターの告げた報告が司令室に緊張を走らせた。 「フリード! <ブラスト・フレア>!」 『キュクルゥゥッ!!』 フリードの放った火球が崩壊した車両の天井の穴から内部へ飛び込んでいく。 しかしそれは、ガジェットの持つベルト状のアームに容易く弾き返されてしまった。 そのアームの出力一つ取っても、既存のガジェットとはパワーが桁違いの新型。 完全な球状の機体はこれまでの物より肥大化し、その分あらゆる性能が向上されている。 「うぉりゃぁああああっ!!」 ストラーダの穂先に魔力を集中したエリオの一撃も、AMFではなく純粋な装甲の強度によって遮られた。 幼いエリオの筋力の低さを差し引いても、防御力は通常のガジェットと比べ物にならない。 更に、ガジェットはAMFを発動させた。 奇妙な違和感が波打つように二人のいる空間を走り抜けた後、接近戦を仕掛けていたエリオのストラーダはおろか、車両の上にいるキャロの魔方陣すら解除されてしまう。 「こんな遠くまで……っ!」 身体的な戦闘力を持たない自分が魔法を失っては、戦力は激減する。 その事にキャロは戦慄し、遅れてエリオもまた同じ状態であることを思い出した。彼はその状態で敵の傍にいるのだ。 車両の穴の傍へ駆け寄り、中を覗き込んだキャロが見たものは、予想通り最悪の展開だった。 魔力光を失い、単なる頑丈な槍と成り果てたストラーダを盾に、エリオが必死で敵の攻撃を防いでいる。 魔力によって筋力を活性化させる肉体強化までは解除されていないようだが、それでもガジェットの大型アームのパワーの方が上回っていた。 「ダメです、下がってください!」 「だ、大丈夫! 任せて……っ!!」 キャロの制止の声を、エリオは聞かなかった。 自分の後ろに、守るべき少女がいることを理解していたのもある。 だがそれ以上に、少年には意地があった。 降下の時、手を伸ばそうとした自分を追い抜いて、いつもそう在るように少女の傍へ寄り添った一匹の竜に対して感じていた敗北感があった。 背後のキャロの自分を案ずる声が聞こえる。 それは彼女の優しさだ。自分も同じ戦場にいるというのに、他人を案ずる痛いほどの優しさだ。 ―――悔しいとは思わないか? あの娘は、今の情けない自分を見て不安を感じているんだぞ! 「うぉおおおっ!!」 感情の高ぶりはエリオに瞬発的な力を与えた。 二つの力の拮抗は一瞬だけ破られ、エリオがガジェットのアームを押し返す。 その刹那の空白の間に、ガジェットは攻撃をレーザーに切り替え、エリオもまた瞬時に危機を察知して跳んだ。 通常の物とは違う、長い連続照射時間を持った熱線が文字通り一本の線のように放たれる。 それは車両の壁や屋根を容易く焼き切ったが、しかし僅かに勝るエリオのスピードには着いて行けず、彼の居た場所を虚しく薙ぐだけだった。 敵の巨体を飛び越え、背後の死角へと着地する。 両足に魔力を集結し、筋肉が引き千切れる程の力を込めてバネのように全身を前に突き出す。 「刺されぇええええええーーーっ!!」 全身の力を推進剤に使ったストラーダの先端は、その瞬間確かに弾丸となった。 AMF下において、まさに奇跡とも言えるタイミングで全ての運動エネルギーが一点で合致し、新型ガジェットの強固な装甲に突き刺さった。 「やったっ!」 思わずエリオが歓声を上げる。 しかし、それは完全な驕りでしかなかった。 「まだです!」 「え……っ?」 傍で見ていたキャロだけが冷静だった。 ストラーダの穂先は確かに装甲を打ち破っていたが、ただ『それだけ』でしかなかったのだ。 その機能中枢に全くダメージが及んでいないガジェットは、細いアームケーブルを素早く動かし、動きの止まったエリオを捕らえる。 そもそも、エリオが『背後』だと捉えていた部分が本当に死角であったかすら疑わしい。 思い込みによる判断ミス。攻撃の手応えを見誤り、それが油断を招いた。 初の実戦における経験の不足が、最悪の結果を招いてしまったのだ。 「しまった……うぁっ!!」 ケーブルに締め上げられたエリオを痛ぶるように、ゆっくりと巨大なアームベルトが近づく。 「いけない!」 キャロが身を乗り出す。 魔法の使えない小娘が立ち向かったところでどうしようもないのは承知の上だ。 しかし、自分は違う。 キャロは自らの呪われた特性を、嫌というほど理解していた。 <召喚>のスキルとて、転移魔法の系統に連なる魔法には違いない。AMF下で無力化される対象だ。 ―――だが、あの<悪魔>の力は違う。 呼び出し、使役する過程は同じであっても、そこに働く力は全く異質なもの。 奴らにとって、自分は<門>に過ぎない。 <悪魔>には時も場所も関係なく、奴らはいつでもすぐ傍に潜んでいる。 それを現界させる為の少しの切欠。目の前の空間をトランプのように裏返す、本当に身近なのに決して不可侵な領域への干渉があればいいのだ。 他の人には出来ない。 でも自分には出来る。 だから、今こそそれをやるのだ。 その結果、この呪わしい力を彼に見られても。仲間に見られても。そして―――恐れられても。 「戦うんだ……」 キャロは自らの心に湧く様々な感情を全て黒で塗り潰し、車両内へ繋がる穴の淵に足を掛けた。 さあ―――戦って、死ね。 「戦うんだ!」 エリオを救うべく、勢いよく飛び込んだ。 ―――傍らの、フリードが。 「えっ!?」 突然の行動に呆気に取られるキャロを尻目に、竜は弾丸のように飛翔してガジェットへと襲い掛かった。 『キュァアアアッ!!』 幼さの残る甲高い鳴き声は、しかしまるで野獣のそれである。 正しく<雄叫び>を上げて飛来したフリードは、エリオを縛るアームケーブルに喰らい付いて噛み千切った。 「フ、フリード……っ」 体の痛みを堪え、自由になったエリオは幼い竜を見上げる。 普段の愛らしさを一切消し去った野生の眼光が、鋭く見下ろしていた。 そこには本能があった。戦う為の獰猛な高ぶりが。 そして、意志があった。自らの主の為、微笑む顔を見る為に戦う決意が。 「助けて、くれたの?」 『キュクルー』 エリオの問いに返された声色は普段通りのものだったが、込められている感情が剣呑なものであることは分かった。 フリードは、ただ主が悲しむのが我慢ならなかっただけだ。 その為に、この未熟でちっぽけな人間を助ける必要があるのなら―――そうしよう。彼女の痛みを和らげる為に。 それはエリオの錯覚でしかなかったのかもしれないが、もう一度見せ付けられたフリードとの差に感じた悔しさだけは本物だった。 自らへの無力感に、エリオは拳を握り締めた。 『キュァ』 自己嫌悪もいいが、足を引っ張るなよ? まるでそう言わんばかりに素っ気無く敵の方へ視線を戻したフリードを一瞥し、エリオもまた戦闘態勢を取り戻す。 数本のアームケーブルを失ったガジェットは、未だダメージらしいダメージも受けずに稼動を続けているのだ。 「フリード……」 その一方で、キャロは友といえる竜のとった行動に目を奪われていた。 フリードが取った行動は、キャロの決意を否定するものだ。 従うべき主の意思を蔑ろにして、その身を戦火に投げ出す決意をした自分を遮ったのだ。 それに対して裏切られた、などという気持ちはない。純粋な驚きと、同時に奇妙な喜びを感じる。 「……そうか」 <彼>の行動で気付かされたのだった。 決意などと言っても、結局自分は諦めていたに過ぎない。呪われた力ごと命を投げ捨てて、その結果敵を倒せればいいのだと。 その<諦め>を、フリードは否定したのだ。 「そうだよね……」 キャロ・ル・ルシエの傍らには常にフリードリヒがいることを、彼は声高に叫んだのだ。 「わたしは……一人じゃないっ」 そうだ、何を忘れていたんだ。 前に進む道しかないはずだ。その道を少しも進まないうちに、もう立ち止まることを考えてどうするんだ。 戦って、戦って、戦って―――だけど、一人で進む道じゃない。 そう言ってくれた人が、仲間が、いるじゃないか! 「フリード! エリオ君!!」 そして叫んだキャロの瞳には、全ての感情が蘇っていた。 「ルシエさん……?」 初めて自分の名前を呼ばれたような気がして、エリオは半ば呆然とキャロを見上げた。 喜びよりも驚きの方が大きい。 その隙を突いて繰り刺されるガジェットの攻撃を、慌てて避ける。 「考えがあります、こっちへ!」 『キュクルー!』 「えっ!? あ、はい……っ!」 出撃前にキャロに対して感じていた不安を吹き飛ばすような力強さに、呆気に取られそうになったエリオを尻目にフリードが主の下へ素早く戻る。 我に返ったエリオも慌ててそれに続いた。 再び足場を車両の上へと移す。 しかし、ガジェットにも移動能力が無いわけではない。すぐに追撃が来るだろう。 「ルシエさん、考えって?」 「エリオ君……」 キャロは、もう一度噛み締めるようにエリオの名を口にした。 「わたしを、信じてくれる?」 エリオの質問に答えはせず、ただ一つだけ何かを確かめるような問い。 答えなど決まっていた。 決して心を許してくれないと思っていた彼女が、自分から踏み込んでくれた―――その名前を呼ぶ声を聞いた時から。 「―――もちろんだよ、キャロ」 返事に迷いはなかった。 その言葉にキャロはほんの少しだけ嬉しそうに笑って、傍らのフリードが頷く代わりに鼻を鳴らす。 穴からガジェットのアームベルトが這い出してくるのを一瞥して、キャロはエリオに向かい手を差し出した。 その手を、迷いなく掴む。 「いくよ、フリード!」 そして二人は、小さな竜だけを伴って列車から崖下へと飛び出した。 「ライトニング4、ライトニング3と共に飛び降りました!」 司令室にオペレーターの声が悲鳴のように響いた。 山岳の絶壁に敷かれたレールを走る列車から飛び出す二人と一匹の様子がモニターされている。 「あの二人、あんな高硬度でのリカバリーなんて……っ!」 「いや、あれでええ」 突然の窮地に陥った展開を、むしろ逆に肯定したのははやてだった。 その顔に、先ほどまでの冗談交じり笑みは浮かんでいない。冷たさすら感じる不敵な微笑が代わりにあった。 『発生源から離れれば、AMFも弱くなるからね。使えるよ、フルパフォーマンスの魔法が!』 戦闘の片手間に司令室からの報告で新人達の状況も把握していたなのはが、はやての自信の根拠を補足する。 それはフェイトも同じだったが、三人に共通するのはいずれもキャロに対して感嘆と驚きを抱いていることだった。 「キャロ自身がそれを理解して飛んだんなら、相当な判断力と度胸やね」 『あの子は、元から強い子だったよ……』 フェイトの言葉が独白のように響く。 痛みを伴う力を与えられた故に、キャロは絶望しながらもそれに抗う意思の強さを身につけていた。 その心の力を全く間違った方向へ捻じ曲げいていたのが、彼女の心に巣食う<諦め>の感情だったのだ。 だが、今はどういうわけかそれが無い。 死ぬ為ではなく、生きる為にキャロは飛んだ。 『選んだんだね、信じる事を―――』 仲間を。 そして自分を。 呟くフェイトの顔は、満足そうに小さく笑っていた。 本当は、ずっと思っていた―――『守りたい』と。 「蒼穹を奔る白き閃光―――」 自分を救ってくれた人に、誰よりも憧れる気持ちがあった。 その人の持つ意思を、誰よりも尊ぶ気持ちがあった。 「我が翼となり、天を翔けよ―――」 だが、それは無理だ、と。 これまで積み上げてきた悲劇と罪。近づく者を傷つけた後悔と向けられた負の視線が、その望みを否定してきた。 神を呪ったこの<悪魔>の力で、恐れ疎んじられるこの手で、一体何を守れると? 何もかも傷つけるだけの闇の力に対して、自分の心すら守れず、いつしか諦めだけが募り……。 「来よ、我が竜フリードリヒ―――」 そして、今目が覚めた。 戦いたい。諦めたくない。戦って死ぬのなら、人としての気高さを持ったまま戦いたい。 まだ自分を信じてくれる友の為に。 まだ自分に笑いかけてくれる人達を守る為に。 自分の力で、戦いたい。 「<竜魂召喚>!!」 だから応えて、友よ―――! 小さな主の意思に応え、両腕のデバイスと竜は光と共に吼えた。 桃色の魔力光を放つ巨大なスフィアがキャロとエリオ、そしてフリードを包み込む。 膨大な魔力の奔流に指向性を持たせる魔方陣が眼下に展開され、その中で幼い竜の肉体が真の力を宿したそれへと変化する。 小さな肉体に封じ込められていた気高い竜の魂は、相応しい肉体を手にして、その大きな翼を力強く広げた。 『ギュアアアアアアッ!!』 真の咆哮が<白銀の竜>の産声となって響き渡る。 まるで新たに卵から生まれ変わるように、スフィアを内側から打ち破って、強靭な巨躯を手にした白竜<フリードリヒ>が空中に出現した。 『召喚成功!』 『フリードの意識レベル<ブルー> 完全制御状態です!』 司令室にも歓声が広がる。 しかし、キャロはその言葉を一つだけ否定した。 これは制御なんかじゃない。切欠をくれたのも、この力を望んだのも、フリードが最初だった。 この力はフリード自身が望んだもの。 そしてこの成果は、フリードが支えてくれたおかげなのだ。 「……ありがとう、わたしの友達」 力強い咆哮が、キャロの呟きに応える。 「そして、征こう! 今度はわたしがアナタに応えてみせる!!」 フリードの背に乗り、その手綱を握る手の力強さが全ての答えだった。 新しい翼をぎこちなく、しかし大胆に使い、フリードの巨体が再び戦場へ舞い戻るべく上昇を開始する。 その背に、キャロに抱きかかえられる形で乗ることを許されたエリオが一連の流れの中で呆然としていた。 目の前で展開された神秘の光景に圧倒されたのに加えて、今彼の眼を奪っているのはすぐ傍で見上げられるキャロの凛々しい顔だった。 何かを信じ、戦うことを決めた者の表情が、幼いキャロに大人びた美しさを与えている。 エリオはその美しさに見惚れていた。 「……エリオ君、大丈夫? 怪我でもしてるの?」 心此処に在らずのエリオを心配したキャロが見下ろしてくる。 エリオは慌てて首を振った。 「ち、違うよ! 全然平気! いやぁ、フリードの背は快適だなぁ!」 『ギュアキュア』 「……フリードが不機嫌そうだけど」 「……うん、分かってるよ。多分『調子に乗るな』って言ってるんだと思う」 言葉の壁を越えて意思疎通が出来るようになってしまったエリオは、フリードの意思を全く正確に表現していた。 少年と竜。一人と一匹の間で衝突する敵対の感情に気付かないキャロだけが不思議そうに首を傾げている。 「あっちは、もう大丈夫みたいね」 「うん」 車両のガジェットを全滅させ、コントロールの奪取をリインに任せたティアナとスバルが屋根の上からキャロ達の様子を見守っている。 視線を移せば、同じく列車の屋根に這い上がってくる新型ガジェットの姿があった。 上昇するフリードがそのままガジェットへ向かうのを確認して、二人はレリックの方を確保するべく移動を開始した。 「フリード、<ブラスト・レイ>!」 真の姿を手にしたフリードの口元に、覚醒前とは比較にならない程の魔力が集結し、膨大な熱量を伴って光り輝いた。 「ファイア!!」 それが炎の帯となって解き放たれる。 荒れ狂う業火はまさに怒涛の如く、大型のガジェットを丸々飲み込んだ。 しかし、全体を覆い尽くすほどの炎の波が過ぎた後には、AMFの範囲を絞ってその一撃を耐え忍んだガジェットの姿が残っていた。 僅かに飛び散る火花からダメージを確認は出来るが、それでも高出力のフィールドと、炎を受け流す曲線フォルムの機体も影響して致命傷には成り得ない。 「砲撃じゃ抜き辛いよ! ここは、ボクとストラーダが……」 『ギュアアアアアアアアッ!!』 AMFの範囲が狭まったことで戦闘力を取り戻したエリオが身を乗り出そうとして、それをフリードの咆哮が押し留めた。 それはキャロにとっても予想外だったらしく、鼓膜を通じて頭蓋骨を震わせるような雄叫びに二人は竦み上がる。 フリードの咆哮から感じた激情。それはただハッキリと―――怒り。 幼い竜は激怒していた。 敵の存在に。それを打ち倒せないと断ずる少年に。そして何より、力届かぬ自分自身に。 フリードは、キャロの未来を決定付けたあの運命の日から復讐を誓っていた。 現れた業火を纏う<悪魔>を前にして、全く歯牙にも掛けられなかった弱い自分。 脆弱な生物でしかなかった、ちっぽけな自分。 そして何より、強大な<悪魔>を前にして恐怖していた自分―――! あの時吼えたのは、主を守る為の行為だったか? ―――違う。 ただ自分は無茶苦茶に泣き喚いてただけ。 ヴォルテールという、竜としての高みにいる存在を殺して見せた化け物を前に、闘争心も忠誠心も消え失せて闇雲に叫び散らしていたのだ。 そして、目の前の<悪魔>に牙一つ突き立てられず、主であり友である少女に呪いが掛けられるのを見ているだけだった自分。 その愚かで卑小だった自分を殺す為に、フリードは絶対の復讐を誓ったのだ。 そして今。 真の姿と力を取り戻してなお今、力及ばぬ状況に成り下がっている。 フリードはそれが許せなかった。 言葉が話せるのならば喚き散らしていた。 ―――ふざけるな。何の為に月日を重ねたのだ? 自らの力に傷つけられる主を傍らで見続けながら、心に積み重ねてきた無念を晴らす瞬間が、この程度だというのか!? ふざけるなっ! 『グゥァアアアアアアアアアア――――ッ!!』 フリードは自身への怒りで吼えた。 一匹の獣としての雄叫び。眼下の森林にまで響き渡ったそれを聞いた動物達が、本能的に逃げ去ったのを誰も知らない。 彼らは察したのだ。 今、この地上で最強の生物が怒ったのだということを。 そして、その怒りを向けられた対象に心から同情した。 「フリード……!」 「もう一度、やる気か!?」 今度はキャロの命令ではなく、自らの意思でフリードが魔力を集束し始めた。 放出する魔力量は全く変わらない。むしろキャロの使役に逆らった無理な力は、先ほどのそれより僅かに減少すらしている。 しかし、その集束率だけは桁違いにまで上がっていた。 眼前で球状に練り上げられていく炎の魔力。だが大きさは半分にまで圧縮されている。 内側で荒れ狂う業火を現すように熱の塊が脈動した。 目指すのは、かつて高みであったヴォルテールすら超える炎。あの火炎の悪魔さえ焼き尽くせる業火だ。 「それ以上抑えたら暴発する! フリード、放って!」 キャロが悲鳴に近い声で叫ぶ。 そしてフリードの望むままに暴走寸前にまで圧縮された炎の魔力は、ついに再び解き放たれた。 ガジェットに向かって同じように放射される火炎。 しかし、その様相はもはや完全に別物となっている。 空中への僅かな拡散すらなく束ねられた熱量は、もはや炎というよりも巨大な熱線と化してレーザーのように空気を焦がした。 一本の赤い線がガジェットの装甲を舐めるように走り抜け、AMFどころか装甲すらも容易く貫通して機体を真っ二つに『切断』する。 真赤に灼熱する切断面だけを残して、二つに分けられたガジェットはついに沈黙したのだった。 「やったぁ!」 耳元で聞こえたキャロの歓声は、普段の静けさを忘れるような、純粋で年相応な喜びを表現していた。 視線の先にある完全に機能を停止したガジェットと、すぐ傍にある少女の笑み。それらがこの竜が成した結果だと悟って、エリオは苦笑するしかなかった。 「今回は負けだよ、ボクの……」 何が勝ち負けなのか、それはエリオとフリードの種族を越えた男同士の間でしか分からない意思の疎通だった。 スバルとティアナのチームからレリックを確保したという報告も入り、二度目の安堵を二人は感じる。 ここに、四人のルーキー達の初の任務が終結したのだった。 「車両内及び上空のガジェット反応、全て消滅!」 「スターズF、レリックを無事確保!」 緊張感に満ちていた司令室に次々と朗報が飛び交った。オペレーターの声も知らず安堵が滲んでいる。 サーチャーが車両内に転がるガジェットの残骸と、レリックの入った防護ケースを抱えるスバル達の姿を映していた。 なのはとフェイトが敵影の無くなった上空で合流している様子も見える。 敵は全滅した。戦いは終わったのだ。 「機動六課の初陣……何とか無事成し遂げたようですね。ボス」 「今が、<選択>の時や―――」 「いや、無理に難しい返事しなくていいですから」 口元で手を組んだお気に入りの姿勢で低く呟くはやてを、早くも対応に慣れ始めたグリフィスが冷ややかにツッコんだ。 冗談交じりのやりとりを許せる空気になったことが、何よりも任務の成功を表している。 演技染みた表情を解き、緩んだ笑みを浮かべながらはやてが見上げると、似たような表情のグリフィスが頷いて返した。 「列車が止まったらスターズの三人とリインはヘリで回収してもらって、そのまま中央までレリックの護送をお願いしようかな」 「ライトニングはどうします?」 「現場待機。現地の職員に事後処理の引継ぎをしてもらおうか」 「ですが、ライトニング3と4は車両に戻っています。竜召喚で予想以上に力を使い果たしたようですね」 「あらら。まあ、気張ったからしゃあないか。ほんなら同じくヘリで回収して―――」 的確に指示を出し続けていたはやては、モニターに映る違和感を察知して口を噤んだ。 新たな敵影を見つけたワケではない。 モニターに映るのは、未だ走り続けるリニアレールだけだ。 そう、コントロールを取り戻したはずの車両が、まだ走っている―――。 「……リイン曹長の様子は? 何で報告がないんや」 その問いに答えようとする誰よりも早く、突如鳴り響いたレッドアラートが緊急事態を知らせた。 「どうした、敵の増援か!?」 動揺を露わにしながらも、一番早く行動したのはグリフィスだった。 アラートと同時に乱れ始めたモニターの異常を見据えながら、状況の確認を急ぐ。 「しゃ、車両内及び上空に<何か>が出現しました! ガジェットではありません!」 「<何か>だと!? 報告は明確に行え!」 「特定できません! 記録にない魔力波です! まるで次元震のよう……っ!」 「馬鹿な! 作戦領域一帯が吹っ飛ぶとでも言うのか!?」 「感知される魔力量はそこまでのものではありません! ですが、複数出現しています!」 「サーチャーに異常! 現場、モニターできません!」 嵐のように入り乱れる報告は更なる混乱を呼ぶだけで、どれも要領を得るものでなかった。 任務達成の安堵感に満ちていた司令室が、一瞬で混沌の坩堝と化す。 「―――シャマルを呼べ。サーチャーを経由して観測魔法で状況をモニターするんや」 その混乱の中で、はやての落ち着き払った命令だけが何故かハッキリと全員の耳に届いた。 「通信の復帰は後回しでええ。私が念話を繋げてみる」 慌てて行動を開始するオペレーターの様子を一瞥し、更に指示を重ねていく。 はやてへの尊敬の念だけでなんとか平静を保っているグリフィスが、その猶予の間に素早く思考を整理した。 「……かなり長距離ですが、可能ですか?」 「新人は無理やけど、なのは隊長かフェイト隊長には波長を合わせ慣れてる。なんとか繋がるやろ。 それより、私の呼びかけにもリインが応えん。車両の状況を少しでも把握するんや。謎の敵以外にも何か問題が起こってる」 「了解。情報収集を急がせます」 落ち着きを取り戻したグリフィスの返答に頷き、はやては目を閉じて精神集中へと没頭した。 今この場ではやて以上に魔法技術に優れた魔導師はいない。 瞑想に近い意識の奥への潜行を経て、はやてはなのはと念話を繋げることに成功する。 これだけ長距離の念話は初めてだ。指揮官としての訓練の一貫として、念話の技術を鍛えていたのが幸いした。 『―――<なのは> 聞こえるか?』 『念話? よく通じたね』 振動するように聞き取りにくい声だが、はやてとなのはは互いの言葉をしっかりと捉えていた。 はやてがなのはを呼び捨てにすることが何を意味するのか、理解もしていた。 切迫した状況でありながらそれを打開する意思とその為の仲間への信頼を抱く時、はやてはいつも自分をただの友ではなく戦友として扱う。 なのはは念話越しでは見えない笑みを浮かべた。 『モニター出来ん。簡潔に状況を報告して。敵か?』 『たぶんね、友好的には見えないよ』 どうやら突如出現した謎の存在と対峙しているらしいなのはが答える。 『どんな<敵>や?』 多くの疑問を控えて、はやては単純にそれだけを尋ねる。 彼女の脳裏には、この事態に当て嵌まる事例が一つだけ思い浮かんでいた。 何もかも分からない状況だからこそ当て嵌まる―――今、管理局でも問題視されている謎の襲撃事件のことだ。 そして、それを裏付けるような返事が返ってくる。 『―――死神、かな?』 冗談染みた言葉を告げるなのはの声は、同時に薄ら寒くなるような真実味を帯びていた。 手袋の内側で、疼くような痛みと共にじんわりと熱い何かが滲んでくるのをフェイトは感じた。 3年前に刻まれた傷が、今また涙のように血を流している。 握り締めた右手の中の鈍痛を表情には出さず、静寂の広がる周囲の空を見回す。 この空を支配していたガジェットを一掃し、無粋な物のなくなった広々とした空間に浮かんでいるのはフェイト自身と相棒のなのはだけのハズだ。 「―――なのは、来るよ」 何が来るのか、どうなるのか、それは分からない。 だが分からなくとも、それが危険であることだけは理解出来た。フェイトはそう断じていた。 全ては異形の刻んだ右手の傷が教えている。 そして、ソレは来た。 《HAHAHAHAHAHAHA……》 不意に吹き抜けた冷たい風が、二人の魔導師の持つ歴戦の勘を身震いするほどに撫で付けた。 《HAHAHAHAHAHAHA……!》 初めは風の音かと思ったが、一瞬の悪寒が過ぎた後にそれは不気味なほどハッキリと聞こえた。 笑い声だった。 人影はもちろん鳥の姿すらない高度に、男とも女ともつかない奇怪な笑い声が響いていた。 一つであった声はいつの間にか二つに、そして三つに。互いが反響し合うようにどんどん増えていく。 「……死神、かな?」 はやてと念話が繋がったらしいなのはが、冗談交じりに笑って呟くのを、背中越しにフェイトは聞いた。 しかし、その額には冷たい汗が滲み出ている。 ―――いつの間にか背中合わせになったフェイトとなのはを囲むように出現したのは、冗談でもなくまさに<死神>としか形容できない者達だった。 薄気味悪い仮面と枯れ木のような腕。風の吹くまま揺れるボロ布のようなローブから伸びる下半身は無い。まるで幽鬼そのものだ。 黒い布が風に巻かれて漂っているようにしか見えない姿のせいか、ソイツらは警戒する二人の視界の隅から不意打つように突然現れた。 筋肉など削げ落ちた両腕に持つ巨大な鎌だけが異様なまでに人目を惹く。 実に分かりやすく闇の存在であることを体現し、<死神>の群れは狂ったに笑いながら空に浮かんでいた。 「話は通じそうにないね」 「敵だよ」 ホラー映画のワンシーンが現実となっている光景に戦慄するなのはに対して、フェイトはただ端的に断言した。 二人に共通して既視感を感じていた。 なのはは心の奥から滲み出る恐怖と、それを何時か―――炎の中で感じたことがあるような感覚を。 フェイトは右手の傷が蘇らせる記憶の中で、一人の少女の人生を狂わせた忌むべき化け物と同じ存在に対する明確な敵意を。 それぞれが感じ、そして確信した。 こいつらは紛れも無く<敵>だ。 『スターズ1、ライトニング1と共にアンノウンとの交戦に入ります』 もはや戦いは避けられないことを、恐怖とそれを凌駕する敵意から確信したなのはが報告する。 『交戦は避けられん事態か?』 『フェイトちゃんが珍しくやる気なの』 バルディッシュを構え、珍しい怒りの形相を静かに浮かべているフェイトを一瞥してなのはははやてに告げた。 加えて、周囲を漂う<死神>の数は20を超えている。すでに包囲網と化していた。 『それに、どちらにしろ逃がしてくれそうにはないよ』 『未だに列車内の状況は分からんけど、事態について少し把握出来た。知らせる事が二つある』 『まず、良い知らせから聞きたいな』 『あいにくやけど悪い知らせだけや』 答えるはやての言葉は、性質の悪いジョークのように聞こえた。 念話越しにも肩を竦める仕草が見て取れる。 『列車が止まらん。むしろ加速しとる―――』 そして、告げられた情報はまったくもって性質が悪いとしか言いようが無いものだった。 少しずつ間合いを詰めて来る<死神>の動きとは別の要因で、なのはの表情が歪む。 『既に速度は通常運行の倍まで上がった。終着の施設までの所要時間も半分に短縮、このままのスピードで突っ込めば車両は建物を破壊して月まで飛んでく』 『車両内の皆は大丈夫なの?』 『それが二つ目の悪い知らせや。 そっちに何が出たのか分からんけど、似たような反応が車両内にも複数出現した。ライン繋がっとるはずのリインからも応答が無い』 『分かった、こっちから念話してみる』 湧き上がった焦燥感を押さえ込み、なのはは周囲への警戒を怠らずに部下達の身も案じた。 未だ周囲に響く<死神>の哄笑。 狂ったように繰り返される壊れたラジオのノイズのようなそれを聞いていると、こっちの頭までおかしくなりそうになる。 目の前の存在が秘めた力よりも、その異常性と先ほどから消えない人として根源的な恐怖感がなのはを不安にさせた。 ティアナやスバル達を信頼はしている。 しかし、こんな奴らが彼女達の目の前にも現れていると思うと、焦りは消えない。 『―――任務続行、やで』 すぐさま念話を繋げようとするなのはを、はやての厳しい声が遮った。 一瞬だけ動揺で思考が止まり、息を呑む。 「……うん、分かってる」 元からそのつもりだった。 高町なのはは四人の教導官である以前に管理局員なのだ。そして、四人自身も。 皆が覚悟を持ってここにいる。 しかし、頭で理解していても釘を刺された瞬間に心と体が震えたことは隠せない。 それきり切られたはやてとの念話の後、一呼吸だけ間を置いてなのははリーダーのティアナへ念話を繋げた。 周囲を漂う無数の<死神>の群れは、獲物を逃がすまいと包囲の輪を縮めている。 少しずつ。 しかし、確実に。 「な、何が起こったの……!?」 突然の事態に、スバルは動揺していた。 レリックを無事確保して全身の緊張が抜ける中、車両の外へ出ようと屋根に空いた穴に手を伸ばした時、それを遮られたのだ。 唐突に発生した赤い障壁―――結界にも似た魔力壁が車両の中と外を完全に隔てている。 物理的なものではないが、肉眼でも確認出来るほどはっきりとした壁だ。 その表面は生物のように蠢いて、不気味な生気すら感じられる。 「スバルさん、どうしたんですか!?」 壁越しにもエリオの声はしっかりと通じている。 スバルが思わずその壁に向かって手を伸ばそうとして―――ティアナに強い力で引っ張り戻された。 「ソレに近づくな! エリオ、下がりなさい!!」 警告を発した声はスバル達には分からない危機感に満ちていた。 その声に反応するより早く、外ではキャロがエリオを壁の近くから引き離す。 二人が離れるのと同時だった。 結界から壁と同じ血のように赤い腕が亡霊のように生え出たかと思うと、つい先ほどまでスバルやエリオのいた位置の空気を掴み取って消えていった。 眼前で起こった一瞬の光景に、二人は中と外で同じように目を見開き、硬直している。 あのまま近づいていたら、どうなっていたか。 あの腕に捕らえられた後の展開をそれぞれが想像して青褪めた。 「何、この壁……?」 その壁自体が生き物のように錯覚する異常性に、スバルはようやく恐怖を感じ始めた。 何かがおかしい。何がおかしいのかは分からないが、漠然と本能が告げている。 この列車は、たった今<異界>となった。 「結界……分断されたか」 「ティア……」 「エリオ、キャロ! 見ての通りよ、その壁には近づかないようにしなさい」 「ティア、何かおかしいよ!」 「黙って。高町隊長からの念話よ」 得体の知れない不安に怯えるスバルとは対照的に、ティアナの様子は普段と全く変わりなかった。 そんな相棒の突き放すような冷めた態度に、スバルは別の不安とそれ以上の頼もしさを感じて、少しだけ落ち着く。 この異常の中で平静であることが『逆に異常である』ということには気付かず。 「―――はい、車両内の移動に問題はありません。……了解、現場に向かいます」 ただレリックを守るように抱えて待つしかないスバルを尻目に、ティアナは念話越しに情報を交わして指示を受け取っていた。 念話を切ったティアナが、ようやく視線をスバルに戻す。 「緊急事態よ。車両のコントロールがまだ戻ってない、このままだと終着の施設へ全速力で突っ込む」 「まだガジェットが残ってたの?」 「謎の襲撃よ。隊長達を襲ってるアンノウンがこの車両にも出現した可能性があるわ」 予想だにしない謎の敵の存在を知り、スバルの不安はいよいよ大きくなった。 しかし事態は、そして相棒のティアナは、そんな彼女の動揺が落ち着く猶予を与えてはくれなかった。 「先端車両に戻って、リイン曹長の安否を確認。その後、車両停止を目的として行動する。行くわよ!」 「あ、待って!」 「エリオ、キャロはその場で待機! 出来るなら回収してもらいなさい!」 指示もそこそこにティアナは踵を返して車両内を走り出していた。慌ててスバルが続く。 「キャロ達、置いてきてよかったの!?」 「二人は消耗しすぎたわ。キャロの状態もこれ以上は危険だと私が判断した」 「じゃなくて! あの結界を誰が張ったのかも分からないし……!」 「今はこれ以上気に掛けてられないわ。それにレリックを抱えてるこっちが危険なんだから、油断しないでおきなさい」 振り返らず、走りながらティアナが事務的に答えた。 謎の敵が現れる可能性があるということで、道中で襲撃を覚悟していたが、二人の走り抜ける通路にあるのは戦闘の跡とガジェットの残骸だけだった。 激しくなる列車の振動が、文字通り加速する異常事態を静かに告げている。 車両と車両を飛ぶように走り渡り、先端車両の入り口まで障害無く駆けつけると、ティアナは殴りつけるようにドアの開閉装置を押した。 意外にも、ドアは抵抗無く開く。 レリックのせいで片腕が塞がっているスバルを脇に控えさせて、操作機器の集中する内部を覗き込んだ。 「―――ッ、曹長!?」 ティアナはその光景に息を呑んだ。 コントロールパネルの前で浮遊しているリインを、奇怪な蟲が襲っている。 「な、何アレ!?」 驚愕するスバルの疑問に、さすがのティアナも答えることは出来なかった。 <蟲>と表現するのが最も近いのかもしれないが、実際にあんな種類の昆虫が存在するとは思えない。 六本の脚を広げれば人間の上半身を丸ごと覆ってしまいそうな蟲としては異常な大きさと、甲殻ではない皮膚のような肉感のある外面を持っている。 ソイツがどういう存在なのかは分からない。 しかし、生理的な嫌悪感を感じさせる外見で、リインを飲み込まんばかりに覆い被さる姿は無条件で敵と認識できるものだった。 「やっぱり、<お前ら>か……っ!」 スバルよりも遥かに早く動揺から抜け出したティアナがアンカーガンを向ける。 照準の先に見える標的を睨み据え、しかし舌打ちして襲撃を断念した。 リインと蟲との距離が近すぎる。 目も口も無い体で、一体どういう襲い方をしようというのかは分からないが、六本の脚で小さなリインを丸ごと包み込もうと密着している状態だ。 リイン自身はそれを魔力障壁で必死に押し返している。 小さな上司に襲い掛かる汚らわしい敵を、ティアナは嫌悪感以外の感情で憎悪した。 ティアナだけが理解している。この蟲は<悪魔>の一種だ。 そして、ただそれだけの事実がティアナにとって重要だった。 この私の目の前で、<悪魔>が蠢き、自分に近しい者を襲っている―――その事実だけで、もう全てが許せない。 「この蟲野郎ッ!」 訓練でも実戦でも、常に冷静冷徹であり続けたティアナが、明らかな憎しみを込めて敵に攻撃を行った。 不気味な外見を恐れもせず、その場に駆け寄ってデバイスの台尻で殴り払う。 肉の潰れる嫌な感触と共に、蟲はリインから引き剥がされた。 しかし。 「まだだよ、ティア! くっついてる!!」 叫ぶスバルの声は、もうほとんど悲鳴だった。 殴り飛ばしたと思った蟲は、素早く脚を絡めてアンカーガンに取り付いていた。 「この……っ!」 腕から全身へ走り抜ける嫌悪感と危機感と共に、ティアナは慌ててデバイスを投げ捨てた。 意外にもあっさりと蟲は手から離れ、デバイスに絡みついたまま床を転がる。 最悪腕を切り落とす悲壮な覚悟すらしていたティアナは思わず安堵した。 そして、すぐに後悔した。 起き上がった蟲がティアナに向かって『魔力弾』を撃ってきたのだ。 「クソッ!」 状況を理解するより早く体が動き、力無く倒れるリインを抱えて転がるように避ける。 這うような姿勢でもう一度敵を見据えれば、やはり信じがたい姿が眼に映った。 ティアナに向かって魔力弾を撃ったのは蟲が持つ能力ではない。つい先ほどまでは無かった無機質な銃身が蟲の体から突き出して照準を定めている。 その銃身は見覚えがあった。 いや、間違いなくそれはアンカーガンの銃身そのものだった。 蟲は、アンカーガンと半ば融合するような奇怪な姿へと変貌して、更にそのデバイスの能力で魔力弾を放っているのだ。 「まさか、カートリッジの魔力を!?」 さすがに驚愕を隠せないティアナの動揺を突いて、再び魔力が集束する。 しかし、それが放たれるより早く。 「このぉぉおおっ!!」 半ば恐慌状態のスバルが反射的に放ったリボルバーシュートが横合いから蟲を殴りつけた。 吹き飛んだ蟲は今度こそ空中でバラバラになり、肉片が床にばら撒かれる前に消滅して、同時に破壊されたアンカーガンの破片だけが散らばる。 幻のように消えた敵の姿に目を剥きながら、スバルは荒い呼吸を繰り返した。 「……ティ、ティア」 「スバル、後ろ!!」 敵を倒した安堵感よりもその得体の知れなさに恐怖を感じていたスバルは、ティアナの突然の叱責に一瞬反応できない。 次の瞬間、倒した蟲とは別の一匹が背後から襲い掛かった。 「う、うわぁああああっ!!?」 背中にへばり付いた蟲の感触に、スバルはパニックに陥る。 「ベルトを外すのよ!」 錯乱して事態が悪化する前に、今度はティアナがスバルを救った。 スバルに残った理性が行動に移すより早く、ティアナが自ら言葉の通りに動く。 胸元の留め具を素早く外して、スバルの体を引き寄せながら、背負っていたケースごと蟲を蹴り飛ばした。 距離を離し、蟲がこちらよりもケースの方に興味を持ったらしいことを確認すると、二人してようやく一息つく。 「……ごめん、ティア」 リインの時と同じように、ケースに取り付いてその中身を探ろうとする蟲の動きを見ながら、スバルが気まずげに呟いた。 あの蟲の生態が理解出来た以上、これから何をしようとするのかも予想出来る。 「まさか、デバイスを乗っ取るなんてね。多分リイン曹長も取り込もうとしてたんでしょう」 腕の中で気絶したリインを一瞥して、ティアナは舌打ちした。 あの蟲にとって予想外だったのは、物言わぬデバイスとは違い、管制人格たるリインが抵抗出来た事だろう。 おそらく車両のコントロールをガジェットに代わって奪ったのもあの蟲と同種のものだ。どうやら無機物に寄生する能力があるらしい。 何処に潜んでいるのかは分からないが、おそらく複数。それらを駆逐して車両を止めるのは骨が折れそうだ。 そうしてティアナが既に作戦の修正を行っている間、スバルは悲痛な表情でついにケースを抉じ開けられる様を見ていた。 「わたしのせいで、ティアのデバイスが……」 「バカ、あんたと引き換えにするような物じゃないわよ」 自分を責めるスバルに、ティアナは普段通り素っ気無く言った。 本当に、別段気にはしていないのだ。製作者のシャリオには悪いが執着するような物ではない。 それよりも乗っ取られた後が厄介だ。新型の性能が、どう裏目に出るか分からない。 「スバル、今のうちにデバイスごとあの蟲を……」 『破壊して』―――その台詞は、突然遮られた。 他ならぬ<クロスミラージュ>自身の意思によって。 《Error!》 拒絶するように発せられた電子音声の後で、デバイス自体が発生させた障壁によって蟲が弾き飛ばされた。 それは、明らかに抵抗だった。 ティアナとスバル、そしておそらく蟲自身も驚愕する中、<クロスミラージュ>の意思が語りかける。 《Get me―――》 ただ一人、自分が認めた持ち主に向かって。 《My master!!》 「―――スバル! お願いっ!!」 その無機質な声はティアナの心と体を突き動かした。 リインをスバルに預け、自らはクロスミラージュの元へと向かう。しかし、再び動き出した蟲が全く同じ行動を取っていた。 ティアナの瞬発力の方が明らかに上回っているが、距離的にはあちらの方が断然近い。 咄嗟に、残っていたアンカーガンを蟲の進路上に投げつけた。 狙い撃つことも不可能ではなかったが、何故か手放してしまった。自分の行動を頭では理解できないが、心は既に知っている。 その瞬間、ティアナは選んだのだ。自分を呼ぶ新しい相棒を。 「<クロスミラージュ>……!」 より容易く寄生出来るデバイスの方へ意識を移した蟲を尻目に、ティアナは真っ直ぐにクロスミラージュへと手を伸ばす。 アンカーガンに蟲が取り憑くのと、ティアナがクロスミラージュを掴むのは同時だった。 「セット・アップ!!」 発せられたキーワードにより、デバイスが起動する。 握り締めたグリップから生命の脈動が伝わり、銃身から息吹が聞こえた。 閃光を伴ってティアナのバリアジャケットが新たに再構成される。性能や細部のデザインは新型のそれへ。 真の意味でティアナのデバイス<クロスミラージュ>が誕生する瞬間だ。 その光景を打ち壊すべく、アンカーガンを完全に乗っ取った蟲が魔力弾を発射した。 装填されていたカートリッジの魔力を集中した一撃は先ほどの比ではない。 弾丸は一直線にティアナへと襲い掛かり―――。 「Eat this(こいつを喰らえ)」 クロスミラージュの銃口から放たれた魔力弾がそれを貫いて、そのまま蟲の肉体を粉々に吹き飛ばした。 《―――BINGO》 加熱した銃身からまるで紫煙のように煙を吐き出して、クロスミラージュが言い捨てた。 咄嗟に撃った魔力弾の、予想以上の威力に軽く驚き、ティアナは改めて新しいデバイスを見つめる。 魔法の発動速度に集束率、その負担の軽減まで、全てが既存のデバイスを凌駕していた。 「……なるほど、言うだけあってサポートは完璧ね」 《Yes. Was it unnecessary?(はい。不要でしたか?)》 「いいえ、ゴキゲンだわ」 《Thank you》 小気味良い返事を聞きいて満足げに笑った後、ティアナはもう一度視線を消滅した敵の跡へ向けた。 そこに残されたのは、バラバラになったデバイスの残骸だけだ。 感傷に浸るほど状況に猶予は無く、自分で感受性の強い方だと思ってはいないが、それでも胸に去来するものはあった。 あのデバイスで今日まで戦い続けてきた。 敵を倒し、挫折感も達成感も経験して、そして大切なこともあれを通じて教えられたのだ。 「…………さよなら、相棒」 囁くように別れを告げる。 未だ続く任務の最中で、その僅かな時間だけは許された。 「―――OK、それじゃあ<相棒> 早速だけど働いてもらうわよ? 弾が真っ直ぐに飛ばなかったら、溶かしてトイレの金具にするわ」 《All right, my master》 わずかな感傷の後に、普段通りのティアナ=ランスターが戻ってくる。 開いた眼には<悪魔>すら恐れぬ戦意が漲り、口元には兄貴分譲りの不敵な笑み。 どんな状況でも笑い飛ばす、それがクールなスタイル。 両手にクロスミラージュを携え、仁王立ちするティアナの背後でスバルの息を呑む音が聞こえた。 再び<敵>が現れる。 あの蟲が、今度は群れを成して車両の天井や壁から滲み出るように現れ始めたのだ。 この世の法則を無視したそれは、まるで悪夢のような光景だった。 しかしその中でただ一つ、失われない光がある。 「イカれたパーティーの始まりってわけね」 闇への恐怖を人間としての怒りで圧倒した少女は、悪夢を前にして怯みはしなかった。 両手の中で銃身が華麗に踊り、ピタリと止まった瞬間に胸の前で腕を交差させる。 今から撮影に臨むトップモデルのように、一分の隙もない、完璧に決まったポーズ。 醜悪な蟲の湧き出る地獄のような光景の中で、その陰鬱さを全て吹き飛ばす破壊的な美しさをハンターとなった少女は放っていた。 《―――Let s Rock!》 そして、新たな銃火と共に、ティアナは<悪魔>との戦闘を開始した。 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> ・インフェスタント(DMC2に登場) 力だけが全てを支配する悪魔の世界において、何も強い奴だけが生き残れるわけじゃない。その代表格がこの寄生生物だ。 文字通り、こいつは生物や悪魔はもちろん、機械みたいな無機物とも融合して自在に操る能力を持ってる。 特に自我を持たず、時代の進化によって強力になりつつある近代兵器なんかは、こいつらにとって格好の寄生対象になるわけだ。 戦車に戦闘機にデバイス、どれも乗っ取られれば凶悪な化け物へ変わる代物ばかりだ。 加えて、ただ宿主を使い潰すだけじゃなく、複数で取り憑ついてその性能や耐久力を底上げしちまうってあたりが厄介極まりないぜ。 他人の威を借りる寄生生物だけあって、それ単体ではノロマな虫けらに過ぎないからな。調子付く前に手早く害虫駆除といこうぜ。 前へ 目次へ 次へ
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第8話「激闘の始まりなの」 「嘘……」 「何なの……あれは……!!」 モニターを見て、エイミィとリンディは言葉を失った。 サーチャーには一切反応は無かった 空を割り、あの大型生物―――ベロクロンが現れる前兆は、一切見られなかった。 タイミング的に、ヴォルケンリッター達を助けに現れたかのようには見える。 だが……シャマルを助けた仮面の男の手のものにしては、様子がおかしすぎる。 その表情こそ伺う事は出来ないが、仮面の男は明らかに戸惑いを見せている。 こうなれば、考えられる可能性は一つ……第三者の乱入しかない。 「……皆、注意して!! 相手が何者かは分からないけど、嫌な予感がするわ!!」 『いえ……何者かは、分かってます!!』 「ミライ君……?」 『……あれは超獣です。 奴の……ヤプールの生み出した、超獣です!!』 「超獣……!?」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「な……なんだよ、これ……!!」 「怪獣……だって……!?」 招かれざる来訪者の姿を前にして、誰もが動きを止めた。 ミサイル超獣ベロクロン……この場には、全く相応しくない存在。 ベロクロンは唸りを挙げ、荒々しく息を吐いた。 ミライはすぐになのは達へと念話を送り、敵の正体について教えた。 ベロクロンは、ヤプールが最初に作り出した超獣。 ウルトラマンエースを苦しめ、そして自身も苦戦を強いられた強敵。 そんな相手が現れた原因は、一つしかない……ヤプールはこの世界で復活を果した。 何故、こんな急速に復活したかは分からないが……考えるのは、問題を全て片付けてから。 皆が事態に対応すべく、動こうとする……が。 その瞬間、まさかの事態が起こった。 「……今だ、引くぞ!!」 「なっ!?」 全員の動きが止まった一瞬の隙を突き、ヴォルケンリッターが動いたのだ。 今ならば、結界を破壊できる……ヴィータはグラーフアイゼンのカートリッジをロードする。 そして、グラーフアイゼンを巨大な破壊槌―――ギガントフォームへと変形させた。 この状態ならば、たとえ堅固なこの魔力結界でも……十分に破壊できる。 ヴィータは全力で、グラーフアイゼンを結界に叩きつけた。 「しまった……!!」 「ぶち抜けぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」 結界に、大きな風穴が開く。 そしてその瞬間、ヴォルケンリッターが急速離脱を開始した。 突如として現れた怪獣の正体は、気にならないといえば嘘になる。 だが、今はここから抜け出ることが最優先事項である。 それに……なのは達は強い。 きっとこの程度の敵は退けられるだろうから、大丈夫だ。 そう思ったが故の行動であったが……一人、ダイナだけは脱出を渋っていた。 「ダイナ、おい!!」 「あいつ、一体何を考えている……?」 「……メビウス。」 「ダイナ……?」 「……ごめん!!」 「!!」 ダイナは、たった一言メビウスに告げ、そしてようやく撤退を開始した。 彼の一言の謝罪が、その心情の全てを物語っていた。 ダイナはウルトラマンとして、凶悪な怪獣や侵略者達を相手に戦い続けてきた。 それこそが、ウルトラマンである自分に出来る事であると信じての行動だった。 そんな彼にとって、ベロクロンを置いて撤退するというのは、苦渋の選択だったのだ。 ダイナは悩んだ末に、自分の仲間達を取った。 メビウス達を信じるしかない……そう割り切って、ダイナは空へと消えていった。 「ダイナ……分かった。 皆さん、破れた部分の結界を急いで塞いでください!! ベロクロンを、絶対に外に出したら駄目です!!」 ダイナが何故戦っているのかは分からない。 だが、彼には邪ではない目的があることだけは、間違いない。 この決断も、苦渋だったに違いないだろう。 ならば同じウルトラマンとして、必ずベロクロンを倒すまでである。 ベロクロンを外へ出さないようにと、職員達が結界を塞いだ。 それと同時に……ベロクロンが動いた。 全身の突起が、勢い強く発射される。 ミサイル超獣の由来は、この突起―――全身に装備されたミサイルにある。 標的は、この場にいるベロクロン以外の全て。 「うわぁっ!?」 「ちょっと、何て数撃ってきてるのさ!!」 放たれたミサイルの数は、百は超えているであろう数。 その上、ベロクロンの突起は次々に再生していっている。 早い話が、敵の弾数は無限―――撃ち放題だ。 なのは達は、スピードを上げてミサイルを回避しにかかる。 だが……厄介なことに、ミサイルはホーミング式だったのだ。 「振り切れない……!?」 ぴったりと、ミサイルは逃げるなのは達を追尾してくる。 強引に振り切ろうと、なのは達は曲芸飛行と見紛う様な軌道を描きながら空を飛んだ。 だが、ミサイルも全く同じ軌道を取ってくる……振り切れない。 こうなれば、とる手段は一つ……迎撃しかない。 なのはとフェイトは、お互いに頷き合い、カートリッジをロードさせた。 新たな力を得た今のデバイスならば、かなりの数を落とせる。 「アクセルシューター!!」 『Accel Shooter』 「フォトンランサー!!」 『Photon Lancer』 「シュートッ!!」 「ファイアッ!!」 二人は、後方へと振り向き様に魔力弾を一斉発射。 襲い掛かるミサイルの群れを、一気に爆破しにかかった。 結果は重畳……ミサイルは次々に爆発の連鎖を起こし、打ち落とされていく。 流石に全てとはいかないが、かなりの数をこれで撃墜できた。 残るミサイルは、距離を離した後に再度迎撃しよう。 そう思い、二人がスピードを上げようとする……が。 「ギャオオオォォォォォッ!!」 「えっ!?」 ベロクロン本体が、ここで仕掛けてきてしまった。 口を開き、勢いよく火炎を放射してきたのだ。 とっさに二人は障壁を展開、火炎を防ぎにかかる。 だが……無情にもミサイルの嵐は、彼女達の無防備な背後へと迫ってきていた。 二人がそれに気付いたのは、既にミサイルとの距離が後僅かとなっていた時だった。 「なのは、フェイト!!」 「くそ、この距離じゃ……!!」 ユーノ達はすぐさま援護に回ろうとするも、それは不可能だった。 ミサイルを引き離そうとして飛び交っていた内に、二人との距離を少し離しすぎていたからだ。 間に合わない……このままでは、確実にミサイルは直撃する。 二人の身長以上の大きさがあるミサイルを、それも何発も受ければ、バリアジャケットの防御も役を成さないだろう。 致命傷は確実……なのはとフェイトは、迫り来るミサイルを前に、思わず目を閉じてしまった。 だが……その瞬間だった。 「セヤァァァッ!!」 「え……!?」 「ミライさん……!!」 突如として、二人の目の前に眩い閃光が走った。 そして、その光が晴れた時……そこには、メビウスディフェンサークルを展開したメビウスがいた。 ギリギリ、二人の援護に入る事が出来た……迫り来るミサイルを全て、メビウスはバリアで受け止めた。 間に合わないと誰もが思った中、何故メビウスはそれが出来たのか。 その理由は一つ……彼が思わぬ手段で、一気に間合いを詰めてきたから。 その手段とは、、ウルトラマンの本来のサイズ―――眼前のベロクロンと同じ程の、巨大な体躯に戻る事。 巨大化する事により、一気に二人との距離を縮めたのだ。 怪獣相手ならば、態々人間サイズに合わせる必要は無い……全力で打ちのめすのみ。 メビウスはミサイルを全て受け止めきると、そのまま上空へと飛び上がる。 そして、体を回転させて一気に急降下。 ウルトラマンジャックが編み出した、必殺の蹴り技―――流星キック。 その強烈な一撃が、ベロクロンの眉間にもろに叩き込まれた。 ベロクロンはたまらず、怯んで攻撃を中断してしまう。 「ギャオオオォォォォッ!!」 「いける、これなら……!!」 先ほどまでは、敵の余りの大きさに圧倒され気味だった。 だが、ミライが巨大化した今……そんな不安は、全て掻き消えた。 一気に反撃に出るべく、皆が行動に移る。 まず、まだミサイルにつけられているクロノ達が動いた。 敵の動きが一瞬でも止まってくれたのなら、十分に効果を発揮できる攻撃手段がある。 かなりの荒業ではあるが……これが、最もベストな手段。 「よしっ……さぁこい!!」 「ほらほら、こっちだよ!!」 三人は一気にスピードを上げ、ベロクロンの背後左右から迫った。 ミサイルも当然ながら、それをピッタリとつけてくる。 メビウス達はそれを見て、すぐにその狙いを察した。 そして、三人とベロクロンとの距離がギリギリまで詰まった時……クロノの合図で、全員が動いた。 「今だ!!」 三人が上空へと急上昇する。 ミサイルは、勿論それを追尾しようとする……が。 三人と全く同じ軌道を取っていたのが、ここで仇になった。 彼等とミサイルとでは、大きさが違う。 スレスレでベロクロンを回避する事は出来ず……ミサイルは全て、ベロクロンにぶち当たった。 「グギャアアァァァァァァッ!!??」 「やった!!」 「攻撃の手を緩めるな、一気に攻めるぞ!!」 全身から黒煙を噴出しながら、ベロクロンが悲鳴を上げる。 敵が弱った今、ここで一気に攻めに出る。 メビウスは勢いよく前へと踏み込み、ベロクロンに殴りかかった。 だが、ベロクロンとてここで倒れるほど弱くは無い。 メビウスの拳を受け止めると、ベロクロンは大きく口を開いた。 火炎放射の他にもう一つ、ベロクロンには口から放つ武器がある。 それは、全身の突起よりも更に巨大なミサイルだった。 「セヤッ!?」 メビウスはとっさに腕を振り払い、拳を自由にする。 だが、この距離ではかわせない。 確実に命中してしまう……そう思われた、その矢先の事だった。 今度は先程とは逆……なのはとフェイトが、メビウスを助けに入った。 二人はカートリッジをロードし、より堅固な障壁を同時に展開した。 『Protection Powered』 『Defensor Plus』 「バリア……!!」 「バーストォッ!!」 攻撃を受け止めると同時に、二人は魔力を込めて障壁を爆破した。 その狙いは、障壁の爆破による攻撃の相殺。 そして、その余波を相手にぶつける事。 ベロクロンは爆風と衝撃に煽られ、倒れこみそうになる。 だが、流石になのは達の何十倍という巨体は、そう簡単には倒れるものではなかった。 しかし……そこへと、思わぬ追撃が迫った。 「だったら……これでどうだぁっ!!」 ゴシャァッ!! 「グギャアァッ!?」 ベロクロンの顔面に、巨大な鉄槌が叩きつけられた。 その正体は、先程ダイナがメビウスに投げつけた残骸―――高層ビルである。 この攻撃を放ったのは、ユーノだった。 彼は、チェーンバインドでビルの残骸を縛り……そのまま持ち上げて、ベロクロンに叩きつけたのだ。 とてつもない荒業ではあるが、効果は絶大だった。 ベロクロンは流石に耐え切れなくなり、地面に倒れ伏せる。 「ユーノ君、ナイス!!」 「しかし、かなり荒っぽいやり方だな……」 「あのヴィータって子のデバイスを見て、思いついたんだ。 ハンマー投げの要領で、こういう風に出来ないかなって。」 初めて試してみた攻撃ではあったが、中々うまくいってくれた。 倒れこんだベロクロンは、なのは達を力強く睨みつける。 そして、肩のミサイルを一斉放射しようとした……が。 それを直感的に察したクロノとアルフが、先に動いていた。 バインドの同時発動。 光の鎖がベロクロンの全身を拘束し、身動きをとれなくした。 ミサイルを使えなくなるという予想外の事態に対し、ベロクロンが唸りをあげた。 今こそが、ベロクロンを撃破する最大のチャンス。 「皆、今だ!!」 メビウスが、一斉攻撃の合図をかけた。 レイジングハートとバルディッシュに、カートリッジがロードされる。 S2Uの先端から、魔力が溢れ出す。 メビウスが右手をメビウスブレスに添え、大きく腕を開きその力を解放する。 それとほぼ同時に、ベロクロンは拘束を力ずくでぶち破った。 だが……時は既に遅し。 攻撃の準備は、完了している。 「ハァァァァァァァッ!!」 「ディバイィィン……!!」 「プラズマ……!!」 「ブレイズ……!!」 「セヤアアァァァァァァッ!!」 「バスタァァァァァァッ!!」 「ブレイカァァァッ!!」 「カノンッ!!」 メビュームシュート・ディバインバスター・プラズマブレイカー・ブレイズカノン。 莫大な量の魔力と光線が、一斉にベロクロンへと放たれた。 一発一発だけでも、必殺技と呼ぶに相応しい破壊力を持ち合わせている攻撃。 そんな代物を、四つも同時にときた。 当然……防御魔法もバリアも持っていないベロクロンに、耐え切られるわけが無い。 「グオオオォォォォォンッ!!??」 ドグオォォォォォンッ!! ベロクロンは、見事に爆発四散した。 破片すら残さずの、完全消滅。 その様子を見て、なのは達はようやくため息をつけた。 ヴォルケンリッター達との戦いから、ベロクロンへの連戦。 流石に体力的に厳しいものがあったが、とにかく勝つことは出来た。 ここでメビウスも、人間サイズへと体の大きさを変える。 『皆、お疲れ様。』 「けど……素直に、喜べる結果じゃないな。」 「……ヤプール……」 シャマルを助けに現れた、仮面の男。 空を割って現れた、ヤプールの超獣。 今回の戦いは、事件を更なる混沌へと誘ってくれた。 単に、闇の書の守護騎士達を捕まえるだけでは片付けられない……そんな状況になってしまったようである。 『兎に角、皆一度戻ってきて。 話はそれからにしましょう。』 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「はやてちゃん……本当に、ごめんなさい……!!」 『ええって、気にせんで。 すずかちゃんとふたりで鍋はちょう寂しかったし、すずかちゃんが誘ってくれて……』 その頃。 八神家では、一同が暗い面持ちをしていた。 その理由は、はやてに寂しい思いをさせてしまったこと。 今日は、すずかが家へと遊びに来る筈の日だったのだ。 だが、皆の不在の為にそれが叶わなくなってしまった。 もっともはやては、すずかの家にお邪魔させてもらったので、あまり寂しい思いはしていないようではあるが…… 「はい、じゃあヴィータちゃんに代わりますね。」 「……はやて、もしもし……?」 「……寂しい思いを、させてしまったな。」 「うん……」 守護騎士として、主であるはやてに何とお詫びしたらいいだろうか。 主に対する責任感から、そんな思いをヴォルケンリッター達は抱えていた。 ただ、一人だけ―――アスカだけは、それにプラスアルファの要素を抱えてしまっていた。 あの状況では、仕方なかったとはいえ……ウルトラマンである自分が、怪獣を野放しにしてしまった。 その事実に対する申し訳なさが、彼にはあったのだ。 シャマルによると、あの後すぐに怪獣はメビウス達が撃破したようではあるから、それだけが救いだったが…… 「……アスカ、すまないな。」 「いや……謝らなくていいよ。 気にしてないって言えば、嘘になるけど……俺は、はやてちゃんや皆の為に戦うって決めたんだしな。」 後ろ向きに考えていても仕方ない。 あの場でああしなければ、今度は大切な者達が危機に晒されてしまっていた。 それに……自分はあの時、メビウスならばきっと怪獣を倒してくれると、そう信じて行動したのだ。 アスカは頭を振り、ネガティブな気持ちを振り払う。 過ぎた事を悔やんでいても、何も始まらない……大切なのは、これからだ。 「しかし、あの巨大生物……一体何なんだ?」 「メビウスは、何か知っていたみたいだけど……俺はあんな怪獣、見たこと無いぞ。」 アスカは、スーパーGUTSの隊員として、そしてウルトラマンとして多くの怪獣を見てきた。 だが、ベロクロンは見た事の無いタイプの相手だった。 空を割って現れるなんて、これまでに前例が無い。 異次元からの侵略者……そう考えるのが、自然だろうか。 「あの生物……確か、シャマルを助けた仮面の男が現れてすぐに出現したな。 まさか、あの男が呼び寄せたというのか?」 「ううん、それは無いと思うわ。 あの仮面の男は、私に闇の書の呪文を使うように言ってきた。 あんな生物を呼び出せるのなら、そんな真似しなくたって皆を助けられたんだし……」 「確かにそうだな……両者に関係はないと見るべきか。 あの仮面の男に関しては、どう思う?」 「何者かは分からないわ……少なくとも、当面の敵ではないと思うけど……」 「……今回の一件で、恐らく管理局も本腰を入れてくるだろう。 我々も、あまり時間が無い……」 「ああ……一刻も早く、主はやてを闇の書の真の所有者に……」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「カートリッジシステムは扱いが難しいの。 本来なら、その子達みたいに繊細なインテリジェントデバイスに組み込むような物じゃないんだけどね…… 本体破損の危険も大きいし、危ないって言ったんだけど、その子たちがどうしてもって…… よっぽど悔しかったんだね、自分がご主人様を守ってあげられなかったこととか……信頼に応えきれなかった事が。」 「ありがとう……レイジングハート。」 「バルディッシュ……」 数分後。 ハラオウン家に戻ったなのはとフェイトは、デバイスについての簡単な説明をまずは受けていた。 今回の戦いは、二機のパワーアップがあったからこそ乗り越える事が出来た。 これでやっと、互角にヴォルケンリッターと戦うことが出来る。 二人は自分達のデバイスへと、心から礼をした。 「モードはそれぞれ3つづつ。 レイジングハートは中距離射撃のアクセルと、砲撃のバスター、フルドライブのエクセリオンモード。 バルディッシュは汎用のアサルト、鎌のハーケン、フルドライブはザンバーフォーム。 破損の危険があるから、フルドライブモードはなるべく使わないようにね。 特に、なのはちゃんの方は。 かなりの負担になるから、フレーム強化をするまでは絶対にエクセリオンモードは、使わないでね?」 「はい。」 「……今、片付けるべき問題は二つね。 一つは勿論闇の書だけど、もう一つ……」 「ヤプールが、この世界にいた……それも、こんなに早く復活するなんて。」 最も恐れていた、最悪の事態が実現してしまった。 あの時……確かにヤプールは、メビウスと共に次元の割れ目へと落ち込んだ。 それも、瀕死の重傷を負った身で……ヤプールの消滅は確実だった。 しかし……ヤプールは、この世界に降り立ってしまった。 そして驚異的な速さで復活を果たし、自分達の目前へとベロクロンを出現させてきた。 「……僕の所為です。 ヤプールは、僕と一緒にこの世界に……!!」 「そんな、ミライさんの責任じゃないわ。 ミライさんが来たのは、全くの偶然だし……!!」 「それにミライ君は、そのヤプールを倒そうとしてたんでしょ? だったら、そんな風に気にしなくても……それに、復活したならまた倒せばいいじゃない。」 「確かにその通りだな。 ヤプールが、ミライさんが言うとおりの悪魔だというなら……何をしでかすか分かったもんじゃない。」 「ヤプールの目的……そういえば、何であんなタイミングで……超獣、だっけ? あんなのが出現したのさ?」 「それなんだよね……」 何故、あのタイミングでヤプールが仕掛けてきたのか。 単純な侵略が目的だというのなら、普通に街中でベロクロンを出現させればよかった筈。 それを態々、結界の内部で出現させた理由がいまいち分からないのだ。 可能性としてありえるのは、二つ。 一つ目は、ミライとダイナ―――ウルトラマンの撃破が狙いだった事。 ヤプールからすれば、ウルトラマンは憎むべき敵……この可能性は、十分考えられる。 実際問題、ヤプールはこれまでに何度も、ウルトラマンの撃破に的を絞って仕掛けてきた事があった。 エースキラーやメビウスキラーが、その最もたる例である。 だが……二つ目の可能性の事を考えると、どうもこの可能性がありえるかどうかが分からなくなってしまう。 それだけ、もう一つの要素―――ヤプールの狙いが闇の書であるという可能性が、強すぎるからだ。 闇の書の圧倒的過ぎる力を、ヤプールが狙っているというのは、十分にありえる。 「でも、だったらヤプールがどうして闇の書の事を知っているんですか?」 「ヤプールは、強い邪悪な力の存在を感じ取るのが得意だからね。 闇の書の詳しい事は分からなくても、漠然と、強い力だって事は感じ取れたんだと思うよ。」 「もしかして……クロノ君の前に現れた仮面の人が……?」 「いや、それは無いと思う。 もしもあの仮面の男がヤプールなら、闇の書の呪文を使えなんて言う必要がない。 ……謎が増える形になってしまうけど、仮面の男はヤプールとはまた別の相手だと思うんだ。」 「……闇の書の主が、ヤプールって可能性は?」 「それは私も考えていたわ。 でも、それだと少し妙なのよね……」 「妙?」 「まずは、ウルトラマンダイナだ。 ミライさんと同じウルトラマンなら、そんな悪魔に加担するなんて考えられないよ。」 「僕もそう思います。 さっきだって、ダイナは僕にすまないって言ったし……」 「それに、何よりも守護騎士達の事だ。 彼等はまるで、自分の意思で闇の書の完成を目指しているようにも感じるんだ……」 「え、それって何かおかしいの? 闇の書ってのも、要はジュエルシードみたく、力が欲しい人が集めるもんなんでしょ? だったら、その力が欲しい人のために、あの子達が頑張るってのもおかしくないと思うんだけど。」 「……それが、そうでもないんだよね。」 闇の書の主がヤプールなのかもしれない。 この可能性は、ダイナが加担している時点で既に希薄である。 そして、それに駄目押しをかけるのが守護騎士達の存在。 彼等の性質を考えると、ヤプールが主の場合……どうにもおかしな点が出てきてしまうのである。 「第一に闇の書の力はジュエルシードみたいに自由な制御の効く物じゃないんだ。」 「完成前も完成後も、純粋な破壊にしか使えない。 少なくともそれ以外に使われたという記録は一度もないわ。 ……ここまでは、ヤプールの目的と一致してなくも無いんだけど……」 「問題なのは、闇の書の守護者の性質だ。 彼らは人間でも使い魔でもない。」 「え……?」 「人間でも、使い魔でもない……?」 「彼等は、闇の書に合わせて魔法技術で作られた疑似人格。 主の命令を受けて行動する……ただそれだけのためのプログラムに過ぎないはずなんだ……」 人間でも使い魔でも無い、魔法技術で生み出された存在。 その言葉を聞き、フェイトは己自身の事を考えてしまった。 彼等守護騎士達は、まさか…… 「私と同じような……?」 「違うわ!!」 「!!」 フェイトの呟きを、リンディは真っ向から否定した。 彼女は確かに、人とは違う生まれ方をした存在。 プロジェクトFによって生み出された、クローン人間である。 だが……それでも、生まれ方が少し違うだけで、立派なフェイトという人間なのだ。 「……フェイトさん、貴方は普通の人間よ。 間違っても、そんなこと言わないでね……」 「はい……ごめんなさい。」 「あ、あの……じゃあ、もしかして僕の様な存在ってことですか? 人間の姿を借りた、ウルトラマンみたいな……」 「いや、ウルトラマンとはまた別の存在だよ。 闇の書の守護者は、闇の書の防衛プログラムが実体化して、人の形を取ったものなんだ。」 エイミィがモニターに、ヴォルケンリッター達に関する詳細を映し出した。 今回の魔道師襲撃事件に加え、過去の闇の書事件に関するデータ。 今現在で分かっている情報全てが、モニターに映し出されている。 それの必要な部位を見ながら、クロノが説明を続けていく。 「守護騎士達には、意思疎通のための会話能力があるのは、これまでの事件でも確認できている。 だが……彼等に感情が表れたっていう例は、一度も無いんだ。」 「魔力の蒐集と主の護衛、それだけが彼等の役目の筈なんだけど……」 「でも、ヴィータちゃんは怒ったり悲しんだりしてたし……」 「シグナムからも、確かに人格を感じました。 仲間や主の為にって……」 「主の為に……あ!!」 ミライはここで、クロノ達が何を言いたいかを悟った。 もしも主がヤプールの場合、彼等の行動はありえないのだ。 人格や感情が形成される筈が無い……ヤプールにとって、そんなものは不要な代物だ。 ただ、自分の思い通りの手駒であればそれでいい筈。 仕えている途中で、何らかの理由で形成されたとしても……ヤプールなら、それを平気で潰すだろう。 それに何より、あの悪魔の為に自分達の意思で蒐集を目指すなんて……そんな馬鹿な話、ある訳が無い。 「……つまりヤプールは、闇の書の横取りを狙ってるって事かな?」 「まあ、現状ではその可能性が濃厚なんだけど……まだ断言は出来ないね。」 「詳しい事は、調査を進めてみなければ分からないか。 それにしても……闇の書自体についての情報が、やっぱり少なすぎるな。」 今は少しでも、闇の書に関する情報を集めるべきである。 その為に、クロノはここでユーノを頼る事にした。 スクライア一族である彼には、うってつけの仕事が一つあるからだ。 「ユーノ、明日から少し頼みたい事があるんだ。」 「いいけど……僕に?」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「じゃあ……アレの出現には、自分は関係ないと言うんだな?」 「ああ……ヤプール、だったか。 ウルトラマンに関しても、初耳だが……」 深夜。 日も完全に沈み、草木も眠る丑三つ時。 全く人気の無い路地裏で、仮面の男と黒尽くめの男が対峙していた。 仮面の男は、黒尽くめの男に対してかなりの不信感を抱いていた。 それもその筈……あのベロクロンの出現は、黒尽くめの男の仕業である可能性が高いからだ。 「なら、お前の言っていた切り札とか言う生物はどうなる?」 「ガディバは、私が生み出した魔道生物の一種だ。 アレは、敵に乗り移り操る事が目的の寄生獣……確かにその過程で、ガディバにある程度の力は蓄えられる。 だが、ガディバ単体には戦闘能力は無い……超獣なんぞとは、全く別の代物だ。」 「……お前が現れた時期と、ヒビノミライが現れた時期は、多少のズレがあるとはいえかなり近い。 お前がもしもヤプールだというのなら、辻褄が合うぞ?」 「ならば、私がお前に何故あのデバイスを渡せた?」 「……」 仮面の男は、黒尽くめの男がヤプールなのではないかと疑っていた。 しかし、黒尽くめの男はそれを断固として否定している。 実際、否定出来るだけの証拠が黒尽くめの男にはあった。 それは、彼がデバイスを手渡した事。 黒尽くめの男は、デバイスに関する知識を持ち、そして作り上げるだけの技術があるということだ。 この世界に来て間もない筈のヤプールに、それが出来るとは到底思えない。 超獣という未知の兵器を生み出せるだけの技術力があるとはいえ、デバイスとそれとは全くの別物だ。 やはり、単なる偶然の一致に過ぎないか。 仮面の男は、しばし考えた後……謝罪の言葉を口にした。 「すまないな……少し、考えすぎていたようだ。」 「そうか……まあ、気にしないでくれ。 確かに、私をヤプールだと判断してもおかしくはない状況だったしな。」 「……じゃあ、私は戻るとしよう。 また何かあったら、連絡する。」 「ああ……」 仮面の男が、その場から姿を消した。 その後……黒尽くめの男は、微笑を浮かべる。 それは、明らかな嘲笑。 ものの見事に口車に乗ってくれた、仮面の男に対する嘲りの笑みだった。 「くくく……馬鹿な奴等だ。」 仮面の男の推測には、実は穴があった。 ヤプールがデバイスを作り上げられる理由が、一つだけ存在しているからだ。 それは……ヤプールが、前々からその存在を知っているという可能性。 魔法の力を、黒尽くめの男―――ヤプールが既に知っているという事だった。 「闇の書の力……ようやく我が手に収められる時が来たのだ。 光の一族を抹殺し、地球をこの手にする時が……何者にも、邪魔はさせん。 そう……何者にもな……!!」 戻る 目次へ 次へ
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新暦71年4月29日、この日、ミッド臨海空港が炎に包まれた。 それは初めは小さな火だったが、すぐに建物全てに燃え広がる業火と化した。 炎は逃げ遅れた人々を遠慮なく焼き、その命をデスの下へとへと引きずり込む。 この青い髪の少女『スバル・ナカジマ』もまた、その炎に包まれた空港の中にいた。 「お父さん……お姉ちゃん……」 スバルは泣いていた。 父を求め、姉を探し、既に火の海と化している空港内を彷徨いながら、ただ泣いていた。 死の恐怖や孤独、もちろんそれも泣いている理由には含まれるが、他にももう一つ理由がある。 先程炎の中で一瞬だけ見えた、炎を纏った人型の巨大な何か。それが辺りに火をつけながら移動するのを確かに見た。 おそらくあれが、ミッドチルダで最近確認され始めた異形……モンスターなのだろう。 モンスター達が多くの人々を殺す。その事実がスバルが泣くのに拍車をかけている。 自分も殺されるのだろうか? 瓦礫の爆発がスバルを吹き飛ばしたのは、ちょうどそんな事を考えていた時であった。 爆風は子供を吹き飛ばすには十分すぎるほどの威力。その爆発によって、スバルは天使像の正面まで吹き飛ばされた。 「痛いよ……熱いよ……こんなのやだよ……帰りたいよぉ……」 スバルはただ、泣いていた。 光がやみ、次にグレイが見たものは辺りを焼き払う炎。 彼は辺りを見回し、落ち着いて自分の今置かれている状況を確認する。 まず理解したのは、ここが建物の中だということ。広さはミルザブールの街にあった城と大体同程度だろうか。 次に理解したのは、どうやら今は何らかの理由で火事になっているということ。 真っ先にイスマス城での事件を思い出すが、あれはモンスター軍団の襲撃によるもの。これとはおそらく無関係だ。 続いて装備を確認。自分が使っていたディステニィストーン『邪のオブシダン』と『水のアクアマリン』がなくなっていた以外は万全の状態だ。 そして最も重要なこと……一緒に来たはずの仲間が周りにいないということを理解。 転移の時に事故でも起こって散り散りになったのか、それともグレイから見えないだけで近くにいるのか。今はそれを確認できる状況ではない。 「……全く、エロールもふざけた事をしてくれる」 とにかく出口を探すべく、すっかり手に馴染んだ古刀を手に歩き出した。 Event No.01『ミッド臨海空港』 ピシィッ。 天使像の根元にヒビが入る。それも不幸なことに傾いている方向は正面……すなわち、スバルのいる方向だ。 だが、当のスバルはそれに一切気付かない。今もこの場で泣き続けている。 「助けて……誰か、助けて!」 ここにはいない誰かへと助けを求めるが、それを聞き届けられる者は誰もいない。 さらに悪いことに、それを嘲笑うかのようにヒビが像の表面へと面積を広げていく。そして―――――ビキィッ。 スバルが音に気付き、後ろを見る。そしてその目に自分への直撃コースで倒れてくる像を見た。 自分の死が確実になっていると本能で理解し、とっさに目をつぶってうずくまる。そんな事をしても何にもならないと分かっているのに。 そして、その像はスバルを―――― 【レストリクトロック】 ――――押し潰さなかった。 「よかった、間に合った……助けに来たよ」 いくつもの光の輪が、倒れこむ天使像を縛り上げて落下運動を封じる。 その後ろ上方には、白い服に身を包んだツインテールの女性……『高町なのは』の姿。彼女の使った魔法が像を止めたのである。 そしてなのははスバルの所まで下りていくと、優しく笑ってスバルを安心させる。 「よく頑張ったね、えらいよ」 死を覚悟したときに来てくれた助け。それはスバルの緊張の糸を切り、再び泣かせるのには十分だった。 但し、今度の涙は先程までのものとは全く違い、恐怖ではなく安堵で流したものだが。 「もう大丈夫だからね……安全な場所まで、一直線だから!」 『上方の安全を確認』 防御魔法『プロテクション・パワード』で護られたスバルを背に、なのはが愛杖『レイジングハート』を構える。 レイジングハートが上空を確認。彼女(AIが女性の人格なので、彼女としておこう)が言うには、上は安全。 それはつまり――――思い切りブチ抜いても問題は無い、という事だ。 「レイジングハート、一撃で地上まで撃ち抜くよ!」 『All light. ファイアリングロック、解……』 空港の天井をブチ抜くべく、デバイスの制限であるファイアリングロックを解除しようとする。 だが、その寸前にレイジングハートが何かの反応を検知。一瞬の後にはその正体を理解し、なのはに報告していた。 『マスター、人間とモンスターの反応を確認しました』 「え!? レイジングハート、数と方向は?」 『数はそれぞれ一つずつ。うち一つはあの少女のいる方向から接近していまs「グオオオォォォォォォ!!」 レイジングハートがそれを言い終える頃には、既にそのモンスターが近くまで来ていた。 魔族系モンスターの中でも高位に位置する炎の魔人『イフリート』。それがそのモンスターの名だ。スバルが見たモンスターというのもこいつである。 「あ、ああ……」 スバルの顔に恐怖が蘇り、へたり込む。 だが、そんな事など知らぬとばかりにイフリートが拳を振り上げた。 【ヒートスウィング】 拳を思い切り横に振り抜き、炎を纏った拳撃を放つイフリート。それを見たスバルは反射的に目をつぶる。 だが、どうやら今日のスバルは「潰されそうになるが潰されない」というパターンに縁があるらしい。 あらかじめなのはが張っていたプロテクション・パワードがスバルを護る。いくらイフリートの攻撃でも、さすがに一発や二発では壊れはしない。 「グルルルゥゥゥ……」 防がれたことを本能で理解するイフリート。どうやらかなり苛立っているようだ。 だが、執念深いモンスターはその程度では諦めない。再び拳を振り上げる。 どうやら一度で駄目なら壊れるまで叩くつもりのようだ。 そして再び―先程までは気付かなかったが、斬撃の痕がついた―拳を振り下ろした。 「させない! アクセルシューター……」 それを視認したなのはが、すぐさま自身の周囲に光弾を形成。その数、およそ十。 目標、スバルへとヒートスウィングを繰り出そうとするイフリート。光弾の発射準備完了。 「シューーーート!」 そして、一斉発射。 その光弾は狙い過たず(外れていたとしても遠隔操作できるが)イフリートへと接近し、そして―――― 【アクセルシューター】 【強撃】 まるで示し合わせたかのようなタイミングで、なのはの魔法ともう一つの反応の主……グレイの斬撃が決まった。 時間は少し遡る。 グレイはこの世界に着いてから、ずっと空港からの出口を探していた……が、一向に見つからない。 まあ、彼はここの構造を知らない上に、出口に繋がっているであろう道も炎や瓦礫で閉ざされているのだから当然ではあるのだが。 おまけにマルディアスにいた炎関連のモンスターまで襲い掛かってくるのだから、そのせいでさらに時間が浪費される。 ……と、またモンスターが近寄ってきた。外見からしておそらくはイフリート。だとすればかなり厄介な相手である。 幸い、以前戦った時にイフリートは聴覚で相手を探しているということを知ったので、やりすごすのは楽だ。一対一でこんなものの相手をするのはかなり骨である。 息を殺し、身を潜め、イフリートが通り過ぎるのを待つ。そしてイフリートが通り過ぎ……る前に、あるものを発見。 グレイがその目に捉えたのは、泣きじゃくるスバルの姿。悪いことにイフリートの進行方向にいる。 彼は必要とあらば人殺しすら厭わない性格だが、さすがに目の前で子供が襲われるのを見過ごすほどの冷血漢ではない。 【光の腕】 だからこそ、刀からの光線をイフリートめがけて放った。 それは見事に直撃し、さらに着弾箇所がパァンと起爆。イフリートを怯ませる。 この行動は、スバルが助かったという意味では吉だったが、グレイにとってはおそらく凶。今のでイフリートに気付かれてしまった。 戦闘開始である。 【払い抜け】 先手を取ったのはグレイ。刀を構え、素早く横をすり抜けるように斬りつける。 そしてその勢いに乗ったまますぐに離脱。何せ相手がどれ程の怪力かは身をもって知っているのだ。喰らったら到底ただでは済まない。 ふと、熱と焦げ臭いにおいを感知。発生源である右腕を見ると、火がついていた。 「ちっ……なるほど、セルフバーニングか」 火を消しながら、この火の原因を理解する。そういえばイフリートは常時火の防御術である炎のバリア『セルフバーニング』を張っていた。 幸い火のダメージも、皮膚の表面が少し焼けただけで大したことはない。 いずれにせよ、下手に近付けばセルフバーニングで焼かれる。ならば離れて光の腕などで攻撃すべきか? そう考えていると、いつの間にかグレイの体が宙に浮いていた。そのままイフリートの正面へと引き付けられる。 (まずい……!) グレイは何度かこの技を見ていたし、受けたこともあったからその正体を知っている。 この技は高位の大型魔族が扱う大技『コラプトスマッシュ』。簡単に言えば目の前まで相手を浮かせ、ラッシュを叩き込むという技だ。 だからこそ、すぐに離れようとするが体が動かない。どうやら念力か何かで引き寄せているようだ。 【コラプトスマッシュ】 ズドドドドドドドドドォン! グレイの体にイフリートからのラッシュが入る。一発だけでも相当の威力があると音で分かるような打撃だ。並の人間なら軽く死ねるだろう。 そのままラッシュの勢いを殺さずにグレイを放り投げ、空港の床へと叩きつけた。その箇所を中心にしたクレーターの出来上がりである。 これで死んだだろうと思ったのか、イフリートがグレイへと背を向けてスバルの方へと歩いていった。 だが、イフリートは一つ大きな誤算をしていた。 「まだ、だ」 それは、グレイがこれで死ぬほどやわではないということ。 確かに普通ならこれで死んでいた。だが、グレイは長旅の間に大いに鍛えられていたのだ。それこそイフリートのような高位モンスターとも真っ向から戦える程に。 もっとも、これでダメージが少ないという訳ではない、というかむしろかなりのダメージを受けているのだが。 イフリートはそんなグレイに気付かず、スバルへと接近。そして咆哮。ヒートスウィングを繰り出すが、それはプロテクション・パワードで止められた。 一方のグレイは刀を杖代わりにして立ち上がり、再び構えてイフリートへと駆ける。 そして、イフリートが二発目のヒートスウィングを放とうとした時―――― 【アクセルシューター】 【強撃】 全くの偶然だが、なのはの攻撃と同時に強烈な一撃を見舞った。 「人……? レイジングハート、もしかして」 『先程キャッチした反応と一致。どうやら彼があの反応の主のようです』 なのはがグレイの姿を見て、先程のレイジングハートの報告を思い出す。そういえば人間とモンスターの反応が一つずつと言っていた。 すぐにその事を問うと、返ってきたのは肯定の意。どうやらもう一つの反応の主はグレイで間違いないらしい。 手に持っている刀と状況から察するに、おそらくイフリートの腕に斬り傷を付けたのも彼だろう。 そのような事を話している間にグレイがなのはに気付き、言葉を発する。 「あの子供とは別の人間だと……?」 グレイが知る限りでは、先程までなのはの姿は無かった。それなのにここにいる。 ならばスバル同様にここに迷い込んだか、もしくは何かの目的があってここに乗り込んできたか、である。 この火災を起こした張本人という可能性も一瞬考えたようだが、それを考え出すとキリがないのですぐに切り捨てた。 それに……今はそんな事を考えている場合ではない。なぜなら、 【ヘルファイア】 イフリートはこの二人の思考が終わるのを待つほど律儀な相手ではないのだから。 なのはとグレイ、この二人からの攻撃はイフリートをキレさせるには十分。怒りに任せて火炎弾を放った。 グレイはこうなることも予想していたのか、重傷の体にムチ打って回避する。 【プロテクション・パワード】 一方のなのはも、すぐさまプロテクション・パワードを展開。ヘルファイアを受け止めた。 このバリアはヒートスウィングでも受け止められる程の強度を持つ。ならば最下級クラスの攻撃術くらい、防げない道理は無い。 「魔法盾だと? イージス……いや、セルフバーニングか?」 それを見たグレイが驚く。このような術はマルディアスでは見たことが無い。 一瞬セルフバーニングや盾を作り出す土の防御術『イージスの盾』が頭に浮かぶが、どちらとも全く違う……ならばこの世界特有のものだろうか? いずれにせよ、こんな事を考えている場合ではない。それよりもイフリートをどうにかする方が先だ。 炎の中で炎の魔物を相手にする事ほどの下策は無い。外に放り出せば少しはマシになるだろう。 だが、グレイ一人では到底無理だ。今の満身創痍の状態はもとより、万全の状態でも厳しいだろう。 キレたイフリートの打撃を避けながら、どうやって放り出すかを考える。クリーンヒットを喰らうのと策を思いつくのでどちらが先かと思いながら。 【アクセルシューター】 「アクセルシューター、シュート!」 声とともに形成された五つの光弾が、イフリートの背に突き刺さる。声の主はなのはだ。 イフリートの出現により救助が遅れているので、いいかげんに何とかしないとここにいる二人も助けられないと思ったのだろうか。 そのままカートリッジをロードし、さらなる光弾を形成して立て続けに撃ち込む。何度も撃ち込めばさすがに参るはずだ。 ちなみに遠くからの攻撃なのでセルフバーニングの影響は無い。セルフバーニングで防げるのは炎のみなのである。 これらの攻撃は確かに効果はあった。だが、それは同時にイフリートの怒りを増幅させる。 次の瞬間、なのはの動きが止まった。その体勢のまま浮き上がり、イフリートの前へと引っ張られる。 これはもしかしなくてもコラプトスマッシュの予備動作。このままいけば徹底的にボコボコにされるだろう。 結果だけ言えば、なのははボコボコにはされなかった。 【かぶと割り】 初撃が打ち込まれる前に高く跳んだグレイが、そのまま頭をかち割るかのような一撃を見舞ったのだ。この体のどこにそんな力が残っているのだろうか。 さすがにこれには参ったのか、イフリートの束縛が外れる。その隙に距離を取った。 さらにその近くにグレイが着地し、なのはが礼を言うより前に問うた。 「おい、奴を遠くに吹き飛ばす術はあるか?」 「え……はい、それならいくつか持ってます(術……? 魔法のことかな?)」 術という聞き慣れない単語に首をかしげるも、おそらく魔法のことだろうと思って返事をする。 なのはの持つ魔法には『ディバインバスター』や『スターライトブレイカー』といった砲撃が存在する。これならばイフリート相手でも遠くへ吹き飛ばすくらいはできそうだ。 そしてその答えに満足したのか、グレイは先程思いついた策を話した。 「あの人達も、モンスターと戦ってくれてる……なのに、私は……ッ!」 スバルは未だ、泣いていた。但し、先程までの恐怖とも安堵とも違う理由で。 あの二人はあんな大物モンスターと戦っている。それも、なのはの方は間違いなく自分を助けるために。 それなのに自分は何も出来ない。それが悔しくて泣いているのだ。 もちろん、何の力も無い自分が行っても一撃でハンバーグにされるのは目に見えている。だが、それでもだ。 「もう嫌だよ、泣いてばかりなのも、何もできないのも……」 【腕力法】 気の補助術『腕力法』で腕力を高め、疾駆。後方ではなのはが杖の先端に魔力のチャージを始めている。 このまま斬りかかって来るかと思ったのか、イフリートが腕を横薙ぎに振るおうと構える。 が、その腕は結果的に空中を空振ることになった。 グレイが床に刀を突き立て、結果的にそれが軽いブレーキとなって減速。結果、そのままなら命中するはずだった腕はむなしく空を切った。 そして、それが大きな隙となってイフリートの命運を決めることとなった。 【天狗走り】 床から刀の切っ先が離れ、それが大きな反動を生む。 そして反動は巨大な運動エネルギーを生み、イフリートの体を直撃した。 エネルギーをその身で全て受け止めることになったイフリートは当然耐えられるはずもなく、空高く舞い上がった。 命中と同時に左腕が燃え上がるが、すぐに腕を振って鎮火する。 そして、その時こそがなのはの待っていた好機。すぐさまレイジングハートを空中のイフリートへと向け、そして叫んだ。 「ディバイィィィーーン…… 【ディバインバスター】 ……バスタァァァァァーーーーーー!!」 閃光。 レイジングハートの先端に集められた魔力が、光の砲撃となってイフリートへと飛ぶ。 砲撃はそのままイフリートを飲み込み、それだけでは飽き足らず天井をブチ抜く。 その結果、天井にはそのまま脱出路に使えそうな大穴が空いた。姿の見えないイフリートはおそらくそこから放り出されたのだろう。 一方の外……正確には空港付近の海面。 「グギャアアアアアアァァァァァァァ……」 海上へと浮かび、これから地獄に堕ちるような悲鳴を上げるイフリートがいた。 イフリートの体は大部分が炎でできている。それが大量の水でできている海に落ちたとすればどうなるか? 答えは簡単。今のイフリートのように体の炎が消え、そのままあの世へと逝く、である。 そうしてイフリートは消えていく体の炎とともに命も消した。 「こちら教導隊01、エントランスホール内の要救助者、女の子一名と男性一名を救助しました」 空港上空。なのはがグレイとスバルの二人を抱えて飛んでいる。ちなみにグレイの意識は無い。 コラプトスマッシュを喰らってボコボコにされ、さらにそこから無茶な戦闘。気の回復術『集気法』を使う間もなく気絶するのは無理もないだろう。 そして二人を抱えているなのはだが、その状態でも平気な顔をしている。一体どこにそんな体力があるのだろうか? 『ありがとうございます! でも、なのはさんにしては時間がかかりましたね』 相手の通信士がはずんだ声で答える。が、それと同時に疑問を返した。 救助に向かったのはエースオブエースとまで呼ばれる程の腕利きの魔導師。それにしては少し救助に時間がかかっている。 大方、要救助者がなかなか見つからなかったのだろうと思った通信士だが―――― 「……中にモンスターがいたんです。多分、かなり強力な」 ――――全く予想もしない形で返された。 『モンスター!? 何でそんなものが空港に……』 いくつかの疑問が浮かぶが、とりあえずそう聞き返す。 それに対し、なのはが返したのは沈黙。彼女にも理由などというものは分からない。 「……とにかく、西側の救護隊に引き渡した後、すぐに救助活動を続行しますね」 そう言うと、なのははすぐに救護隊の元へと飛んでいった。 戻る 目次へ 次へ
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第2話「再会は唐突になの」 「平行世界……ですか?」 「ええ、間違いないでしょうね。 あなたのいうGUYSという組織は、私達の知る地球にはありません。 それに、怪獣は兎も角、ウルトラマンについては聞いた事がないですし……」 それから、しばらく経った後。 フェイトは用事で席を外した為、ミライはリンディと一対一で話をしていた。 ちなみに話の最中に「誰がフェレットもどきだ」という怒鳴り声が別の部屋から聞こえてきたが、 リンディが「なんでもない」というので、二人とも気にしないことにした。 ミライは、自分の状況について――自分がウルトラマンであるという事実は隠して――全てを説明した。 そしてリンディは、自分達――時空管理局について、一切合財の説明をミライへとし終えた。 時空管理局とは、時空に存在する幾多もの並行世界を管理する事を目的としている組織。 次元の間を渡り歩き、それぞれの平行世界が干渉しあうような危険事態を避ける為に彼等は活動している組織である。 当然のことながら、ミライはただただ驚くしかなかった。 そんな組織が存在していたなどと、考えた事も無かったからだ。 だが、リンディが嘘を言っているようには見えない。 それに……自分が置かれていた状況を考えれば、寧ろ十分にありえる事である。 自分はあの時、兄達と共に異次元に生きる悪魔との激闘を繰り広げていた。 そして、その悪魔が倒れたことにより異次元は崩壊したが…… 異次元の崩壊に巻き込まれ、そしてどこか別の次元に出てきてしまった。 こう考えると、全ての辻褄が合う。 「分かりました……リンディさん、ありがとうございます。」 「……」 「……どうかしました?」 「いえ、やけにあっさりとこちらの話を受け入れてくれたものですから。 もうちょっと『信じられない』とか、そういう反応をするかと思ってましたので……」 「リンディさんが、嘘を言っているようには思えませんでしたから。 こうやって僕の事も助けてくれた、良い人ですしね。」 「あらあら……」 ミライが、こうもあっさりと自分達を信用してくれた事に、流石にリンディも驚かされていた。 普通は疑われてもおかしくない状況なだけに、ミライの反応が予想外だったからだ。 しかし、自分達を信じてもらえないよりかは断然良いに決まっている。 素直……いや、純粋と言うべきだろうか。 彼には、そんな感じの雰囲気があった……優しい人であると、直感的に感じさせる雰囲気があった。 「それでミライさん、これからの事なんですけど…… ミライさんがいた世界が見つかるまで、時空管理局であなたを保護したいと思います。」 「え……いいんですか?」 「山ほどある次元世界の中から、ミライさんの世界を見つけ出すのには時間がかかるでしょうから。 それまでの間、どうぞゆっくりしていってください。」 「リンディさん……ありがとうございます!!」 「ああ、そんなに頭を下げないで。 これも私達の仕事なんですし……」 深く頭を下げるミライを見て、リンディは少しばかり苦笑する。 この人は、本当に純粋で優しい人なのだと。 その後リンディは、ミライが寝泊りする部屋を用意しなければと、医務室を発とうとする。 ミライもその後に続こうとするが、リンディに「大事を取って楽にしておいたほうがいい」と 言われたので、体も少しばかり重たいし、ここはその言葉に甘える事にした。 その後、ミライは横になると、あっという間に眠りについた。 「艦長……ちょっといいですか?」 「あら、先生にエイミィ。 一体、どうしたんです?」 一方、医務室を出たリンディはというと。 医務室に戻ってきた船医と、この艦の管制官であるエイミィと、出てすぐの廊下で出くわした。 見たところ、二人とも表情が険しい……何かがあったのは、容易に推測できる。 リンディはそれを察し、黙って首を縦に振った。 それを見て、船医は自分の持っていたカルテ……先ほど書いた、ミライのカルテを彼女へと手渡す。 その内容を見て、リンディも彼等同様に表情を変え、言葉を失った。 カルテに記されていたのは……通常では、絶対にありえない内容だったからだ。 「これ……どういうことなんですか?」 「それは私の台詞ですよ。 普通の人間じゃ、こんな数値が出るなんてありえません。 何とか治療こそ出来たからいいですけど、こんなの……今までに前例がないです」 「……ミライさんは、人間じゃないかもしれないってこと? 確かに話してる限りじゃ、どこか普通の人とは違う感じがしてたけど……」 カルテに記された、ミライの体調に関する数値。 体温・脈拍・血圧……その全てが、通常の人間ではありえない数値を示していたのだ。 もしもこんな数値を常人が記録しようものなら、確実に死んでいる。 つまり、早い話がミライは人間じゃない可能性があるという事なのだ。 しかし……使い魔の類ではなさそうだし、ましてや傀儡兵などの筈がない。 一体、彼は何もなのだろうか。 リンディは、ミライの正体について考え込むが……その謎に関して、ここでエイミィが口を開いた。 「艦長、その事なんですが……これ、見てもらってもいいですか?」 「エイミィ、これは?」 「さっき先生に頼まれて、彼……ミライ君が眠っている間に、こっそり調べてみたんですが…… ミライ君の体内から、ロストロギアらしきものの反応が検出されたんです。」 「ロストロギアが……!?」 エイミィが手渡したのは、ミライから検出された謎の反応――ロストロギアらしき反応について、纏めた物であった。 船医は診断中、ミライの体から妙なエネルギーを感知した為、エイミィにそれについての調査を依頼していた。 その結果……ミライの体内――その『左腕』から、ロストロギアらしき何かの反応が検出されたのだ。 持ち主と一体化する事で力を発揮するロストロギアは、確かにある事はある。 使い手こそ少ないものの、ユニゾンデバイスがその良い例である。 となれば、ミライの数値が異常なのは、このロストロギアが原因なのだろうか。 ……いや、検出されたのは、あくまでロストロギア『らしき』反応。 異世界には、まだまだ自分達の知らない技術が山ほどある……ロストロギアと断定するには、少し材料が足りない。 結局のところ、分からない事だらけである。 確かめるには、ミライ本人に聞くしかない……彼の目が覚めるまで、待つしかないか。 軽いため息を退いた後、三人は少しばかりの不安を胸にして、そのまま自分達の職場へと戻っていった。 ヴィーン、ヴィーン…… 「う~ん……なんだ、この音……?」 いきなり耳に響いてきた大音量に、ミライは目を覚まさせられた。 大きな欠伸をした後、眠気眼をこすりながらベッドから起き上がる。 一体、どれくらい寝てただろうか……ボーっとする頭で、周囲を見渡す。 そして、しばらくして眠気が覚めてきた時。 ようやくミライは、鳴り響いている音の正体に気づくことが出来た。 GUYS本部で何度も聞いた、聞き覚えのある嫌な音…… 「これって……警報!?」 鳴り響いているのは、警報音だった。 理解すると同時に、一気にミライの目が覚める。 この艦に、何かが起こっている……危険が迫っているのかもしれない。 すぐにミライはベッドから降り、ブリッジへと向かう事にした。 自分とて、クルーGUYSの一員として働いてきた経験がある。 世話になってばかりにもいられないし、何か手伝いをしたい。 そう思ったが故の行動でもあった。 そして、少し道に迷いながらも、ミライはアースラのブリッジへと辿り着いた。 そこでは……かなりの混乱が起こっていた。 「駄目です、海鳴市の映像出せません!!」 「結界が張られている……ミッドチルダ式じゃないのか……!?」 「なのはさんとの連絡は?」 「駄目です、繋がりません!!」 アースラに混乱を齎した、未曾有の事態。 それは、ある次元世界で結界魔術が発動され、魔術が発動されている地域――海鳴市の様子が、一切把握できなくなった事であった。 クルーは解析を急いでいるが、思うように作業が捗らない。 その原因は、使われている魔術の術式にあった。 自分達が使っているミッドチルダ式とは、全く異なる術式で結界が張られているのだ。 その為、術式の正体を探し当てるのに、相当の時間を取られてしまっている。 この海鳴市には、自分達の関係者である魔道師―――高町なのはがいる。 彼女と連絡が取れさえすれば、内部の状況が把握できるのだが……通信が繋がらない。 「艦長、ハラオウン執務官やフェイトちゃん達は?」 「まだ裁判中……出られる状況じゃないわ。 戻ってきたらすぐにでも向かってもらうけど、それまでは……応援、すぐに本局に要請して。 時間は少しかかってしまうけど、向こうから武装局員を回してもらうしか手はないわ。」 今このアースラには、戦闘要員が一人もいない。 殆どの者達が出払ってしまっているために、現地へと派遣できる者が一人もいないのだ。 非戦闘要員を送り込むという手もあるにはあるが、それは余りにも危険すぎる。 結界魔法を展開されているという事は、すなわちそこで戦闘行為が行われているということなのだ。 ましてや相手は、未知の術式使い……無謀も無謀である。 リンディは艦の指揮があるから、現地に出るわけにはいかない。 本局の者達に頼る以外、打つ手はない……誰もが歯がゆい思いをしていた。 すると……そんな最中で、ミライは口を開いた。 「僕に行かせてください!!」 「ミライさん!?」 「いつのまにブリッジに……てか、今の発言……」 クルー全員の視線が、ミライに集中させられる。 彼等はようやく、ミライがブリッジに入ってきていた事に気がついた。 作業に集中していたために、誰もその存在に気づけていなかったのだ。 だが、何より驚かされたのは彼の発言である。 確かに現状、誰かが現地に赴いてくれればありがたいのだが…… 「気持ちは嬉しいんだけど……ミライ君は、民間人だからね。 悪いけど、危険な目には……」 「僕はクルーGUYSの一員です!! 確かに、皆さんとは立場は少し違いますけど……困っている人を守るのが、僕の仕事です!! 戦闘の経験もありますから、多少の事なら問題はありません……お願いします!!」 「ミライさん……」 リンディ達への恩返しをしたいという気持ちは、勿論ある。 しかしそれ以上に……困っている人を見逃すわけにはいかない。 そんな強い正義感が、ミライを突き動かしていた。 ここでリンディは、少し考え込む。 確かにミライは、今は民間人という立場上にあるが……彼は、地球防衛チームGUYSの一員だという。 その言葉を信じるならば、彼には戦う力があるという事になる。 現状、戦力が欲しいのは紛れもない事実。 ならば……ここで下手に躊躇って、取り返しのつかない事態にするぐらいならば……!! 「エイミィ、ゲートを開いて!!」 「わっかりました、すぐにいけますよ!!」 「ミライ君、頼んだよ。」 「皆さん……ありがとうございます!!」 ミライを転送させるべく、一斉にクルー達が動き出した。 その姿を見て、ミライは笑顔で礼をする。 必ず、彼等の期待に答えよう。 そう心に誓い……ミライは、海鳴市へと転送された。 「よし……皆、解析急ぐよ!!」 「了解!!」 ミライを無事送り込めたのを確認し、皆が作業を急ぐ。 彼がこうして名乗り出てきてくれたのだから、自分達も頑張らなければならない。 より一層、クルー全員が気を引き締める。 すると……その時であった。 「艦長、一体何があったんですか!!」 「アースラ中、警報鳴りっぱなしじゃないの!! なのはとの連絡も取れないし、何がどうなって……」 数人の男女が、慌ててブリッジへと駆け込んできた。 彼女等――先のプレシア事件の裁判を終えたフェイト達へと、皆の視線が釘付けになる。 一方のフェイト達はというと、ブリッジの様子を見てすぐに事態を把握した。 大切な友人であるなのはとの連絡が取れなくなったその矢先に、この騒動。 彼女に、何かがあったのだと……そう、容易に推測する事が出来た。 「皆、最高のタイミング……すぐにゲート出せるよ!!」 「ラケーテン……ハンマアアァァァァァァッ!!!」 「きゃああぁっ!!??」 結界に閉ざされた街――海鳴市。 その内部では、リンディ達の予想通り戦闘が行われていた。 白いバリアジャケットに身を包んだ少女――高町なのはは、相手の攻撃を受けて大きく吹っ飛ばされた。 そのまま、後方にあるビルの窓ガラスをぶち抜き、ビルの中に転がり込む。 そこへ追い討ちを仕掛けるべく、相手の赤いバリアジャケットに身を包んだ少女――ヴィータが迫る。 「うあぁぁぁぁぁぁっ!!」 「っ!!」 『Protection』 なのはの手に握られていたレイジングハートが、とっさに防壁を展開する。 ギリギリのところで、ヴィータの破壊槌――グラーフアイゼンの一撃を、受け止める事に成功した。 だが……受け止める事は出来ても、防ぐ事は叶わなかった。 「ぶちぬけぇぇぇぇっ!!」 ヴィータは己の全力を込め……グラーフアイゼンを振りぬいた。 そして……音を立て、なのはの防壁が砕け散った。 鉄槌はなのはのバリアジャケットの一部を、そのまま粉砕する。 なのははその衝撃で、その場に尻餅をついてしまった。 「そん……な……」 「……」 ダメージの影響だろうか、なのはの視界はぼやけていた。 震える手で、レイジングハートを構える。 しかし、幾ら戦う意思があろうと……こんな状況で、勝てる筈などない。 言葉を発する事もなく、ヴィータはグラーフアイゼンを振り上げる。 (こんなので……終わり? 嫌だ……ユーノ君……クロノ君……フェイトちゃん……!!) 目を閉じ、友達の名を呼ぶ。 このまま皆と会えずに終わるなんて、そんな結末は望んでいない。 そんなのは嫌だ……皆に会いたい。 そう、強く願った……その時だった。 ガキィンッ!! 「え……!?」 なのはの願いは、天に届いた。 再会を強く望んだ、漆黒のバリアジャケットに身を包む一人の少女が、彼女の前に現れたのだ。 その少女――フェイトは、己のデバイスであるバルディッシュで、ヴィータの一撃からなのはを守っていた。 「フェイトちゃん……?」 「ごめんなのは、遅くなった。」 「ユーノ君も……?」 なのはの傍には、魔道師の少年――ユーノ=スクライアがいた。 彼はなのはのダメージを回復すべく、術を発動させようとする。 さらにその直後……一発の光弾が、グラーフアイゼン目掛けて放たれた。 光弾を放ったのは、三人から少しばかり離れた位置にいた彼。 他でもない、先に転送されたミライだった。 彼は転送後すぐに、フェイト達と合流して、彼女等と共に動く事にしたのだ。 その左手には、先程までは見られなかった装備――ロストロギアらしき反応を検出された、その原因。 ミライの戦闘における要である、メビウスブレスが装着されていた。 「フェイトちゃん、今だ!!」 「はい!!」 ヴィータは光弾命中の衝撃で、僅かばかりだが体制を崩す……その隙を、フェイトは見逃さなかった。 すばやくバルディッシュを振り、彼女を押し返す。 ヴィータはよろけながらも、何とか持ち直し、グラーフアイゼンを構えなおした。 魔道師が三人……内二人は、明らかに戦闘向けのデバイスを装備している。 戦力差では、圧倒的に不利…… 「仲間か……!!」 『Scythe form』 バルディッシュがその姿を変える。 矛先から、金色に輝く雷電の刃が出現した。 サイズフォームの名が示すとおりの、大鎌形態――近接戦用形態。 その刃をヴィータに向け、フェイトは静かに、しかし力強く答えた。 「友達だ……!!」 戻る 目次へ 次へ
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オークション会場は地獄絵図を展開していた。 突然動き出した操り人形達。そいつらの虚ろな瞳と錆びた短剣から逃げ惑うオークションの参加客。 大抵の者達は自らの陥った状況を理解出来ず、ただ闇雲に逃げ惑っていた。 血の結界によって閉鎖空間となったホールに在りもしない逃げ場を求めて駆け回り、椅子に躓いて転倒し、二階の客席から転げ落ちる。 そして足や腕を負傷して、呻き、ただすすり泣くだけの憐れな子羊と化して徘徊する悪魔達から逃れる為に神に助けを請い続けた。 しかし、そんな彼らはまだ幸運な方だった。 皮肉にも、不必要に動かなくなった彼らは混乱の中で奮戦するなのは達にとって保護しやすい対象となる。 賢い者達は、この状況でなけなしの理性を保ち、冷静さを失わなかった者達だった。 恐怖に先走らず、動き鈍い人形達を警戒して、壁を背にして器用に逃げ回っていた。 ――そして最も愚かなのは、混乱し、『他人を犠牲にしてでも助かりたい』と自分勝手に行動する者達だった。 「ど、どけっ! 邪魔だぁ!!」 肥満体を必死で動かし、逃げ惑う人々を掻き分けて、時には迫り来る<悪魔>の前へ囮として突き飛ばす。 「落ち着いて! 必ず助けます、混乱しないで下さい!!」 懇願にも似たフェイトの警告も、冷静さを欠いた自己保身のみに動き続ける者の脳には届かない。 一部の暴走した者達が被害と混乱の拡大を促し、なのはとフェイトはそのフォローに行動を割かれる最悪の展開となりつつあった。 混乱を振り撒いていることも自覚せず、肥満体は走り続ける。 これまでの人生のように、自分の身の為だけに奔走する男は混沌の中で助かる道を見つけ出した。 誰もが逃げ惑う中、ただ一人周囲の<悪魔>達を打ち倒し続ける男がいる。 「頼む、助けてくれ! 金なら幾らでも払う!!」 二挺の銃型デバイスを振り回し、この地獄の中でも決して鈍らない力の輝きを放つその存在へ、彼は縋り付いた。 自らの仕事を遂行していたダンテは、男の必死な形相を一瞥する。 「――金か。確かに、今丁度要り様なんだ」 「だろう!? この場の誰よりも高く払うぞ! だから、私を助けるんだ!!」 「OK、助けてやるぜ。そら、危ない」 そう言って、笑いながらダンテは彼をサッカーボールよろしく蹴っ飛ばした。 文字通り豚のような悲鳴と共に肥満体は軽々と宙を飛び、壁に激突して沈黙する。そのコンマ一秒後に男の居た場所に投げナイフが突き刺さった。 意識と数本の歯を引き換えに男は命を救われ、次の瞬間ダンテの魔力弾が射線の先にいた人形を粉砕した。 「やりすぎです」 「おっと失礼。人命優先ってことで許してくれ」 狙って蹴ったものか、すぐ傍にいたなのはが気絶した男に防護結界を張る中、さすがに顔を顰める様子にダンテは嘯いてみせる。 皮肉を込めた返答に、なのはは困ったように沈黙するしかない。 自己保身の為の暴走で、被害が増えることをこれで抑え、同時にこれは本人の安全の為にもなる。 やり方は乱暴だが、ただ敵を倒すのではなく周囲に気を配っているダンテの戦い方を、なのはは信頼しつつあった。 「この敵のこと、何か知ってるみたいですけど……っ」 「悠長に説明してる暇はないが、一つだけ言っとくと、客を逃がそうなんて思うなよ。外にコイツらがいない保証はないぜ」 「……分かってます」 内心、ダンテに援護を頼み、自分が結界を砲撃で破壊するという考えもあったなのははそれを改めた。 結界の得体がまるで知れない以上、砲撃の出力調整のミスは余剰エネルギーによる建物の破壊とそれに次ぐ崩落の危機を招くし、脱出を求める客の行動が更に被害を拡大させる事は想像に難くない。 自分でも焦りがあることを自覚し、なのはは冷静になるように努めた。 しかし、このままではジリ貧なのは確かだ。 室内戦に適したフェイトが持ち前のスピードで混戦の中奔走することで、未だ死者だけは出ていないが、それは多少の幸運も関わっての結果だ。 この状況が続けば、疑問に思わざる得ない。 果たして、サイコロを振って同じ目を出し続けることが何時まで出来るのか――? その答えはすぐに出た。 「――ッ! 危ない!」 ディバインシューターでまた一人の客を襲おうとしていた敵を撃破したなのはは、そのすぐ傍で抱き合って蹲る老夫婦を見つけ、意味のない警告を発した。 別の人形が二階からナイフを振り上げて飛び降りようとしている中、神に祈るしかない彼らは一歩も動かない。 「ディバイン……っ!」 「避けろ!」 すぐさま次弾の魔力を練り上げるなのはを、不意にダンテが突き飛ばした。 一瞬遅れて、飛来したナイフがなのはの頬を掠める。 鍛え上げられた危機回避能力が無意識に体を動かし、なのはは反射的に形成した魔力弾をカウンターで撃ち出してしまった。 自分を攻撃した敵を素早く粉砕し、しかし次の瞬間絶望的な失敗を悟る。 「あ」 なのはに残された行動は、そんな間の抜けた言葉を漏らして視線を老夫婦に戻すことだけだった。 悪魔の人形が嬉々として彼らに飛び掛る。 それはあの二人の死を意味する。なのに唯一それに気付く自分はもう何も出来ない。 すぐに形成しようとする次の魔力弾は、完全に間に合わず。 なのはの目の前で、ついに犠牲が出ようとして――。 「させるかぁ!」 間に割り込んだユーノの展開するバリアによってそれは防がれた。 「ユーノく……っ」 「なのは、打ち上げるよ! 墜として!」 「――!! 分かった!」 意外な乱入に驚愕するよりも先にユーノの声がなのはの体を突き動かし、魔法を行使させた。 ユーノは左腕で展開したプロテクションで人形の体ごと攻撃を受け止め、右腕をフィールド系の魔法で防護する。 そして振り抜いた拳は、貧弱な腕力よりも障壁の反発作用によって、枯れ木で出来た人形の体を軽々と宙へ弾き飛ばした。 「シュート!」 放たれた桃色の弾丸が、空中で標的をバラバラに爆砕した。 10年ぶりのコンビネーションを成功させたなのはとユーノ、互いに幾つもの感情を交えて視線を交差させる。 交わしたい言葉や疑問は幾つもあった。 「――敵の動きを止める! 一気にカタをつけるんだ!」 「――分かった!!」 しかし、言葉など交わすまでもなく、今この場で最も必要な判断と行動を二人は無意識下で互いに理解し合っていた。 ユーノとなのは、二人は自分の成すべき魔法を準備する。 「フェイトちゃん、勝負を掛けるよ!」 混戦の中、貫くように走るなのはの声をフェイトは聞き逃さず、その真意も間違えない。 ここぞという時の為に控えていた高速移動魔法を発動させ、フェイトはなのはの空白の時間を埋めるべく疾走する。 制限時間のあるフェイトのフォローの間に、なのはは独り敵を撃ち続けるダンテにも声を飛ばした。 「敵の動きが止まります! 合わせて!!」 端的ななのはの言葉に、ダンテは目配せ一つで応じてみせる。 そして、ユーノの魔法が完成した。 「いくよ! <レストリクトロック>!!」 集束系上位魔法が発動する。 指定区域内の対象を全て捕縛するバインド。発動と同時に、ホール内で動く全ての<悪魔>と、逃げ惑う人間を纏めて無数の光の輪が捕らえた。 敵味方問わない無差別な捕縛だが、その対象数を考慮すれば信じられないほど高度な魔法技術であることは明白だった。 魔女の釜の如き混沌とした空間が唐突に全て制止される光景に、それを待ち構えていたなのはすら圧巻される。 実戦から退いていたとはいえ、成長したユーノの実力はなのはの予想を超えるものだった。 一瞬呆けてしまう中、ダンテの純粋な感嘆の口笛だけが軽快に響く。 「なるほど、こいつはスゴい。食べ放題ってワケだ」 「数が多い! 守って五秒!」 「三秒で十分さ」 不敵に笑うダンテの両腕が集束された魔力を帯びて赤く発光し、スパークを放ち始めた。 我に返ったなのはがすぐさま魔力弾を周囲に形成する。フェイトによって稼がれた貴重な時間を使い、用意した弾数は倍近い。 「いくぜ?」 「今っ!」 言葉も交わさず、互いに相手の射線を把握し、自分が撃つべき標的を捉える。 「Fire!!」 「シュート!!」 引き絞られた弓のように、満を持して二種類の光が解き放たれた。 真紅と桃色の光弾が乱れ飛び、敵だけを正確に捉えてそれに直撃し、呪われた人形を吹き飛ばす音が連続した爆音となりホールを埋め尽くす。 一瞬にして一方的な破壊の嵐が暴れ回る。動けなくなった人々の悲鳴はその中に埋もれていった。 そして、束の間の嵐が過ぎ去った時、後に残るのは人間だけだった。 あれほどいた<悪魔>は一匹残らず消し飛び、敵の全滅を示すようにホールの扉を覆っていた赤い結界は音を立てて砕け散る。 「――BINGO」 唐突に取り戻された静寂の中、ダンテは舞台の幕を閉じるように、これ見よがしに銃口から立ち昇る煙を口で吹いて見せたのだった。 魔法少女リリカルなのはStylish 第十四話『Cross Fire』 「――うん、そう。こっちの戦闘は終了したよ。重軽傷者は多数、でも死者は出てないから」 状況から考えれば奇跡的とも言える結果を確認したなのはが通信を行う中、ユーノ達はホールのステージ付近に集められた客の様子を見て回っていた。 結界が解除された今、何人かは外に出ることを強く主張していたが、外でも戦闘があったことを告げるとすぐに黙り込んだ。 誰もが回避された惨劇に安堵し、同時にジワジワと実感を持って蘇る恐怖の余韻に身を強張らせていた。 「すぐに救護隊が来ます。それまで辛抱して下さい」 「腕が……腕が折れてるんだっ! 早く治すよう言ってくれ!!」 フェイトは無用なパニックを起こさないよう笑顔を振り撒き、客の一人一人に声を掛けていたが、似合わないタキシードの中年が泣き付いて来て対応に困っていた。 重傷者に治癒魔法をかけるユーノを指して、男はただひたすら腕が折れていることを主張し続ける。 「すみません、重傷者が優先なんです。それに、彼が働いているのは善意で……」 「うるさいっ! 分かっているのか!? 腕が折れてるんだぞ、腕が……っ!」 「へえ、そうかい。痛むのか?」 辛抱強く落ち着かせようとするフェイトの横から、ぬっと腕が伸びて、迫る男の肩を押さえ込んだ。折れた腕の方の肩を。 走り抜ける激痛に、男は言葉を忘れて奇怪な悲鳴を上げた。 しかし、ダンテはそんな様子を尻目に優しい笑顔を浮かべながら、加減もせずにポンポンと肩を叩く。 「ああ、確かに痛そうだ。だが、こんな美人に怪我の心配をしてもらえるんだから、男ならやせ我慢の一つも見せなきゃな?」 呆気に取られるフェイトの前で、ついに泡を吹き始める男の顔に何を感じ取ったのか、納得するようにダンテは頷いた。 「そうか。分かってくれて嬉しいぜ」 「相手は怪我人なんですよ……?」 「怪我人なら他に山ほど居るさ。甘やかす歳でもないだろ」 諌めるフェイトに、ダンテは全く悪びれもせずに笑って見せたのだった。 様子を伺っていた周囲の者達の間で飛び交う自分勝手な文句が鳴りを潜める中、ダンテ達はなのはの元へと集まった。 「とりあえず、応急処置は施したよ。命に関わる怪我の人はいないね」 「ありがとう、ユーノ君。それに……久しぶりだね」 「うん。僕も、驚いたよ」 なのはとユーノの二人の間に何とも言えない空気が漂った。 二人が顔を合わせるのは実に久しぶりのことだったし、大人になって少しずつ言葉を交わし辛くなりつつあった中、窮地において変わらず心を通わせ合えたことが嬉しかった。 「……ポップコーン買って来るか?」 「しっ、少しだけそっとしておいて上げましょうよ」 そして、傍らで一連のシーンが終わるまで待ち惚けを喰らう二人を思い出して、なのはとユーノは我に返った。 顔を赤らめながら咳払い一つ。お互い、心なし距離を取り合う。 冷静になった。今は、こんな悠長なことをしている場合じゃない。 「それで、あの……」 「ダンテだ。職業は便利屋。ここにはお偉いさんの護衛に雇われて来た」 どう切り出したものか、と伺うなのはの様子を察して、ダンテは手短に自己紹介を済ませた。 基本的な質問には幾らでも答えられるが、<悪魔>に関してはどう説明したものかと顔に出さずに悩むしかない。 それに、敵のいなくなった今でも何か違和感が残って仕方ない。 先ほどから、さりげなく走らせる視線に護衛すべき男の姿が一向に捉えられないのも気になった。 「さて、アンタらも何から聞いたらいいのか分からないって顔だが、俺もどう話せばいいもんか悩んでてね」 「そうですね……とりあえず、わたしは高町なのはといいます。機動六課所属の分隊長をやっています」 「ナノハ、ね――アンタらの知り合いにヴィータやザフィーラって奴がいれば、話は早いんだが」 ダンテは全く期待せずにその名前を出したが、三人は一様に驚きの視線を彼に向けた。 「知ってるんですか、ヴィータちゃんのこと!?」 「……まさか本当に知り合いなのか?」 「同じ部隊の所属です。それに、ダンテさんはひょっとしてティアナと知り合いじゃないですか?」 「オイオイ、ティアまでいるってのか? 冗談が現実になりやがった」 「やっぱり。ティアナは外で警備に当たってます。よければ、会いますか? その方が話もしやすいと思うし」 「ハハッ、いいね。感動の再会って言うらしいぜ、こういうの」 そう言って破顔するダンテの表情を、これまでの見せ掛けではない純粋な笑顔だとなのは達は感じた。 そこにはティアナに対する確かな親愛の情があった。 目の前の得体の知れない男に抱く最後の不信感が消えていく。 不法所持の可能性があるデバイス。自分の部下と共通する戦闘スタイル。そして何より、その力。 警戒に値する要素は幾つもあるが、それを打ち消しているのはたった今判明した彼の人間関係と、何より彼自身の人柄だった。 悪い男ではない。なのははようやく、何の隔たりもない友好的な笑みを浮かべることが出来た。 「お話、聞かせてもらってもいいですか?」 「ああ、美人の尋問なら大歓迎だね。望んだとおり、再会出来たしな」 オークションが始まる前、偶然出会った時の言葉を思い出して、なのはとフェイトは苦笑した。 「それじゃあ、わたしはダンテさんを連れて外で合流してくるから、フェイトちゃんは救護班が来るまでここで待機してね」 「分かった」 「ユーノ君も。わたし達が守る側の人間なんだから、無理はしないで」 「……うん、分かったよ」 なのはの仕事としての言葉に、ほんの僅かな寂しさを感じながらユーノは頷く。 ダンテと共に未だ危険の残る前線へ歩み去っていくかつての少女の背を眺め、彼は昔とは違う自分達の関係を改めて噛み締めていた。 「気をつけて、なのは……」 その時、その瞬間、異なった場所で多くの出来事が歯車のように連動して動き出していた。 ただ一つ、ヴィータの立つ光の届き切らない薄暗い空間を除いて。 ホテル<アグスタ>の地下駐車場は、外の喧騒から隔離されているかのように音の死んだ静寂に満ちていた。 「野郎……」 ヴィータは視線を落としたまま悪態を吐いた。それは彼女の足元に広がるモノのせいだった。 血だ。 正確には死体と血だった。 このホテルの警備員の服を着た幾つもの肉の塊が、暗闇の中にあってどす黒い血の海に沈んでいた。 散らばったパーツを集めればきっと人間が出来るに違いない。原形を留めぬほどバラバラにされた憐れな死体だった。 自分の考え得る最悪の事態が起こったのだとヴィータは悟った。 ホテルへの搬入口のある地下の更なる奥。死んだ血と肉の放つ臭いはそこからも漂ってくる。 ヴィータはすぐさまデバイスの通信機能をOFFにした。非常灯だけが照らす暗闇の中、集中を乱す邪魔を入れたくない。 血溜まりに足を踏み下ろし、びちゃっと響く不快な水音を無視して歩みを進めた。 本来ならパニックに陥るような惨状の中、ヴィータの思考は逆に冷たく、静かになっていく。 無血鎮圧を第一とし、非殺傷設定によってそれを成す管理局の魔導師は生々しい死への耐性が足りない。もし新人達ならば、この場で冷静ではいられなかっただろう。 しかし、ヴィータは古代ベルカの騎士であった。 人が死ぬ時、必ず安らかに眼を瞑ったまま逝けるのではないことを知っていた。人は、何処までも汚く殺せる。 そういう意味で、この場に転がる死体はむしろ綺麗だとすら感じた。 (一人も、生きちゃいないのか……?) また一つ、死体を見つけた。 体から離れた位置にある腕がハンドライトを握り締め、別の場所に転がる自分の頭を照らしている。 その死に顔は苦悶のそれではなく、ただぼんやりとした驚きだけがあった。 自分の死にも気づいていないような呆けた表情が逆に不気味ですらある。 しかし、ヴィータの気を引いたのはその死相ではなく、この死体を生み出した手段だった。 (すげえ断面だ。シグナム並の腕じゃねぇか) 戦士としての純粋な感性が、不謹慎にも目の前の死に対して感嘆を漏らしていた。 何らかの刃物による切断。死因はそれに違いない。しかも、相手に苦痛を感じさせる間もなく一瞬で人体をバラバラにするような斬撃だ。 柔らかい人肉を、鉱物を切るように鋭利な平面で切り分けている。『斬った』というより『スライスした』という表現が相応しい。まるでトマトのように。 (雑魚とは違うか……) グラーフアイゼンを握り締める手に、力と緊張が加わった。 自分の戦った有象無象の<悪魔>どもに出来る芸当ではない。 何らかの大物が待ち構えている―――半ば確信した警戒心を抱き、ヴィータは更に足を進めて行く。 敵がもう立ち去った、などと楽観的な考えは欠片も浮かばなかった。 この奥には何かが居る。進むごとに増していく、ただ存在するだけで発せられる圧迫感のようなものが感じられるのだ。 死臭が強くなり、終着が近いことを示していた。 物音が聞こえる。 何かを漁るような音だ。やはり、敵の目的はオークションの品物か? 足音と気配を殺して、並び立つ支柱に隠れながら近づき、ヴィータはついに辿り着いた。 一台の輸送車の近くに転がる死体。おそらく二人分だ。血とパーツの量が多い。 輸送車の二台は扉が鋭角に切り開かれている。周囲には投げ捨てられたコンテナが幾つも転がっていた。 その荷台の前に佇む、人影が一つ。 「――動くな。両手を見せながら、ゆっくりと振り返れ」 完全に背後を取れる位置に立ったヴィータは、静かく端的に告げた。 人影の小刻みな動きが停止する。 やはり何かを探していたらしい、コンテナに差し入れていた手をゆっくりと取り出すと、そのまま力なく垂れ下がった。 「頭の位置まで上げろ」 ヴィータは再度命令したが、その人影は従わなかった。代わりに背を向けながらも自分に発せられる殺気が感じられる。 コイツは降伏なんて考えちゃいない――ヴィータはそう悟ったが、不用意に攻撃的になることはなかった。 現状、自分は有利な位置にある。それを確保し続ければいい。 何かを仕掛けるつもりなら警戒するべき両手も、ヴィータの位置からはハッキリと確認出来た。 右手は無手。左手には問題の得物を握っている。 鞘の形状からシグナムと同じ片刃の剣。しかし、レヴァンティンより反りが深い。 「振り返れ。ゆっくりだ」 その言葉には、目の前の人影も従った。 足の動き、手の位置、相手の向ける視線の向きまで用心深くヴィータは観察する。 見上げるほどの長身と広い肩幅、そして露わになった服の上からでも分かる屈強な胸板が男であることを示していた。 動きと合わせて揺れるコートの裾。 視線が自分を捉えた瞬間増した殺気と圧迫感。 そして、完全にヴィータと向き直り、その顔を見た瞬間驚愕が冷静さを吹き飛ばした。 「お、お前……っ!?」 見開いた眼に映る男の顔は、信じられないことにヴィータにとって見知ったものだった。 「例の<アンノウン>と同質の魔力反応です! でもこれは……数値が桁違いです!」 「極小規模の次元震を感知! 信じられません、数メートルの範囲内で安定、継続して起こっています!」 「数メートル……『あの化け物』の体格とほぼ同じか」 矢継ぎ早に届く報告を必死に脳内で処理しながら、グリフィスはモニターを睨み付けた。 たった今出現した反応の出所がそこに表示されている。 リニアレールでの事件以来、サーチャーに改良を加えることでノイズ交じりとはいえ不可解な映像妨害を克服したモニターが可能になっていた。 センサーに何の前触れもなく出現したソレは、対峙するティアナ達を大きく上回る巨躯で佇んでいる。 牛の頭と人間の肉体を持つ、全身を炎で包まれた化け物――信じ難い存在が現実に具現していた。 「次元空間の航行や転送を行う際の波長にも似ています」 「というと、あの怪物は他の次元世界から転送されて来たのか?」 「『された』というよりも、今も転送『され続けている』と表現した方がいいような――」 「なんだ、それは? …………アレは、本来現実に存在しないものが無理に存在し続けている?」 グリフィスは自分でも支離滅裂な言葉だと思いながらも、その表現が最も正しいように感じた。 これまで確認された<アンノウン>は、倒れた後に例外なく消滅する。まるで最初からこの場には存在していなかったかのように。 それが正しい認識であったとしたら? 本来この世界に存在出来ないはずのものが何らかの切欠や力によって現れ、力尽きることによって再び元の場所へ還されて行くのだとしたら? ――だとすれば、あの化け物どもが本来居る筈の世界とは一体どんな場所なのか? 次元空間にすら隔てられず、現実と夢の境のように決して越えられないのに紙のように薄い境界――その先に存在するというのか。 「馬鹿な……」 言葉とは裏腹に、グリフィスは滲み出る嫌な汗を拭った。 これ以上考えても混乱するだけだ。今は、状況に対処しなくては。 「ヴィータ副隊長は?」 「残存勢力探索の為、地下に向かいました。通信はカットされています」 「呼び出し続けろ。探索が終わり次第、スターズFの援護に」 思考を切り替えたグリフィスに応じるように、はやての通信モニターが展開された。 『状況は把握した。現場にはなのは隊長が向かっとるから、スターズFには専守防衛を命じて到着まで持たせるんや』 「しかし、これを相手に援護も無く、新人だけでは……っ!」 『敵の奇襲の恐ろしさはさっき分かったやろ。後手の対応に回る以上、配置は下手に動かせん』 はやての声は平静そのものだったが、内心では予想外の出来事の連続に頭を抱えているだろうとグリフィスには予想出来た。 人情家の部隊長は決して指揮者向きの性格ではないが、だからこそ自らへの厳しい戒めによって冷徹であり続けようとする。 ならば自分に出来ることは、違える事無く命令を下し、前線の者達に出血を強いるだけだ。 「<アンノウン>動き出しました! スターズFと交戦開始!」 「――防御に徹し、<アンノウン>をその場に繋ぎ止めろ。ホテルには絶対に近づけるな。その命を賭けてでも!」 部隊長の言葉を代弁するグリフィスの命令が厳かに下された。 「ティア、来るよ!」 動き出した燃える山のような牛の化け物を見て、スバルは傍らのパートナーに悲鳴のような警告を発した。 正直、スバルの心には不安と恐怖しかなかった。 幼い頃に出会った炎の怪物は、あの時と変わらず――むしろあの時よりもハッキリとした存在感を持って目の前に敵として立ち塞がっている。 得体の知れない恐怖が全身を支配し、こんな時自分を支えてくれる筈のパートナーは先ほどから様子がおかしい。 唐突に突き付けられたティアナの過去の真実と、初めて見た彼女の豹変振りが思考をかき乱して、スバルから冷静さ奪っていた。 今の彼女を戦場に繋ぎ止めているのは、課せられた任務に対する使命感だけだ。 見た目通りの闘牛のような勢いで突進してくる炎の塊を前に、スバルはそれ以上言葉を続けられず、咄嗟に回避行動を取った。 一瞬早く、ティアナもその場から跳び退いている。 しかし、二人の意思は噛み合わなかった。 意図せず互いに正反対の方向へ跳び、ティアナを案じていたスバルとは違い、ティアナは自身で躊躇わず判断した。 それが、二人の行動の暗明を分けた。 「うわぁああああっ!?」 すぐ傍を駆け抜けていくバックドラフトのような高熱の風。二人とも直撃回避は成功させていた。 しかし、全身に纏わりつく炎の余波にスバルは悲鳴を上げる。 恐怖による竦みと一瞬の判断の遅れが、スバルの足を引いたのだ。 荒れ狂う熱と風に吹き飛ばされ、地面を転がるスバルをティアナは一瞥もしなかった。 「<悪魔>がぁ……っ」 炎の悪魔を睨みつける瞳には怒り。 だがそれは、仲間を傷つけられたなどという優しさに基づいたものではなく。 「邪魔をするな!」 炎の向こうへ消えた仇に届かぬ無念と絶えぬ憎悪。 邪魔をするなら死ね。 立ち塞がるなら死ね。 <悪魔>は全て――滅んで果てろ! 「邪魔を」 カートリッジ、ロード。 「するなァァァーーー!!」 体の奥から吹き上がる感情の嵐をそのまま吐き出す。 クロスミラージュが銃身を加熱させ、銃口はでたらめに吼えまくって、憎しみの弾丸を凄まじい勢いで発射し続けた。 高圧縮された魔力弾が敵の強固な皮膚を突き破り、確実に体内へ潜り込んでいく。 しかし、巨大な体格はただそれだけでティアナの魔力弾の威力を散らした。単純に効果範囲が狭い。弾丸が小さすぎる。 カートリッジ一発分の弾丸を撃ち尽くしても、揺るぎもしない敵の巨体を見上げ、ティアナは舌打ちした。 振り返る炎の山。その両腕に全身の覆う火炎が集束し、物質化するという在り得ない現象が起こる。 炎が形作った物は、その体格に見合うほど巨大なハンマーだった。 外見だけで鈍重な速度と、それに反比例するとてつもない威力が想像出来る。直撃すればダメージどころか原形も留められない。 その凄惨なイメージを思い描いて、しかしティアナは笑う。 いつだって笑ってきた。追い詰められた時でも不敵に、アイツのように。 ――その笑みが、いつも思い描くダンテのそれとは全く異なる凄惨なものだということに、ティアナ自身は気付いていない。 《GYYYYAAAAAAAAAAAAA!!》 この世界の何処にも存在しない怪物の雄叫びが響いた。 ハンマーを振り上げ、地響きを起こしながら敵が迫り来る。 眼前で、燃え盛る塊が振り下ろされた。 「デカブツがっ!」 隕石が自分の真上から落下してくるような圧迫感に悪態を吐きながら、ティアナは横っ飛びする。 《Air Hike》 更にもう一段。クロスミラージュの生み出した足場を蹴って、空高く飛翔した。 そして、爆音。 ティアナの立っていた場所を振り下ろされたハンマーの先端が抉り取る。 インパクトの瞬間響いたのは比喩ではなく、爆発と同じ音と衝撃だった。破裂するように着弾点から炎が噴き出し、周囲を焼き尽くす。 二度のジャンプで大きく距離を取っていなければ、ティアナも余波で火達磨になっていただろう。 《Snatch》 だが判断ミス一つで直結する死に、ティアナは何の感慨も抱かない。憎しみだけが今の彼女を突き動かす。 空中で放たれた魔力糸のアンカーが敵のハンマーの先端を捉えた。 次の攻撃の為に得物を振り上げる敵の動作に応じて糸を縮め、二つの力に引き寄せられてティアナの体は空中を移動する。 ハンマーが最頂点を描く軌道に達した時、タイミングを合わせてアンカーを解除した。 丁度竿に釣り上げられるような形で宙に投げ出されたティアナは、計算し尽くされた軌道と姿勢制御で地面に着地する。 その位置は、完全に敵の背後を取っていた。 「もらった……っ!」 アンカーを放つ傍ら、魔力を集中し続けていた右腕を、満を持して突き出す。 オレンジから赤へと変わりつつある魔力のスパークが迸り、その凶暴な力の奔流を無防備な敵の後頭部に向けて解き放った。 通常の魔力弾を倍近く上回る破壊力が、振り返ろうとする敵の顔面に直撃した。 次々と炸裂する魔力光の中でへし折れた牛の角が宙を舞う。 確かな手応えにティアナは残虐な笑みを浮かべ――光の中から真っ赤な炎が一直線に噴き出して来た。 《Round Shield》 咄嗟にクロスミラージュの展開したシールドが火炎放射の直撃からティアナを守った。 しかし、片目と角を失いながらも口から炎を吐き出す敵の反撃は、シールドごとティアナを飲み込もうと、濁流のように噴き出し続ける。 「ぐ……がぁあああああああああああ゛あ゛ああ゛あああーーーっ!!」 シールドを維持しながら吐き出す苦悶の声はすぐに悲鳴へと変わっていった。 確かに展開した壁によって炎の直撃は避けている。しかし、遮られた炎が消えるわけではないのだ。 拡散し、周囲の空気を焼き尽くした炎は間接的にティアナを蝕んでいた。 相手の魔力を弾くタイプの防御であるシールドは、炎や冷気のような流動的な攻撃を完全には防げない。 更に、魔力によって形成された炎は全身を覆うフィールド系の障壁ともいえるバリアジャケットすら侵食する。耐熱効果など気休めにしかならなかった。 血液が沸騰して湯気となり、皮膚を突き破ると錯覚するような激痛が全身を襲い続ける。 地獄のような時間を、ティアナはただひたすら耐えた。 魔力も体力も、精神力さえ消耗していく中、憎しみと殺意だけが無尽蔵に膨れ上がる。 「殺……して、やるぅ……っ!」 ティアナの執念が、無限に続くような地獄を切り開いた。 高熱の奔流が去った後、周囲が焼き尽くされた中で尚もティアナは立っていた。 「――カートリッジ、ロード!!」 唾さえも蒸発して掠れた声。それでもハッキリと戦意に満ちた叫びが響いた。 クロスミラージュに残されたカートリッジを全てロードする。 今のティアナにはこれだけの魔力を制御する技術は無い。しかし、今必要なのはあの巨体を貫けるだけの純粋なパワーだ。 引き攣った皮膚の下、苦痛を伴って全身を駆け巡る魔力と共に、残された自分自身の魔力もかき集めて両腕に集束する。 ティアナはただ集中した。 視線の先で、再び敵が体当たりを敢行しようと動き出しても。 ティアナはただ信じた。 ――自分だけの持つ力を弾丸に込める。それは必ず敵を打ち倒す。 「あたしの力は、<悪魔>なんかに負けない!!」 どれほど歪んでも、我を忘れても、心に残り続けていた信念を支えに、ティアナは決死の表情で眼前の敵を睨みつけた。 炎の塊が猛スピードで迫り来る中、回避など考えずに、ただ敵を撃ち抜くことだけに集中する。 「やめろぉっ!!」 結末の決まりきった無謀な激突を止めたのは、復活したスバルだった。 青白い<ウィングロード>が突進する真っ赤な巨石に向けて真っ直ぐに伸びる。その上をスバルは我武者羅に駆けた。 体の痛みや恐怖を忘れ、悲壮なまでの覚悟とそれに応じたマッハキャリバーの力によって疾走する。 「リボルバー、シュートォォーーーッ!!」 本来なら遠距離用の魔法を、敵と接触する寸前の零距離で発動させる。 炸裂した衝撃波が纏った炎を吹き飛ばし、同時にその突進を停止させた。 魔力を湯水のように放出し続け、圧倒的な質量の違いを持つ相手にスバルは拮抗する。 「ティ……ティア! 逃げてぇっ!!」 気を抜けば一瞬で弾き飛ばされしまいそうな圧力の中、スバルは必死に背後のティアナへ呼び掛けた。 その悲壮な声を――ティアナは、聞いてなどいなかった。 「うぁああああああああああああああっ!!」 吐き出される魂の咆哮。 暴走する魔力を無理矢理展開した術式で練り上げ、今の自分に使える最大攻撃魔法を発動する。 振り上げた銃口の周囲に、環状魔方陣の代わりとなるターゲットリングが形成され、その一点へ全ての魔力が集結される。 レーザーサイトが標的を捉え、その射線の近くにスバルの姿があることを気にも留めず、ティアナは憎しみで引き金を引いた。 「ファントム・ブレイザァァァーーーッ!!!」 かつてない魔力の奔流が解き放たれた。 放たれた光は一直線に燃え上がる敵の体の中心を目指す。進路上にいるスバルが何も分からずに弾き飛ばされた。 自分を助けた仲間さえ避けず、直進し、ただ破壊するだけの狂気の一撃は狙い違わず<悪魔>を飲み込んだ。 炸裂した魔力光と炎の残滓が撒き散らされる中、直撃を確かめたティアナは凄まじい脱力感に膝を付く。 全ての力を使い切っていた。何もかもあの一撃に乗せた。 ティアナの顔に再び笑みが、力無く浮かぶ。 ただ一色に染まっていた視界は、脱力と同時に他の色を取り戻し始めていた。 現実が見えてくる。 逃がした仇。職務を逸脱した行為。管理局員の身の上で一般人に発砲し、挙句仲間まで背中から撃った。 権力を持つアリウスが訴えれば、自分は機動六課どころか管理局にもいられない。 例えそうでなくても、パートナーを撃った時からもう決定的なものを手放してしまった。 全てが絶望的なまでに現実で、同時にもう何もかもが夢のようにどうでもよくなり始めた。 だから、ティアナは笑う。笑ってやる。 どんな時でも。 それしか出来なくても。 「……スバル」 顔を動かすのも億劫な脱力感の中、視界に倒れたスバルを見つけて未練たらしく声が漏れた。 彼女をあの様にしたのは自分だ。 もう何も取り戻せない。 それでも、ティアナはスバルの元へ駆け寄ろうと足に力を入れ、 《GYYYYAAAAAAAAAAAAA――!!》 「え」 二度と響かないはずの悪魔の咆哮が聞こえ、見上げた先には片腕でハンマーを振り上げる炎の巨体があった。 成す術も無く眼前に巨大な炎の塊が振り下ろされた。 直撃ではなかったが、先ほども予想していた余波の威力――炸裂と同時に広がった衝撃波と爆炎をティアナは自ら味わうことになった。 力の抜けた体がゴミ屑のように吹き飛ばされ、宙を舞って地面に激突する。 口の中で血と砂の味がした。 「なん……で……?」 ただひたすら疑問だけが頭を掻き回していた。 自分の最高の一撃が、確かに標的に直撃するのが見えた。バリアの類も確認出来ない。当たったはずなのに……。 ティアナは必死の思いで顔を上げた。 視界に捉えた敵の姿は、やはり確かに攻撃を受けた痕があった。 巨体から右腕が消え失せている。ファントムブレイザーの直撃を右手で受けたらしい。先ほどの攻撃が不発だったのも、片手だった為軌道を誤ったのだ。 しかし、それだけだった。 「はぁ……?」 ティアナは性質の悪い冗談を聞いたかのように、引き攣った笑みを浮かべた。 全身全霊を賭けた一撃が。全てを代償にした一撃が。 たった腕一本と引き換えだというのか? 「なによ、それ……」 原因は、何も複雑なことなどなかった。単純明快極まりない。 ――ただ威力が足りなかっただけ。 「なんなのよ……それっ」 自分の引き出せる最高の力が。限界を超えた想いが。なんてことは無い、至らなかっただけなのだ。 それで、一体どうしろというんだ? この単純な問題を解決する方法は? 新しい戦法を考える、敵の弱点を突く、罠を仕掛ける――どれもこれも根本的な解決になどなってやしない。 「畜生……」 倒せるだけの攻撃が出来なければ意味が無い。 それが出来ない自分の力に、意味など、無い。 「ちっきしょぉ……っ!」 拳を握り締め、無力感に打ちひしがれながら、ティアナはただ惨めに呻くことしか出来なかった。 手負いの獣と化した敵が鼻息も荒くティアナににじり寄る。鼻息はやはり炎だった。 ――終わりか。 支えていたものが何もかも折れた。 急激に沈んでいく意識の中、迫り来る死を見上げる。 ――全部、お終いか。 傷付いた体ごと、諦めが全てを沼の底へ沈めようと、下へ下へと引きずり込んでいく。 これ以上上がらない視界の中、敵のハンマーが持ち上がって見えなくなった。一泊置いて、今度こそ確実な死が自分を押し潰す。 それを受け入れようとした、と――。 《Divine Buster》 意識が途切れる寸前、見慣れた桃色の光が視界を満たした。 「シュート!!」 なのはの砲撃が一直線に飛来して、ティアナに振り下ろされる寸前だったハンマーの先端を跡形も無く吹き飛ばした。 「間に合った!」 「ハッハァ、まるでバズーカだな!」 初めて見る高位魔導師の砲撃魔法の威力に、腕の中でダンテが歓声を上げる。 ホテルから文字通り飛び出して、ダンテを抱えたまま飛行して現場に急行したなのはは、その体勢のまま敵の頭上へと急上昇した。 「ティアナをお願いします!」 「任せな」 敵の真上を獲ったところで手を離す。 空中に身を投げ出したダンテは、敵に向かって落下しながら両手のデバイスを突き出した。 「自分で燃えるとはいい心がけだ。ミディアムにしてやるぜ!」 怒りの弾丸が放たれる。 空中で錐揉みしながら真下に向けての速射。ガトリング機構の回転を全身で再現しているようなでたらめな銃撃は、雨となって敵の巨体に降り注いだ。 なのはの射撃魔法が質量なら、ダンテの射撃魔法は物量。湯水の如く吐き出され続ける魔力弾が燃え盛る<悪魔>の肉体を削り取る。 苦悶の叫びを上げながら吐き出された火炎をエアハイクによって回避すると、ダンテはそのままティアナの前へ立ち塞がった。 「……やってくれたな、牛肉野郎。ハンバーガーの具になりな」 傷付き、倒れたティアナの姿を一瞥して、再び敵に視線を向けた時にダンテが浮かべた表情はハッキリと怒りだった。 <悪魔>は須らく敵だ。 そして、目の前の存在はもはや絶対に逃がすことすら許さない敵となった。 倒れたスバルの状態を確認し、なのはもまた彼女を守るように立ち塞がり、確固たる敵意を炎の怪物に向けた。 二人の魔力がお互いのデバイスに集中する。 「Fire!」 「シュートッ!」 真紅の雷光と桃色の閃光が同時に敵へと飛来した。 例えこれを耐えたとしても、二人分の火力で押し切るつもりだった。怪我人を抱えて、下手な機動戦は出来ない。 しかし、敵の対応は予想を超えていた。 燃える山が、空を跳ぶ。 「嘘!?」 「Damn!」 なのはが目を見開き、ダンテは悪態を吐きながらも素早くティアナを抱きかかえてその場を離れた。巨体の落下先はこちらだ。 跳躍したこと自体信じられない大質量が落下し、地面が激震した。 自らがハンマーそのものであるかのように、落下の衝撃と同時に爆炎が撒き散らされる。 背中にビリビリとした振動と高熱を感じながら、ティアナを庇う形で余波を凌ぎ切ったダンテは振り返り様デバイスを突き付けた。 「……ヤバイぜ」 冷や汗と共に再び悪態が口を突いて出た。 敵は既に次の行動に移っていた。 燃え盛る巨体の周囲。その炎に呼応するように、幾つもの魔力の集束が地面に点となって発生していた。それらは丁度敵を中心に円を描いて配置されている。 噴火寸前の火山のように、真っ赤に変色していく魔力の集中点。 「ダンテさん! ティアナ!!」 シールドと内側を覆うフィールドで二重の防御魔法を展開しながら、なのはは絶望的な気持ちでカバーが届かないほど離れた位置に居る二人を見た。 ダンテが同じ真似が出来るほど高度な魔導師とは思えない。下手な防御は重傷のティアナに死に繋がる。 思案する間もなく、敵の周囲を地面の魔力集中点から噴き出した炎の壁が覆った。 そのまま炎の壁は波紋のように周囲350度全方位に向けて広がっていく。 空へ逃げない限り回避も出来ない。防御しか残されていなかった。 ダンテとティアナを案じる中、なのはの視界も炎だけに埋め尽くされる。 「くぅぅ……っ!」 展開した二重の防御が、なのはとスバルをかろうじて守り切っていた。 フィールドによる温度変化阻害効果がなければ、加熱した空気によって、気絶したスバルには更に深刻なダメージが行っていただろう。 単純な魔力攻撃よりも、属性付加されたこの類の攻撃は厄介だ。対処方法も限られる。 果たして、ダンテはこの攻撃からティアナを守れるのか? 不安に急かされる中、なのははダンテ達の居た場所へ視線を向け――そして見た。 炎の中に在って、尚も赤い血のような魔力の瞬きが見える。 フィールドと炎のフィルター越しに、やはり眼の錯覚なのかと疑うしかない中で、しかしなのはは見ることになる。 地獄の業火の中で、決して飲み込まれない真紅の光を放つ一点。 かろうじて見える人影の背中に、<悪魔>のような翼が生えていた。 《―――GUAAAAAAAAAAA!!》 火炎地獄は、敵の悲鳴によって唐突に終了した。 周囲を覆いつくす炎の中から、突如飛来した真紅の魔力弾によって残された眼を潰され、顔面を抑えて無茶苦茶に暴れ回る。 同時に、荒れ狂っていた炎は急速に鎮火しつつあった。 障壁を解除し、なのはは一瞬の勝機を読み違わず正確に捉えた。 「レイジングハート!」 《All right. Load cartridge.》 コッキング音と共に二発分のカートリッジが排夾される。 敵の巨体を見越した高威力の砲撃魔法をセレクトし、なのはは漲る魔力を集束した。 それは、奇しくもティアナが実現し得なかった巨大な敵を撃ち貫けるだけの純粋なパワー。 《Divine Buster Extension》 凶悪な光がレイジングハートの先端に宿る。 「シューーートッ!!」 通常のディバインバスターから発展・向上した貫通力と破壊力が唸りを上げて襲い掛かった。 圧倒的な密度と量を誇る魔力が巨体の上半身を飲み込み、消し飛ばす。 今度は<悪魔>が『原形を留めないほどの威力』を味わう番だった。 跡形も無くなった半身。足だけになった敵は、全身を覆っていた炎を自らの活動と共に停止させ、冷えてひび割れた鉄のように黒ずんで、やがて崩れ落ちた。 ヒュゥ、という口笛が聞こえ、見るといつの間にかダンテが炎に飲まれる前と同じ位置に立っていた。 彼自身にも倒れたティアナにもダメージは見られない。何らかの力で守り切ったらしい。 あの攻撃をどうやって退けたかは分からない。 やはり、あの真紅の光は錯覚だったのか。あの姿は見間違えだったのか。それとも――。 まあいい。全ては後回しだ。なのはは疑念を棚上げすることにした。 「……こちら、スターズ1 <アンノウン>の撃破に成功しました。スターズF両名負傷、すぐに救護を寄越してください」 やはりいつものように、交戦を終えた後は何の痕跡も残さない敵の特性のまま、完全な静寂を取り戻した空間でなのはは本部に通信を繋げた。 一方のダンテは、全身を襲う軽い脱力感をおくびにも出さず、デバイスを納めて背後を振り返った。 「とんだ再会になっちまったな……」 傷付き、眠るティアナに届かない言葉を掛ける。 目を閉じた横顔は決して穏やかなものではなく、気絶する前に抱いた悔しさに歪んでいた。 眠る時にすら安らぎは無いのか。あまりに不器用な生き方を続けるティアナの姿に、ダンテは困ったように笑うしかない。 視線を移せば、<悪魔>は完全に消滅している。 ティアナには荷の重い相手だった。上位悪魔の具現化など<この世界>に来て初めてのことだ。 おそらく管理局にとって最も大きな<悪魔>との戦いはたった今終わった。 しかし。 管理局との本格的な接触、より大規模になりつつある<悪魔>どもの活動――少なくとも、ダンテにとってこれは何かの始まりに過ぎなかった。 確実に敵と断定できる男を相手に面と向かい合い、ヴィータは凍りついたように動けなくなっていた。 それほどまでに、目の前に立つ男は――その男の顔は彼女に衝撃を与えたのだ。 忘れたくても忘れられない。 悪夢のような夜に出会い、最悪の遭遇をちょっとした奇跡の対面だったと思わせてしまう男。 襲い掛かる闇の中に在って<彼>の浮かべる笑みは、戦いの中では頼もしく、平穏の中では刺激を感じる。 純粋に、また会いたいと思った。 言葉を交わし、互いを知り合えば、きっと友人になれる――ヴィータがそう思うほどの男が、何故か今目の前に立っている。 「なんでだよ……?」 だが、こんな形の再会を望んだワケじゃない。 「……<ダンテ>」 闇の中にあって酷く映える銀髪と、何者にも屈しない瞳を持ったその顔を呆然と眺め、ヴィータは呆けたように呟いた。 服装と髪型は変わっているが、その顔は間違いなくあの夜眼に焼き付いた物と同じだ。 ただ一つの違和感――彼の性格を主張する不敵な笑みが、その顔には欠片も浮かんでいないということを除けば。 「――ダンテ?」 僅かに訝しがるような反応が返ってきた。 聞き慣れない低い声色に、ヴィータは我に返る。 目の前の存在を呆然と受け入れていた心に、猛烈な違和感が湧き上がってきた。 何かが違う。果たして、ダンテはこんな声を出していたか? 会話をリズミカルに弾ませるものではなく、鋼のように一方的な声を。 「そうか」 一言発する度に、重なり合っていたダンテと目の前の男がズレていく。 一人、何かに納得するような呟きを漏らすと、男は僅かに笑みを浮かべた。 ヴィータの全身が総毛立つ。今や、彼女は完全にダンテと目の前の存在を別物と断じていた。 形ばかりで何の意味もない笑みの形。正しく冷笑と呼べるそれは、ダンテが浮かべるものでは決してない。 「テメェは……誰だっ!?」 ヴィータは咄嗟に身構えた。本能が告げる。この男に隙を見せてはならない。 しかし、彼女の動揺は男にとって十二分な隙となった。 男が左手を振り上げる。あまりに無造作なその行為に、ヴィータは一瞬反応出来なかった。 男は風が吹くのと同じように一切の感情や意図を排して自然な動作で手の中の得物を放していた。 丁度、自分に向けて投げ渡されるように飛んで来る武器。それに意識を逸らされ、ヴィータは半ば無意識に手を伸ばして掴み取っていた。 そこからは一瞬の出来事だった。 意識を男に戻した時、既に彼は動いていた。ヴィータとの間合いを音も無く瞬時に詰める。シグナムが得意とする斬撃の踏み込みに匹敵する超高速の初動だった。 鞘の部分を掴んだままヴィータの手の中にある剣を、そのまま素早く引き抜く。 露わになった刀身は波紋を持つ片刃。<日本刀>の型を持ちながら、ただの鋼ではない全く異質な雰囲気を持つ武器だった。 闇の中に銀光が閃き、ヴィータ自身にさえ視認する間もない速さで刃が走る。 それが、腹部を貫いた。 「が……っ! ぶっ」 肉を裂く音と共にヴィータの小柄な体が無残にもくの字に折れ曲がる。 血が喉を逆流して、食い縛った口から外へ溢れた。 バリアジャケットを易々と貫通し、刀は完全にヴィータを串刺しにしている。 「テ、テメェ……は……っ」 グラーフアイゼンが音を立てて主の血に濡れた地面へ転がる。 ヴィータは必死に男を見上げた。ダンテと同じ作りの顔に冷酷さが加わり、無慈悲な変貌を遂げた眼光が淡々とこちらを見下ろしている。 ヴィータは初めて戦慄した。 あの時頼もしいと感じたダンテの力を、全く反対のベクトルに変えて備えた存在が眼の前に居る。この<敵>は危険だ。 「何……なん、だっ!」 苦悶の中に決死の覚悟を宿しながら、ヴィータは自分の腹に突き刺さった刀身を握り締める。 懸命なその姿を、しかし男は嘲笑いもせず、ただ冷徹な意思のまま刀を更に奥へと抉り込こんだ。ヴィータが激痛に喘ぐ様を尻目に、肩を掴んで無造作に刀を引き抜く。 広がった傷口から血が噴き出し、ヴィータは自らの血溜まりに力無く倒れ込んだ。 「ダンテ……奴も<この世界>にいるのか」 僅かに愉悦を含んだ独白を漏らし、力を無くしたヴィータの手から取り返した鞘に刀を収める。 倒れた彼女にはもはや一瞥もくれず、輸送車の荷台に戻ると、探していた物を取り出した。 それは赤い宝石をあしらったアミュレットだった。 死の静寂を取り戻した闇の中、ただじっとそれを見つめる男の視線には何処か感慨深いものが感じられる。あるいは第三者が見ればそう錯覚するかもしれない、長い沈黙だった。 『――目的の物は手に入ったかね?』 不意に、その沈黙は破られた。 男の傍らに出現した通信モニターにはスカリエッティの姿が表示されている。 彼の視線から隠すように、男はアミュレットを懐に忍ばせた。 「……ああ」 『これで、君の探し物が一つ見つかったワケだ』 「ああ」 『では、すぐに退散した方がいい。アリウス氏も目的を達したようだ。彼の置いていった目晦ましはたった今倒されたよ』 「分かった」 『では。寄り道をしないで戻って来てくれると助かる――<バージル>』 通信が切れると、バージルはすぐさま踵を返して、予め告げられた撤退ルートに向けて歩き出した。 闇の中に彼の姿が消え、やがてその靴音も聞こえなくなると、本当の静寂が暗闇と共に辺りを満たした。 もはやピクリとも動かなくなったヴィータの傍らで、グラーフアイゼンの通信機能がONになる。 『ヴィータ副隊長、救援要請が出ていますが!? ……副隊長、応答してくださいっ!』 通信を繋いだのはデバイスのAIが主の危機に際して独自に判断して行ったものだったが、もはや通信の意味は無くなっていた。 オペレーターのシャリオが異常事態を察して必死に呼びかける声にも、倒れ伏したヴィータは応えない。 主の生命反応が徐々に低下していく事態を感じ取りながら、グラーフアイゼンはただひたすら緊急信号を発し続けることしか出来なかった。 『お願いです、応答して下さい! ヴィータ副隊長! 応答して――!』 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> フレキ ゲリ(DMC2に登場) 犬の系統にある動物ってのは総じて忠誠心が高いと言われてる。忠犬を主役にした映画やアニメは結構在るよな。 <悪魔>ってのはその対極にあると言っていい。 奴らにあるのは力の有無だけだから、どいつもこいつも好き勝手に喰い合って、強い弱いで生きる死ぬが決まっちまう。まあ、分かりやすいといえば分かりやすい弱肉強食だ。 そんな自分勝手な奴らの中でも変わった<悪魔>ってのはいるもんだ。それがこの二匹だ。 <悪魔>でありながら同じ<悪魔>に付き従う、珍しい忠誠心を持った忠犬ならぬ忠狼ってワケだ。 従属心が強いせいか、他の<悪魔>のように好き勝手暴れることがない。御主人様が別に居るとはいえ、忠誠に値するなら人間にも一応従うみたいだしな。 人間サイズの大きな体格とそれに見合わない素早さが、狼そのものって感じの単純な攻撃パターンを強力なものにしてやがる。 おまけにコイツらは必ず二匹行動するらしい。狼の狩りのように鋭いコンビネーションは決して油断できないぜ。 なかなか厄介な相手だが、こんな奴らさえ付き従える<悪魔>ってのは更に厄介極まりない相手なんだろうな。 前へ 目次へ 次へ